一日中ベッドの上に居たからか夜になっても私は眠れずにいた。唯一こんな気持ちを忘れてしまえるからさっさと眠りたいのに、苦しむ私を楽しんでるかのように睡魔は訪れない。
永遠にも感じた一日。心配する菜月さんの声にすらも答えたくない程に私はずっと塞ぎ込んでいた。死神の力ってやつで菜月さんには私が春人君の事を知ってるようにして貰ったお陰で説明する必要は無かったが、申し訳ない程に心配してくれていた。
でもそれすらも呑み込むほど私は深い暗闇の底に、深海にいた。
そんな一日も終わり夜。もう日付を越えた頃だろうか。今日を含めて後二日。こんな気持ちのまま過ごすって考えると嫌気しかない。
「大丈夫ですか?」
枯れた双眸をただ天井へ向け置いていた私へ真さんの静かな声が言葉を運ぶ。
でも嫌味な奴みたいに私は何も答えない。言い訳が許されるのならそんな気力は無い。
「何か私に出来る事がありましたらどうぞ仰って下さい」
それは彼が個人的に心配してくれているのか、将又ただ死神の仕事として言っているのか――なんてことはどうだっていい。どうだっていいけど、二回も連続で無視し続ける程、私の心は死んでいなかったらしい。
「じゃあ……生き返らせて」
「申し訳ありませんが、私どもが直接人間の生死に関与する事は出来ません。担当する貴方の命でさえ、本気の貴方から守れないのですから」
別に本当に生き返らせてくれるとは思ってない。ただ何か返事をしようと思ったらそんな嫌な事を言ってしまっただけ。
でもその返事で私は昨日? 一昨日? それすらも分からないけど思い出した。もし一週間を待たずして本気で死にたいと思えば、死神は止める事が出来ないって言っていた事を。
私は頭を転がし窓を見遣る。カーテンが閉まってて外の景色は見えないけど、隙間からは微かに月光が室内へと漏れていた。
数秒それを見つめた私は無言のままベッドから下りカーテン前へ。手を伸ばしてはやけに病室へ響く音を立てながらカーテンを開けた。何てこと無い時に見ればどこか特別感すら感じてしまいそうな夜の景色。でも今の私はそれをただの視覚的情報としか捉えてない。
カーテンを開けた私は夜景に目をやる事も無く、窓を開けた。その瞬間、流れ込んだ風はカーテンを踊らせ、私の髪をふわり舞い上げる。でもそんな風の心地好さも冷たさすらも今の私にとってはどうだっていい。熱風だろうが、吹いてようが――どうだっていい。
それから私は景色に背を向け腹部ぐらいの窓枠へ飛び乗るように腰掛けた。ベッドを挟み向こうには真さんがいる。
「私が死ぬのを死神は止める事が出来ないんだよね?」
「えぇ。貴方の本心がそれを望むのなら。それに逆らい手助けをする事は禁じられています」
もし自分があとどれくらい生きるのか分からなかったら、こんな事はしてないと思う――いや、分からない。でも私は明後日か明日には死ぬ。だったら今死んでも同じ事だ。むしろこんな気持ちとおさらば出来る分こっちの方が良いのかもしれない。こっちの方が幸せなのかもしれない。
「両親とか菜月さんとか私を知ってる人には、私がこっから落ちたんじゃなくて、病気で死んじゃったって事にできる?」
「――えぇ」
「それじゃあ、それで。それが私の最後の望み」
脚を組みじっと私を見つめる真さんからの返事は無かった。でも心做しかもうこれで終わると思うと体が軽く感じる。それこそこのまま風に乗って――蒲公英の種みたいにどこかへ行ってしまいそうな感覚だ。
私は目を瞑り深呼吸をひとつ。新鮮な空気が肺をすり抜け体中を駆け巡る。最後にお母さんとお父さんに会えないのは残念だけど……あんな気持ちのまま会うのもな。
そんな事を考えながら巡る記憶の最後。私の脳裏にあったそれは、ベッドの上で横たわる春人君が私を消えかけの燈火のような双眸で見つめていたあの瞬間だった。
「君が先に死んじゃった所為だからね」
そう冗談交じりに呟くぐらいには、私の心は安堵していた。長い長い道のりを走りやっとゴールが見えてきたラストスパートのような感じだ。
そして私は窓枠に置いていた両手を離し――後ろへと大きく凭れる。それは不思議な感覚だった。屋上から飛び降りるのとは違い、手を離してから体が倒れていくのを鮮明に感じる。まるでスローモーションにでもなったみたいに一秒一ミリが色濃く。
――これで私の人生は終わる。
だけどそう思ったその瞬間。最初に感じたのは腕を包み込む温もりだった。それから流れるように腕を引かれ、病室へと逆再生。
それは一瞬の出来事だった。このまま落ちていくはずだった私の体は病室へと戻り、包み込まれていた。心落ち着く温もりと匂い――そしてどこか懐かしい。
気が付けば私は両腕の中――力強く抱き締められていた。
「申し訳ありません」
大きな溜息をつくような大量の息と共に真さんが謝る。その後、静かに大きく息を吸う音が聞こえた。
「もしかして私、自分でも分からないとこでまだ生きたいって思っちゃってた?」
「とりあえず今夜は就寝されてはいかがですか?」
確かに今死ねないなら寝た方が楽なのかもしれない。少しでも最期の時間を減らさないと。こんなにも辛いのに、もうすぐ死んでしまうのにまだ最後の最後まで生きたいと思ってるだなんて……笑える。しかもとびっきり嘲たやつだ。
「このままだと寝れないんだけど?」
真さんに抱き締められたままだった私がそう言うと「申し訳ありません」と彼は少し慌てた様子で離れてくれた。
それからベッドに入ってみるけど、眠気はこない。
「こうしてれば寝れる?」
「はい。寝れますよ」
そう言うと真さんは私の顔を手影でひと撫で――。
「私にお任せ下さい」
気が付けば夜は明けていた。
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