それからベッドから下りると私は死神の方を見遣った。
「じゃあ、とりあえずは院内散歩。ぶらーっとね」
死神が立ち上がると私は先に歩き出し病室から出た。いつまでに戻ってこればいいかは把握してるし、もし何かあっても院内放送で呼び戻されると知ってるから気兼ねなく外へ。と言っても病院内のしかもこの階だけだけど。
そして私と一歩後ろに続く死神はただ当てもなく歩みを進めていた。辺りを見回しながら只管に歩き続ける。
時間帯も相俟ってかお見舞い客もほぼおらず静まり返ったフロアを歩いているのは、主に看護師さん。いつも通りの光景だ。
でも私は意外とこの静かな病院が好き。何だか心地好い気がするから。
「そう言えばし――」
私は寸でのとこで言葉を止めた。
死神――病室で私一人だけならまだしもこの場所でそんな言葉を言うのは憚れるし、そんな名前で人を呼ぶなんて私が変に思われそう。それに他の人は彼が本当に死神だなんて知らないし、言っても信じてくれないだろうし。
「なんかもっと呼びやすい名前とかないんですか?」
「お好きにお呼び下さい。それにもっと気楽に話して下さっても大丈夫ですよ」
そう言われ私は何か良い呼び方は無いかと足は進めながら頭を拈ってみた。死神……死神……。呪文のように唱えながらそれはもう全ての水分を一滴残らず搾り取る程に考える――って言うのは流石に言い過ぎだけど。
「しん。――真実の真と書いて、しん。神の方のしんとも合ってる。頭文字のしが同じってのもある。死ぬの方のしでもある――しん。いや、もう少し捻ってまこと、かな」
私は味わうようにもう一度「まこと」と呟き一人頷いた。
そして私は足を止めるとクルリ振り返る。
「じゃあ、真実の真と書いてまことね」
「えぇ。素敵な名前をありがとうございます」
彼は(もしかしたらそう見えただけかもしれないが)満足げな笑みを浮かべ紳士な会釈をひとつ。それが本心なのかアタシには分からなかったが、分からないからこそ良い方に捉える事にした。
「それじゃあ別に目的もないけど行こうか」
そう言って歩き出す私に続く死神こと真さん。
「そう言えば先程、何かを言いかけてませんでしたか?」
「あー。――忘れちゃった」
確かにそうだったと記憶を辿ってみたが、思い出せない。という事はその程度の事だったという事だろう。
それから歩き続けた私達は階段を上がった場所にある名前の分からない空間にいた。少し広々とした場所でベンチソファなどが置かれた休憩所とでも言うのだろうか。その奥まで足を進めた私は窓から差し込む光を浴びながら外を眺めていた。草木の緑が煌々とした陽の光を浴びる景色は穏やかで寝起きの夢現のようだ。
そんな景色を少しの間、眺めていた私の頭にふとこんな考えが過った。私はそれに導かれるがままに視線を外から一歩後ろにいる真さんへ。
「もう一つ願い事思い付いた」
「何でしょう?」
「御伽の住み人っていう漫画の最新刊が確か今日発売なんだよね。だからそれが読みたいなーって」
本当にただの思い付き的な願い事を私は口にした。正直、叶わなくてもそれはそれで仕方ないとすぐに諦められるぐらいの。
「分かりました」
それに対し相変わらずの微笑みで返事をする真さん。一体どうするんだろうか? そんな事を考えながら私は再び外へと視線を戻した。
するとそれは五分も経たぬ内の出来事。後方で足音が聞こえ、止まったかと思うと椅子の軋む音が聞こえた。でもこれといって特に気にする程でもないただの雑音――だと思っていたけど。
「お嬢ちゃん」
おじさんの声が私を呼んだ。ここには私とその人しかいないから多分そのお嬢ちゃんってのは私の事だと思う。
だから一足先に尋ねるような表情を微かに浮かべながら私は片足を軸に滑らかに振り返った。
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