この物語を語るには、2つの宗教について語る必要がある。
1つは『ヨグ教』。
1つは『ニグ教』。
それぞれ、異なる神を崇める宗教である。
ヨグ教は、ヨグ=ソトス神。
ニグ教は、シュブ=ニグラス神。
その他の教義については、大体同じである。
特段、この2つの宗教が敵対することはないのだが、一部過激な信者がぶつかることはままある。
神は、争いを好まない。
それはヨグ=ソトスにおいてもシュブ=ニグラスにおいても同様であった。
神は、すべてを受け入れる。
それは、ヨグもニグも同様。
神は、すべてを愛す。
同様。
そんな八方美人的な博愛主義の神様なためなのか、信仰する信者たちは面白いようにのめり込んだし、面白いように敬虔な信者と化した。
そしてそれは誰も不思議には思わなかったし、むしろ当たり前とされていた。。
誰もが人を愛し、家族を愛し、隣人を愛し、すべてを愛した。
もちろん、何よりも神を、である。
そんな皆の頭にお花畑が咲くような世界で。
オリオンという男がいた。
年齢は四十を少し過ぎたくらい。
細身の、少し口ひげを蓄えたブロンドの髪。
常に慈愛に満ちた笑顔でいるその姿は、まさに『敬虔なヨグ教信者』。
しかし、我々の常識からすれば彼の行動は、はっきりと言えば常軌を逸していた。
起床したらまず神に祈る。
それも、わざわざ教会に赴いて。
確かに自宅から徒歩5分ほどの距離にあり近いのだが、しかし彼の自宅には簡易的だが神の偶像もあるにもかかわらず。。
きっちり10分のお祈りを済ませたら愛する妻子と一緒に朝食。
そしてまた祈るために教会へ向かう。
オリオンはそこで昼食の時間まで祈り続ける。
――このように食事・睡眠以外の時間の殆どを祈ることに費やしてきた。
あまりに祈りすぎるので、彼の為に『オリオン専用祈祷室』が設けられるほどである。
部屋の中心には六芒星の魔法陣が描かれ、立派な燭台に立派な偶像が完備されている。
彼の職業は神父であるため、仕事としてそうしているのだといえば納得――はやっぱりできなかった。
敬虔な信者は彼をこう評した。
『オリオンかい? アイツは神様に恋をしたのさ! 永遠に叶わない恋ってヤツをね、はっはっは!』
『アイツは病気だよ。 神を想うあまり神の事しか考えられなくなったのさ。
皮肉だね、それでもアイツは神に祈る』
妻も子もいるのに――ぼそりと呟いた最後の言葉は、いつまでも耳に残る言葉として印象的だった。
アイミスはオリオンの妻であった。
彼女の人物像を分かりやすく伝えるならば、『のほほーん、はにゃーん、ふにゃーん』である。
要はゆるふわ美人というところか。
なにがあっても怒ることはなく、それどころかニコニコしている。
オリオンが家族を放置して祈り続けていても、やっぱりニコニコしている。
それをチャンスと見た独身の男がアイミスに愛の言葉をささやいたとしても、それでもニコニコしている。
そして、断るのだが。
オリオンとは別の意味で注目を浴びているのはその人間性だけでなく、美しい容姿と抜群のスタイルによるものであろう。
『オリオンめ……俺ならアイミスさんに祈っちゃうな』
『なんであんなお祈り馬鹿にアイミスさんがー―』
『アイミス!アイミス!アイミス!アイミスぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!』
神の如く美貌を持ち、女神の如く包容力がある魅力的な女性。
見た目に関しては持って生まれたものであり、確かに15歳の子供がいるようにはとても見えない若々しい姿である。
しかしながら、その性格については――一言でいえばただの『変わり者でド天然でドジ』というのが正しかった。
オリオンに惹かれたのも、『祈る姿が美しかったから』というもの。
だから毎日祈り続けるオリオンに対し、怒りの感情など湧くはずもなかった。
寧ろ祈るオリオンを家事の合間に覗きに行くほどである。
今日も今日とてアイミスはお肉屋さんでちょっと大きめのステーキ肉を買い(サービス有り)、オリオンを覗こうと教会に寄った。
「……あら、珍しいわね」
そこにオリオンの姿は無かった。
いつもならドアの隙間から覗くことしかしないのだが、居ないとわかると部屋に入るアイミス。
「たまには、私もね」
オリオンほどでは無いにしろ、彼女もまたヨグ教信者である。
買物袋に入った生肉を床に置き、膝を付いて部屋の中心で祈る。
ゴーン、ゴーン――
「あ、そうか! お昼なんだ!」
十二時を告げる鐘の音にハッと顔を上げ、急いでアイミスはその場を後にした。
勿論、生肉は置いたままで。
「セリアぁ、今日この後遊びに行かない?」
「……ごめ、今日は……また、今度ね」
「あぁ、いいのよ。 気にしないで、大変ねーアンタも」
「うん……じゃ、またね」
遊びに行きたい。
そりゃ行きたいよ。
だって15歳だし、学生のうちにしか出来ない事ってあるし、思春期だって自覚あるし。
こ、こ……恋――だって……してみたいし……。
『聖エーオース女学院』に通うセリアは、日々を悶々と過ごしていた。
格式高く名門とされながらも、自由な校風は生徒からも保護者からも人気があった。
髪型自由、髪色自由。
スカート、膝上おっけー。
放課後の買い食い、カラオケ、ゲーセン問題なし。
カラオケやゲーセンが有るかどうかは別として、兎にも角にも『校則』というものが存在していなかった。
だから何をしても問題ない、という訳でも無かった。
学校側が言わずとも、地域住民の目がそれなりに厳しかったからである。
そんなに大きくないこの『オリュンポス』という土地では、全員が顔バレしているようなものであった。
ひとたび問題行動を起こせば、たちまち話が広がり親バレする。
当然、その後は親にぶちギレられるのだ。
『いいよ、いいよそんくらい。俺も昔通った道だ』
なんて優しくフォローしてくれる親はほとんど居なかった。
それは、宗教が原因である。
『罪を憎んで人を憎まず』
当たり前に神様が言いそうなことを、当たり前にここの神様も仰っていた。
周囲の人間の大多数がその宗教を信仰しているので、自分の意に反していても例外を作って周りから侮蔑の目で見られるのは避けるべき、と考えられていた。
なので大多数の生徒は、『自由にはするがハメを外しすぎない』事に気をつけて『遊ぶ』のである。
セリアは、その『遊ぶ』事すら難しい、と感じていた。
原因は、両親にあった。
どこへ行っても『アイツの娘』『あのお方の御息女』みたいな目で見られる。
そしてそれは、大したことをしていなくても自分の行動が筒抜けになってしまう。
父親には、『お前の娘、学校通っていたぜ』なんて報告があったらしい。
当たり前だ、学生なんだ。
母親には、『あ、あ、貴女の娘さん……息してました』。
当たり前だ、勝手に瀕死にするな。
どこへ行っても注目されてしまう――セリアは、オリオンとアイミスの娘であった。
父親の事は、嫌いではなかった。
嫌いでは無いが、苦手ではあった。
何せ毎日、一日の殆どを祈り続けている。
食事の時しか顔を合わせず、会話は殆どない。
せめてその食事の時に色々話でも――と言いたいところだがヨグ教では『食事中の会話はマナー違反』と来たもんだ。
ヨグ教馬鹿のこの父親が、それを犯してくれるはずもなく。
母親の事は好きだった。
いつも優しくて、いつも穏やかで。
一緒に居るだけで、凄く幸せな気分にさせてくれる。
この人もヨグ教信者ではあるが、父親程ぶっ飛んでないし、なんというか『旦那が信者だから私も』的な感じがする。
基本的には我が道を行くタイプだし。
後は――羨ましいな、と思う。
主に――そのスタイルが。
なんで同じ女性であんなにデカイんだろ……。
セリアは同じ箇所を揉もうとして、できなくて、悲しくなってやめた。
そして、教会へ向かった。
「おや、セリア――」
「しーっ! 静かに……!」
「はいはい。 オリオン神父なら、いつもの所に」
「ありがと」
オリュンポス教会の一番偉い人、ダルゴ枢機卿に見つかった。
だけど、いつもの事なので枢機卿は協力的である。
目的は、『父親は本当に祈ってばかりなのか』という事を確認するためである。
枢機卿に相談したら、盛大に笑われた。
その反応だけで、『本当』なのかもしれないが枢機卿だって全てを知っているわけでは無い。
友達にも相談した。
『浮気してるより、マシなんじゃない?』
『……そう、なのかな?』
『いやまぁ、家を省みない所はまぁ……ちょっと……アレかもしれないけど』
ずいぶんと言葉を濁された感は拭えない。
結局は自分のこの目で確認するのが1番早いし、1番納得できる。
なので時折時間を見つけてはこうして父親を監視しに教会へ通っていた。
「いた……相変わらず祈って――ん?」
相変わらず、父親は部屋の中央で祈っていた。
いつもの光景――と思いきや、父親のすぐ横に買物袋と思しきモノが置いてあった。
セリアは目を細めて、中に何が入っているのか見ようとする。
――肉だ。アレは、生肉だ
「……ぷっ。 ぷくくく……」
アカン。
アレじゃ怪しい悪魔召喚にしか見えない。
父親は気づいてなさそうだし、何より真面目に祈ってるとか――
妙にシュールな絵面が、セリアのツボだった。
「……おや、セリアかい?」
笑い声を聴かれ、バレてしまう。
観念して、セリアは姿を現した。
「セリアも祈りに来たのかい?」
「う、うん……ちょっと、時間が空いたから少しだけ」
「うんうん。 嬉しいなあ。 こうやって娘と祈るのは夢のようだよ」
父親の小さな夢が、セリアの心をチクリと刺した。
例えば――『たまには一緒に祈らないかい』とでも言えば、叶ったのではなかろうか。
そんな事を言う事すら省略して祈り続ける事を選んでいたのか。
虚しかった。
悲しかった。
こんないるかどうかも不明瞭な神様に祈る事に、どれ程の意味があるのか、と。
辛かった。
泣きたかった。
家族としての時間は、全てこうして失われていた事に。
「……少し、だけだからね」
それを訴える勇気も、気力も、セリアには無かった。
だから、父親の願いを少しだけ叶える事にした。
言えば、変わるのかな。
『たまには、家族の時間を作って』
……作って、くれるかな?
ヨグ=ソトスに対しての気持ちはまるで無い祈りが、セリアを支配した。
膝をつき、目を瞑り、両手を組む。
瞑った瞼の外側で、何かが光った気がした。
だから、ちょっと薄目で確認してみた。
「――え?」
生肉が、光っていた。
数瞬後、六芒星の魔法陣が光り始めた。
「な――こ、これは……!?」
オリオンが驚きの声を上げた時、部屋は光に包まれた。

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