「作者です」
「え?」
余りにも唐突な台詞だった。それはもう歩いていたら不意打ちで頭上から隕石が降って来たぐらい。その所為で私は今の状況を理解するのに数秒掛かり、その間じっと男性を見つめていた。そしてそっと視線を漫画――ではなく真さんへ。
目が合うと彼は微笑みを浮かべた。その笑みに私はあの質問を思い出した。
『その物語がどうなっていくのか知りたいんですか?』
私の望みを彼は叶えたんだ。そうなればちゃんとありがたく受け取らないと。
私は視線を作者の保坂雄介さんへと戻した。
「本当ですか! お会いできて光栄です!」
「いえいえ。こちらこそお読みいただきありがとうございます」
「あの! 今回のこことても良かったです!」
興奮気味に私は最新刊を手に取ると、この展開が好きだとかこのキャラが好きだとか、ありったけの想いを口にした。いつの間にか保坂さんは椅子に腰掛け、まるで全てを出し切るように私は思いのままに喋り続ける。
「いやぁー。自分の作品をこんなに楽しんでくれてる読者の子がいるって知ったら改めて嬉しいなぁ」
「いえ! こっちこそ楽しい作品をありがとうございます」
「これからも御伽の住み人をよろしくお願いします」
私達はお互いに頭を下げ合っていた。
でも私はそれを受け取ることが出来ない。
「でもすみません。私が読めるのはここまでなんですよね」
「というと?」
「その、なんていうか……。次まで待たせてくれないっていうか」
言葉を探し曖昧な表現になってしまったが、どうやら言いたい事は伝わったらしい。
「――そう。なんだ」
さっきまでの楽し気な雰囲気は一変し、お互いに黙り込んでしまった。興奮に背中を押される様につい言わなくても良い事まで言ってしまったと、私は少しの後悔を感じていた。
「あ、あの!」
だけどそんな沈黙を破りながら私はそう切り出した。
「この物語の最後ってもう決まってるんですか?」
「――まぁ。ある程度はかな」
ここまで来たのなら、と私は心の中で深呼吸をした。一度、ゆっくりと吸って吐き出した。
「こんな事、言っちゃダメだって分かってます。でも……もしよければ知りたいです! 最後にどうなるのか」
「あぁ……。えーっと……」
困った、保坂さんの表情からはそんな言外が伺えた。もし死神なんて現れなくて本当に偶然で保坂さんと出会ってたとしても、こんな事はお願いしなかったはず。
でも真さんがあんな事を言ってたからせめてあの漫画の最後がどうなるかは分かるんだと、期待に胸を膨らませながら私はそんなお願いを口にしていた。とは言え、多少の申し訳なさは感じる。だって相手が残り少ないかもしれないとは言え、最終回なんて重要なことを他人に言うのは出来る限り避けたいだろうし。
少し黙り考えていた保坂さんだったが、私の顔を見ると微笑みを浮かべ椅子を少しだけ近づけた。
「じゃあ特別に教えてあげる。でも絶対に誰にも言っちゃ駄目だからね」
「はい! もちろんです」
「それじゃあちょっとどこまで読んだか見てもいいかな」
そう言って保坂さんはまず私が読んだ最終巻を流して見た。
「あぁ。なるほどね。分かった」
うんうんと頷き本を閉じた保坂さんは私を見た。その瞬間、ずっと気になっていた物語の最後が分かるんだと胸が高鳴るのを感じた。待ちに待った最新刊を読み始める時の高揚感にも似た、でもそれ以上の感覚。
「と言ってもここからある程度先と最後の方しかまだちゃんと決まってないからちょっと断片的になっちゃうけど」
「それでも聞きたいです!」
「分かった」
それから私は保坂さんから物語の少し先と最終回(と言っても現状の予定だけど)、ちょっとした制作秘話なんかも聞かせてもらった。最終巻から少し先の話はちょっと想像通りなとこもあったり。でも最終回に関してはどうしてそうなんったんだろうって驚きの方が強かった。
改めて考えてみると私は凄い体験をした。この世の誰も知らない事を――謂わば未来を聞いてるんだから。ただ少しだけ残念なのはそれを漫画で読めないってこと。順を追って最終回へ辿り着けないってこと。あの次の新刊が出るまでのもどかしくもワクワクとした時間を味わえないことだ。
でもそれを補うような楽しい時間だったし――しかも話が終わって病室を後にしたはずの保坂さんは、少ししてから戻ってきたかと思うと私に色紙をくれた。サインと話の中で何気なく言った好きなキャラが描かれた一枚。
「ありがとうございます!」
今私は御伽の住人のファンの中で一番幸せ者なのかもしれない。誰も知らないみんなが待ち望んでいる先の展開を知り、こうして特別なサインも貰えて。
でも同時にそれが死という代償による特別だと思うと何だか少しだけ複雑だ。
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