森を抜けた梅太郎たちの前に、賑やかな町が広がっていた。
建物が並び、人々が行き交っている。さっきまでの暗い森とは違い、ずいぶんと活気のある場所だ。
少し離れた木の陰から、その景色を眺めて、俺は胸をなで下ろした。
「おお、ようやく町か」
ここまで、妙なイベントばかりだった。今度こそ、普通に進めそうだ。
……と思った、そのとき。
町の入口から、一人の老人が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
そして、梅太郎たちの前で立ち止まると、開口一番、言った。
「ここには何もない。立ち去ってくれ」
「……は?」
梅太郎が、目を丸くした。
俺も、思わず声が出そうになった。
いやいや。
目の前には、これだけ立派な町が広がっている。建物もある。人もいる。道も、きちんと整備されている。
それなのに、何もない?
「いや、あるだろ。町が」
「ここには何もない。立ち去ってくれ」
老人は、同じ言葉を、同じ抑揚で繰り返した。
何を言っても、それしか返ってこない。梅太郎たちは、事情を聞くこともできないまま、町から追い返されてしまった。
とぼとぼと、森へ引き返していく。
「何なんだ、あのじいさん」
「分岐を間違えたわけじゃないよな。ちゃんと進んだ先に、町があったんだし」
梅太郎が、首をひねっている。
その後ろで、シャフトが、ぼそりと言った。
「あいつ、ムカつくから、戻ろうぜ」
……まあ、そうだろう。
あれだけ賑やかな町を見せておいて、「何もないから立ち去れ」はない。俺だって、もう一度、文句を言いに行きたいくらいだ。
俺は、木の陰で、編集画面を開いた。
イベント自体は、正常に動いている。ここまで見る限り、おかしな設定は見当たらない。
「しかし、最近は、ちゃんとできてるな」
少し感心した。
少なくとも、イベントの流れは成立している。
「やればできるじゃないか、制作者」
……まあ、さっきの老人の発言は、どうかと思うけど。
そんなことを考えていると、梅太郎たちは、また町の入口まで戻っていた。
その瞬間。
画面いっぱいに、白い霧のエフェクトが広がった。
霧が町を覆い、景色が、ぼんやりとかすんでいく。
「おっ、何か始まるのか」
息をひそめて、見守った。
やがて、霧が晴れ始める。
すると――
町の景色が、一変していた。
梅太郎たちの背後には、さっきと同じ、賑やかな町並みが残っている。ところが、前方には、崩れた建物と、荒れ果てた道が広がっていた。人影は、どこにもない。
下半分は、活気のある町。上半分は、ただの廃墟。
「おお……!」
思わず、声を上げた。
霧で景色を切り替えて、町の変化を見せる。作りかけのRPGにしては、なかなか凝った演出だ。
……と思ったのだが。
編集画面で確認すると、最初から、マップの下側が普通の町で、上側が廃墟として作られていた。霧のエフェクトは、その境目を、ごまかしているだけだった。
「……画面マジックかよ」
見事といえば、見事だ。
ただ、少しだけ、騙された気分になった。
梅太郎たちは、廃墟の中を、上へ向かって進んでいった。
敵が現れる。
【敵4が現れた!】
「敵4って……」
名前すら、決まっていない。
しかも、戦ってみると、やたらと弱かった。梅太郎たちは、ほとんど苦戦することなく、敵を倒していく。
「そりゃ、そうだよな」
はじまりの町とアーイラル城下町の間で、散々モンスターと戦わされたのだ。気づけば、ずいぶんとレベルが上がっている。
そのせいで、敵との戦力差が、ひどいことになっていた。
「ゲームバランス、どうなってるんだ」
ため息が出た。
とはいえ、先へ進めるなら、文句はない。
廃墟のいちばん奥、マップの上端に、洞窟の入口があった。
梅太郎たちは、その洞窟へ、足を踏み入れた。
俺も、少し間を置いて、後に続く。
洞窟の中は、少し変わった構造になっていた。
床には、宝物が、いくつも敷き詰められている。その奥には、静かな湖が広がっていた。洞窟というより、どこかの宝物庫のようだ。
「なんか、すごい場所だな」
梅太郎が、きょろきょろと見回している。
宝箱が並び、奥には湖。雰囲気だけなら、いかにも重要なダンジョンという感じがする。
俺は、宝箱の陰に身を隠した。
しかし、奥へ進んでみると、二匹のゴブリンが待ち構えていた。
肌色の体に、棍棒を持った姿。
二匹は、梅太郎たちを見つけると、声を上げた。
「何だ貴様ら? 何しに来た?」
「……何しに来たんだろうな」
梅太郎が、真顔でつぶやいた。
こっちが聞きたい。
ここが何の場所なのかも分からないし、何を目的に来たのかも、いまいち説明できない。
そんな困惑など気にする様子もなく、ゴブリンたちは棍棒を構えた。
「小癪な! あの世に送ってやるわ!」
「……ボスなのか?」
シャフトが、首をかしげた。
ダンジョンを攻略して、仕掛けを解いて、最後にボスと戦う。そういう流れなら、分かる。
だが、ここには、特に複雑な仕掛けもなかった。洞窟に入って、宝物を見て、奥へ進んだら、いきなり戦闘である。
「展開が急すぎるだろ……」
戦闘画面に切り替わった。
敵の名前が表示される。
【ショスタコビッチ】
【ショスタコビッチ】
「……ショスタコビッチ?」
画面を二度見した。
音楽家の名前だ。
なぜ、ゴブリンに、そんな名前がついているのか。
疑問は尽きない。
戦闘が始まると、ショスタコビッチたちは、技を繰り出してきた。
派手なエフェクトが、画面いっぱいに広がる。
斬撃のような演出。爆発のような演出。さらに、別のエフェクト。とにかく、いろいろな演出が盛り込まれていた。
「……盛り合わせかよ」
一度なら、まだいい。
だが、ショスタコビッチたちは、同じような技を、何度も繰り返してきた。
画面が光る。揺れる。派手な演出が続く。
「もういい、もうお腹いっぱいだ!」
梅太郎が、顔をしかめた。
その気持ちは、よく分かる。技の演出に力を入れるのはいい。だが、何度も繰り返されると、さすがにくどい。
しかも、梅太郎たちは、レベルを上げすぎていた。
ショスタコビッチの攻撃を受けても、さほど苦戦しない。こちらの攻撃が決まると、二匹は、あっさりと倒れた。
【ショスタコビッチを倒した!】
「……弱っ」
いや、弱いというより、こちらが強くなりすぎたのか。
何度も戦闘を繰り返してきたツケが、こんなところで出ている。ゲームバランスの調整は、後回しだったのだろう。
倒れたショスタコビッチは、最後に言い残した。
「く……無念……」
そして、消えていった。
「…………」
しばらく、画面を見つめていた。
「……うーん。このイベント、本編と関係あるのか?」
町は、廃墟になっていた。その奥の洞窟には、宝物があり、湖があり、ショスタコビッチと名づけられたゴブリンが二匹いた。
……それだけだ。
気になって、イベントのメモを探してみた。
すると、古いメモが見つかった。
【最終更新:25年前】
【イベント案】
『音楽の授業で、かっこいい名前を見つけた。
出したいから、そのためのマップとイベントを作る。』
「……ああ」
納得した。
納得してしまった。
「名前を出したかっただけかよ!」
マップを作った理由も、イベントを作った理由も、実にシンプルだった。
かっこいい名前を見つけた。だから、ゲームに出したかった。
その結果、宝物のある洞窟ができ、ゴブリンが二匹配置され、ショスタコビッチという名前がついた。
……なるほど。
いや、なるほどじゃない。
「ちなみに、あの町を滅ぼしたのは、こいつらなのか?」
ふと、疑問に思った。
最初に現れた老人は、町には何もないと言っていた。そして、霧が晴れると、町の上半分は廃墟だった。
その原因が、ショスタコビッチたちなのだろうか。
だが、メモには、何も書かれていない。
二匹が町を滅ぼしたのか。それとも、町が廃墟になったことと、このイベントは、まったく関係ないのか。
結局、何も分からなかった。
最初に出てきた老人も、無駄に登場しただけなのかもしれない。ショスタコビッチたちも、無駄に対峙させられただけなのかもしれない。
「……何だったんだ、今のイベント」
シャフトが、呆れたように言った。
「結局、よく分からなかったな。先に行こうぜ」
……ごもっとも。
俺も、同じ気持ちだった。
イベントの意味は分からない。町が廃墟になった理由も分からない。ショスタコビッチが何者なのかも分からない。
分かったことといえば、二匹のゴブリンが、音楽家の名前をつけられていたことくらいだ。
「まあ、進めるならいいか……」
編集画面を開き、マップの設定を確認した。
どうやら、森の西へ進むためのスイッチの条件が、ようやく揃ったらしい。
梅太郎たちは、洞窟の出口へ向かって、歩き出した。
出口をくぐった、その瞬間、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。
その音に合わせて、二人の背中が、端から順に黒く塗りつぶされていく。
闇が引いたあと、洞窟には、俺一人が残っていた。
編集画面を開いたまま、少し考える。
森の西。次は、何が待っているのか。
毎回、梅太郎たちの後を追うだけでは、また何か起きたときに、やはり後手に回るな。
「……次のイベントは、先回りしてみようか」
そう決めて、移動先の欄に、森の西の名前を入れた。
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