「確かにいい雰囲気ではあったけど、もう無理だよ。
だって傷物でしょ? しかも顔の目立つところ。そのせいで目の色まで変わったらしいし。
ただのお転婆な女の子なら結婚した後に更生の余地はあったかもしれないけど……」
このセリフは幼馴染のメーダノのもの。それを聞いて笑っているのは、この町に住む同年代の男子たち。
(誰をかばって怪我したと思ってんの……?)
ことの発端は一昨日のこと。
メーダノと遊んでいたときに突然暴れ馬が突っ込んできたのだ。カリナは咄嗟にメーダノをかばい、なんとか馬に蹴られることだけは免れた。ただし、その勢いで近くの柵に顔面をぶつけてしまい、顔に傷を負ってしまった。しかも、目の上を通るようにざっくりと。
幸い腕のいいお医者さんがいてくれたことと、低級ではあるがポーションがあったため失明は避けられた。
ただし、もともとエメラルドグリーンだった瞳は、血の赤色が目立つようになってしまったけれど。
そのことについては医者にも両親にも謝られた。特に両親は「都市の大教会に行けば傷なんてなかったことにできたかもしれないのに」と泣かれてしまった。大教会にいるえらい人であれば、十日以内に負った傷ならきれいさっぱり治せるのだとか。ただ、うちはしがない食堂だからそんなえらい人に会うコネも財力もないってだけで。
「メーダノに見捨てられたらカリナお先真っ暗じゃん。傷物なんて誰も嫁に貰わねーって」
「そんなこと言うならお前もらってやればいいじゃん」
「やだよ、いくら元がそこそこ可愛くても傷物なんて」
ゲラゲラと笑い声が響く。
この世界では女性に傷がついていると結婚にとても不利になる。総人口が数百人の町ではそれはとても致命的だ。だって、同年代が数十人しかいない。別の町に行くなんて手段がない場合はその中から将来を共にする相手を見つけるしかないのだ。カリナもついさっきまではそう考えて、きっとメーダノと一緒になるんだろうなとほんわり考えていた。そんなほんわかした夢は先ほどの言葉で見事に砕け散ったけれど。
大元は、貴族の価値観で「女性は奥ゆかしく夫を立て、夫は妻に傷一つつけるべきではない」とかなんとか。
それがどう曲解されたかは知らないが、少なくともカリナの住むこの界隈では「傷を作った女性は結婚相手として不適格」となっているのだ。それは、カリナを含む小さな町の10代前半の少年少女にも浸透している。
こうやって、傷を負ったカリナを馬鹿にして笑うくらいに。
(もう、知らない!)
この現場を見るまでは、カリナの心は浮き立っていた。少しだけ傷跡がひきつるけれど、それ以上に良い情報を手に入れられたからだ。
それは、怪我の衝撃で思い出した「前世さん」の記憶。
ここではない世界で産まれて育って一生を終えた女性の記憶をカリナは手に入れたのだ。それがあると、もしかしたらこの先の生活がちょっぴりイージーモードになるかもしれない。どうせなら、将来一緒になるであろうメーダノにも教えてやろう。そう、思っていたのに。
「メーダノの馬鹿ぁ!!」
そう叫んでカリナはメーダノをぼこぼこにした。ついでに、周囲でカリナを笑っていた男子たちも。
カリナは同世代の中ではかなり小柄な方だ。
それでもボコボコにできたのは奇襲が成功したのと、前世さんの記憶のおかげだ。
この世界は前世さんの記憶にあったとあるゲームと似ている点が多い。少なくとも、戦闘面においてはほぼ同じと言ってしまっていいだろう。
今、カリナはその知識を悪用して喧嘩に圧勝した。
(いるかわからないけど、神様仏様、あと知識をくれた前世さん。
この知識を悪用するのはこれっきりにします。
だから今だけはちょっと見逃してください)
その場にいた男子たちを戦闘不能にし、カリナは泣きながらその場を去っていった。
(これで私がこの町で平穏無事に暮らしていくっていう未来は潰したわ。そう、潰してやったの。
私が、メーダノを捨てたの!
この傷のせいなんかじゃ全然ないんだから。
メーダノがあんな男だと思わなかったし、一緒に笑ってた男たちだって願い下げなんだから!!)
泣きながら走って辿り着いたのは、メーダノとの秘密の密会場所の小さな倉庫だ。無意識にここまで走ってきてしまったことに少しバツが悪くなりつつも、カリナは一つ深呼吸する。
「これからを考えなきゃ……。
私はまだ12歳。あんな男たちに頼らなくたって立派に生きてやるんだから!」
袖でごしごしと目元を擦る。
もう泣いてなんかやるもんかと決意を新たに、カリナは「前世さん」の人生をもう一度探りはじめた。
カリナが「前世さん」と呼ぶ女性は、地球の日本人でかなり内気な人物だったようだ。いや、内気で奥ゆかしい女性とやらになることを強いられていたというべきか。
彼女は彼女でめんどくさい環境に生まれ、強いられるまま奥ゆかしい女性という型に嵌められ、お見合いして結婚した。彼女の主観ではあるが、愛のある幸せな結婚生活とはちょっと遠かったらしい。押し付けられた理想通りの良き妻を演じたが、愛されたという感覚はなかったようだ。行き場を失った愛情を産まれた子供たちに注いだものの、今度は特大の反抗期を食らい子供たちはそのまま巣立っていく。
そうして、あふれた愛情がゲームに向けられたようだ。
「前世さん……相当やりこんだみたいね、このゲーム。
でも、ありがたいわ。おかげで序盤のレベル上げってやつはできそう。この世界がそっくりそのままゲームとは思えないけどね」
そのゲームは自分で好きな姿形をした冒険者をつくり、広い世界に旅立つというもの。それなりに決まった物語があるようだが、基本は自由。戦闘をせずに生きることもできるらしい。
ただし、どんな人物であっても序盤の戦闘は避けられない作りになっていた。
その世界観の中に「傷物になった女性は結婚できない」なんていう馬鹿馬鹿しい価値観はなかったはずだ。女の子の冒険者を作った人も多かったはずだし。他にも相違点は出てくるだろう。前世さんの知識を鵜呑みにするのは危険だ。
「前世さんの知識は知識として利用して、立派に生き抜いてやるわ」
決意をこめて、ぎゅっとこぶしを握る。
「目指すは立派な自立した女。
そしてイイ男捕まえて見せびらかしてやるわ!!」
そんな野望を胸にしたカリナだが、意外と前途は多難そうだった。

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