移動先の欄に、次のマップの名前を入れて、保存を押した。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。視界が、端から順に黒く染まっていった。
次に目を開けたとき、冷たい岩肌に囲まれた洞窟の入口に、俺は立っていた。
少し長めのダンジョンだ。
編集画面でマップを確認すると、敵の名前は相変わらず設定されていないものの、エンカウントの頻度は適度。宝箱も、要所に配置されている。道の長さも、敵の強さも、アイテムの配置も、絶妙なバランスだった。
これは……。
「有名RPGにも、引けを取らない洞窟じゃないか」
……いや、違う。
こんなまともなRPGは、求めていない。
今までのマップは、進めない道、逆になったイベント、意味の分からない敵、そして突然始まる謎の演出ばかりだった。それらを修正しながら進んできたせいで、急に成長したようなダンジョンに、物足りなさを感じているのかもしれない。
逆に言えば、よくあるRPGのほうが、つまらないんじゃないか。
そんな錯覚すら覚える。
俺は、洞窟の壁のくぼみに身を隠した。
ほどなくして、梅太郎たちが、入口から姿を見せた。
そんな俺の気持ちなど知るはずもなく、三人は、どんどん奥へ進んでいく。俺は、岩陰から岩陰へ、その背中を追った。
途中で、景色が変わった。
洞窟の岩肌が消え、地下の下水道のようなマップが現れたのだ。
「……急に変わりすぎじゃないか」
梅太郎が、足を止めて、あたりを見回した。
「さっきまで、ザ・洞窟だったよな」
「どういうつながりで、いきなり下水道に出るんだ」
シャフトも、首をかしげている。
俺も、同じことを思った。
まあ、いい。この程度なら、もう驚かない。
下水道のようなマップには、宝箱が一つ、置かれていた。
シャフトが、さっそく宝箱に近づく。
おっ。
宝箱か。
さあ、何が出る?
回復アイテムか。強力な武器か。それとも、ここまで頑張った冒険者へのご褒美か。
シャフトが、宝箱を開けた。
その瞬間――。
【青龍が現れた!】
「くそっ、罠か!」
梅太郎が叫んだ。
宝箱から出てきた青龍は、いきなり炎を吐いた。
火炎が、画面全体を包み込む。
「全体攻撃かよ!」
三人とも、大ダメージを受けた。
それでも、なんとか持ちこたえて、必死に攻撃を繰り返す。そして、ようやく、青龍を倒した。
……ふう。
宝箱から敵が出てくるのは、まあ、ある。強敵が潜んでいるのも、まあ、分かる。
だが、普通なら、これで終わりだろう。
そう思った、次の瞬間。
【紅龍が現れた!】
「何だっぺ!出すなら一緒に出せズラー」
兵士が、天を仰いだ。
青龍との戦闘で、三人のHPは、すでに削られている。
紅龍のグラフィックは、青龍を反転させただけ。技の構成も、青龍とまったく同じだった。つまり、さっきの戦闘を、もう一度やるだけである。
ただし、こちらは、瀕死寸前。
全体攻撃を受けるたびに、HPが、みるみる減っていく。
それでも、どうにか、紅龍を撃破した。
「……危なかった」
シャフトが、肩で息をしている。
岩陰で、俺も、胸をなで下ろした。
編集画面を開いて、宝箱のイベントを確認する。
なんで、一緒に出さないんだ?
青龍と紅龍を同時に出せば、一回の戦闘で済むだろうに。
イベント設定を調べていくと、古いメモが見つかった。
【メモ更新日:25年前】
『画面いっぱいの敵を出したら、一回の戦闘で入りきらなかった。連続で出てくる仕様を発見。使うしかない。敵は、某デュエル漫画を参考にした。』
「……なるほど」
仕様だったのか。
画面に敵を詰め込もうとしたら、一度に表示できなかった。でも、連続で出てくるなら、それはそれで面白い。そう思って、採用したわけか。
たまたま見つけた仕様を、どうしても使いたくなってしまったんだろう。
しかも、敵のデザインも、ほぼそのままな気がする。
……いや、これ以上は、詮索しないでおこう。
そっと、編集画面を閉じた。
梅太郎たちは、傷を癒やしてから、さらに奥へ進んでいった。
ダンジョンも、終盤に差しかかった頃、今度は、紫色の底なしダンジョンのようなマップに出た。
足場の下には、何も見えない。落ちたらどうなるのか分からない、というより、そもそも地面があるのかすら、怪しい。
しかし、梅太郎たちは、何の疑問も持たず、普通に通過していった。
「……まあ、そうだよな」
いちいち立ち止まっていたら、冒険が進まない。
そのとき、俺は、たまたま編集画面を開いていた。
そして、あるものに気づいた。
「ん?」
出口とは別の場所に、宝箱が配置されている。
だが、どう考えても、普通には行けそうにない。大穴の向こう側。足場なんて、どこにもない。なのに、宝箱だけが、ぽつんと置かれている。
よく見ると、マップの物体のグラフィックを半透明にすることで、通過できるようにするギミックが、仕込まれていた。
「おお、こんな仕掛けがあったのか!」
確認している間に、梅太郎たちは、出口へ向かっていった。
三人が出口をくぐる。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴って、背中が、黒く塗りつぶされて消えた。
……行っちゃった。
「いや、これ、もっと主張しないと誰も気づけないぞ」
普通に歩いていたら、絶対に見落とす。
だが、俺は気になった。
こんな裏技みたいな仕掛けを用意しているんだ。きっと、すごいお宝が入っているに違いない。
最強の武器とか。攻撃力が桁違いの剣とか。もしかしたら、ここでしか手に入らない、伝説の装備かもしれない。
大穴の前まで移動した。
よく見ると、穴の上には、うっすらと白く透明な何かが存在していた。
慎重に、足を踏み出す。
……渡れる。
「本当に渡れるじゃないか!」
向こう側まで進んで、宝箱を開けた。
煙のエフェクトが、ふわりと広がる。
ちゃっちゃっちゃー。
気の抜けるような効果音が、鳴った。
……ん?
何か、手に入ったのか。
そう思った瞬間、画面の表示が変わった。
【毒状態になった!】
「……は?」
気づけば、俺は、毒状態になっていた。
「何だよ、これ」
くそ。何も道具を持っていないぞ。
慌てて、所持アイテムを確認した。
すると、そこには、律儀に毒消しが入っていた。
……いや。
「こんなところの優しさ、いらないよ!」
罠を仕掛けておいて、毒消しまで用意してある。親切なのか、意地悪なのか、どっちなんだ。
毒消しを使って、状態異常を解除した。
そのとき、ふと、画面の隅に表示された自分のステータスが、目に入った。
【職業:勇者】
【レベル:1】
……。
レベル1。
そうだった。
俺は、この世界で、ずっとレベル1のままだ。
梅太郎たちの冒険を進めるために、マップを直し、イベントを修正し、敵の強さを調整している。でも、俺自身が成長するわけじゃない。
まあ、修正している側だから、仕方ないのかもしれない。
だけどさ。
異世界ものって、もっとこう……あるだろ。
ステータスを一つだけ最大値にできるとか。特殊スキルだけやたら大量に持っているとか。時間を巻き戻す能力があるとか。なんなら、タイムリープでもいい。
それなのに、俺に与えられた能力といえば、進めそうで進められないイベントを修正すること。
地味すぎる。
いや、役には立っている。役には立っているんだけど……。
「……なんだよ、この修正係」
急に、虚しくなった。
勇者という肩書きだけは立派なのに、レベルは1。敵を倒して成長するわけでもなく、特別な力があるわけでもない。ただ、誰かが作りかけた世界の不具合を、直しているだけだ。
……まあ。
それでも、やるしかない。誰もやりたくないことをやることは、嫌いじゃない。
きっとこの世界の冒険が終わらない限り、現実の世界にも、戻れない気がする。
うん、絶対そうだ。
なんとなく自分に言い聞かせた。
ステータス画面を閉じた。
少なくとも、まだ、修正する場所は残っている。
大穴の向こうから、出口へ向かって歩き出しながら、編集画面を開いた。
移動先は、梅太郎たちが向かった、次のマップ。対象は【自分】。
タッタッタッ。
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