移動先の欄に、森の西の名前を入れて、保存を押した。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。視界が、端から順に黒く染まっていった。
次に目を開けたとき、足元には、湿った土の匂いのする森の道が伸びていた。
その先に、城の入口があった。
石造りの門の前に、二人の兵士が槍を持って立っている。
「……城?」
編集画面でマップを確認した。
どうやら、ここから城に入れるらしい。
「アーイラル城から、隣の城まで、近すぎないか」
城というのは、こんなに気軽に隣へ建てるものなのか。
まあ、ゲームの世界だ。細かいことは、気にしないでおこう。
イベント設定を開くと、ちゃんと用意されていた。
「うん。ここは、問題なさそうだな」
そう言ったところで、足音が近づいてきた。
俺は、近くの茂みに身を隠した。
梅太郎とシャフトが、森の道から姿を見せる。
二人は、城の入口に立つ兵士を横目に見ながら、そのまま通り過ぎていった。
「……え?」
茂みの中で、声が出そうになった。
「えー、話しかけないのか」
兵士が二人も立っているのだ。普通、何かイベントがあると思うだろう。
だが、梅太郎たちは、完全に無視している。
そのまま、森の奥へ歩いていき、次のマップへの出口をくぐった。
タッタッタッ。
二人の背中が、黒く塗りつぶされて消える。
「……まあ、いいか」
ため息が出た。
次は、橋らしい。移動先に橋の東の岸を指定して、対象を【自分】にした。
タッタッタッ。
視界が開けると、目の前に、大きな橋が見えた。
川幅は広く、橋もがっしりとした造りだ。俺は、橋のたもとの岩の陰に身を寄せた。
ほどなくして、梅太郎たちが、橋の東の岸に姿を見せた。
橋の入口まで進もうとして、ぴたりと足を止める。
【ここから先は、現在戦闘中だ。進むことはできない】
画面に、文字が浮かんでいた。
「おお!」
岩の陰で、思わず感心した。
先のイベントが終わるまで、通れないように設定されている。こういうところは、しっかりしているじゃないか。
「素晴らしい!」
制作者を褒めた。
……まあ、ついさっきまで、意味の分からない森を歩き回っていたのだが。
梅太郎は、橋を眺めて、シャフトに言った。
「仕方ない。戻ろう。さっき城があったから、話を聞いてみよう」
「そうだな」
二人は、来た道を引き返していった。
「よし、俺も戻ろう」
岩の陰から出て、後を追おうとした、そのとき。
二人の背中が、森の入口をくぐった瞬間に、端から順に黒く塗りつぶされていった。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。
「……あれ?」
城の手前の道へ戻るはずが、効果音が、いつもと違って聞こえた。
足を止めて、編集画面を開く。
【場所移動:廃墟の町】
「……おい!」
橋から戻るための移動先が、廃墟の町になっていた。
「褒めた矢先に、地味に間違えてるじゃないか!」
さっきまで、ちゃんとできていると思っていたのに。やはり、油断は禁物だ。
移動先を、城の手前の森の道に直した。
「……まあ、梅太郎たちも大変だな」
しばらくして、森の道の向こうから、二人が歩いてきた。
シャフトが、呆れたように言った。
「なんか、さっきの廃墟の街まで戻ったんだけど、何なんだ?」
「だよな。橋から引き返しただけなのに」
梅太郎が、首をひねっている。
二人は、今度こそ、城の入口へ向かった。
俺は、再び移動先を指定して、先回りした。
城門の脇の植え込みの陰から、様子をうかがう。
梅太郎が、一人目の兵士に話しかけた。
「何だ貴様ら。立ち去れ」
「冷てえな」
梅太郎が、ぼそりとこぼした。
まったくだ。もう少し、話くらい聞いてくれてもいいだろう。
梅太郎は、もう一人の兵士に声をかけた。
「ん? 何だっぺ? 先に進めないっぺちゃ?」
……何語だ。
「もう終わるんじゃないかなズラー」
「……どこの訛りなんだよ」
植え込みの陰で、頭を抱えた。
語尾が、安定していない。「っぺ」なのか、「っぺちゃ」なのか、「ズラー」なのか。いったい、どこの方言を参考にしたのだろう。
梅太郎とシャフトも、顔を見合わせている。
兵士は、そんな視線など気にせず、話を続けた。
「よし、わかったべ。わてが仲間に入ってやるズラー」
「……唐突だな」
シャフトが、ぼそりとつぶやいた。
先に進めないと言ったかと思えば、突然、仲間になると言い出した。話が、飛躍しすぎている。
兵士は、さらに続けた。
「その前に、王様に挨拶して行くべ」
そう言うと、城の中へ歩いていった。
梅太郎たちも、その後に続く。
俺は、編集画面を開いた。
移動先に、城の玉座の間を指定する。先回りしておこう。
タッタッタッ。
視界が開けると、そこは、天井の高い広間だった。
奥の玉座には、王様が座っている。俺は、大きな柱の陰に身を隠した。
入口の扉が、ゆっくりと開く。
梅太郎たちが、赤い絨毯の上を、こちらへ向かって歩いてきた。
遠い。
扉の向こうから、玉座までは、ずいぶんと距離があるようだ。梅太郎たちの姿が、豆粒のように小さい。
一歩。
また一歩。
絨毯は、まっすぐに伸びている。
……。
「長くないか」
画面がスクロールし続けているのが、見ているだけで分かった。赤い絨毯は、どこまでも続いている。
「どんだけ玉座まで距離があるんだよ!」
小声で、突っ込んだ。
ようやく玉座の前にたどり着くと、兵士は、王様に向かって頭を下げた。
「王様、兵士の仕事に飽きたので、冒険に出るっぺ」
「理由が雑すぎるだろ!」
梅太郎が、全力で突っ込んだ。
仕事に飽きたから、冒険に出る。それだけでいいのか。
王様は、特に気にした様子もなく答えた。
「くるしゅうない」
「……それだけ?」
柱の陰で、俺も、つぶやいていた。
許可をもらうための試験もない。別れの言葉もない。兵士が冒険に出る理由を、聞き返すこともない。
ただ、許可が出た。
【兵士が仲間になった!】
「……何だ、この脈絡も思い入れもない仲間の入り方は」
呆然とした。
兵士は、梅太郎たちのほうを向いて、元気よく言った。
「さあ、行くっぺ、梅太郎!」
そして、なぜか、先頭に立った。
「いや、リーダーになってるし!」
梅太郎が、思わず声を上げた。
ついさっきまで城を守っていた兵士が、いきなり仲間になり、いつの間にか先頭を歩いている。
しかも、名前は「兵士」。
「……名前、雑すぎないか」
シャフトも、首をかしげている。
俺は、柱の陰で、設定画面を開いた。
何かメモが残っているかもしれない。
すると、案の定、古いメモが見つかった。
【最終更新:25年前】
『兵士の名前はマーフィー。
だけど、似合わないので、兵士のままでいく。』
「あるじゃないか! 名前、つけてやれよ!」
声を殺して、叫んだ。
マーフィー。
ちゃんと名前まで考えていたのに、似合わないという理由で没になっていた。しかも、その名前を使わずに、「兵士」のまま仲間にしている。
……いや、せっかく考えたんだから、使えばいいのに。
メモを、そっと閉じた。
梅太郎たちは、そんな事情など知る由もなく、城を出ていった。
俺は、移動先に橋の東の岸を指定して、タッタッタッ、と先回りした。
橋に着くと、さっきまで戦闘中だったはずの場所は、すっかり平和になっていた。
岩の陰から見ていると、梅太郎たちが、橋を渡って、西の岸へ進んでいった。
俺も、少し遅れて、橋を渡る。
橋の向こうには、大きな岩場が広がっていた。
その上に、一人の人影が立っている。
人魚のような姿をした人物が、海に向かって、何かをつぶやいていた。
「これが本当の姿なの、ごめんなさい……」
そして、海の向こうへ向かって、名前を呼んだ。
「アンソニー……」
次の瞬間。
ピューン!
ザバーン!
人影は、岸壁から、海へ飛び込んでしまった。
「……え?」
岩場の陰で、固まった。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
すると、岩場の手前に立っていた金髪の剣士らしきキャラクターが、一言つぶやいた。多分アンソニーだろう。
「ジェーン……」
……ジェーン?
剣士は、ゆっくりと、崖のほうへ歩き始めた。
そして、突然、叫んだ。
「ジェーーーーーン!!!」
そのまま、崖の向こうへ、落ちていった。
ピューン!
ボッコン!
「はっはっはー!」
……。
「また、その笑い声かよ!」
小声で、突っ込んだ。
あの効果音は、確か、パンプキンの家のときに見かけた、用意された素材だ。それが、よりによって、こんな悲劇の場面で使われている。
途中の効果音も、まったく状況に合っていない。
悲劇的な場面のはずなのに、効果音だけが、妙に楽しそうだった。
梅太郎たちは、しばらく、その場に立っていた。
……いや、立っていただけだった。
「……え、何もないのか?」
梅太郎が、首をかしげた。
「説明くらい、してほしいよな」
シャフトが、静かに言った。
イベントは、それで終わりだった。
三人は、何事もなかったかのように、歩き始めた。
俺は、気になって、再びメモを探した。
すると、ここにも、古いメモが残されていた。
【最終更新:25年前】
『これはゲームの説明書に画像であった1シーン。
同じシーンを再現してみたかっただけ。
名前もオリジナル。』
「……ああ、そういうことか」
静かに、納得した。
説明書に載っていた場面を、再現したかった。だから、イベントを作った。登場人物の名前も、独自につけた。
それだけだった。
町の廃墟化との関係も分からない。人魚が、なぜ海に飛び込んだのかも分からない。アンソニーが、なぜ後を追ったのかも分からない。
そもそも、なぜ、あのタイミングであの効果音が鳴ったのかも分からない。
だが、作り手にとっては、それでよかったのだろう。
「……ここまで、意味をなさないイベントを並べるRPGも、珍しいな」
苦笑した。
今のゲームなら、物語の整合性を取ったり、伏線を回収したり、プレイヤーが納得できる理由を用意したりすることが多い。もちろん、それは大切なことだ。
けれど、25年前のこのゲームは、違った。
面白いと思ったから作る。再現したいから作る。かっこいい名前を見つけたから登場させる。授業中に思いついたから、イベントにする。
理由は、それだけ。
物語として矛盾していても、イベントが本編に関係なくても、作りたいものを作る。
それが、このゲームには詰まっていた。
「……こういう大胆さも、生きるためには大事なのかもな」
ふと、そんなことを思った。
俺は、いつから、何をするにも、理由や正解を求めるようになったのだろう。
失敗しないように。間違えないように。誰かに迷惑をかけないように。
仕事でも、日常でも、何かを始める前に考えることが増えていた。もちろん、それが必要な場面もある。
でも、作りたいから作る。面白そうだから、やってみる。
それだけで始めても、いいのかもしれない。
このゲームを作った誰かは、きっと、そんなことを考えずに、ただ楽しんでいたのだろう。
少しだけ、笑った。
「……まあ、梅太郎たちには、もう少し説明してやってほしいけどな」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
梅太郎たちは、そんな俺の感慨など知る由もなく、次のマップへの出口へ向かっていった。
二人の背中が、出口をくぐる。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。
その音に合わせて、端から順に、黒く塗りつぶされて消えていく。
俺も、編集画面を開いた。
移動先は、次のマップ。対象は【自分】。
タッタッタッ。
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