移動が終わると、足の裏に、石畳の硬い感触が伝わってきた。
洞窟を抜けた先は、街だった。
数軒の民家に、アイテム屋。そして、ひときわ目立つ立派な屋敷が一つ。
ここまでの冒険を考えれば、ずいぶんまともな街だった。
……いや、もう「まとも」という言葉の基準が、分からなくなってきたな。
民家の壁際に身を寄せて、梅太郎たちが来るのを待つことにした。
ほどなくして、洞窟の出口から、三つの人影が現れた。梅太郎、シャフト、兵士。
そのとき、画面が、勝手に動き出した。
俺の操作ではない。
視点が、ゆっくりと西へ移動していく。街の西側にある草むらが映し出され、数秒ほど止まったあと、何事もなかったかのように、元の画面へ戻った。
ただの画面移動にしては、妙に不自然だった。
草むらの中央には、誰かが隠れているような、不自然な揺れがある。けれど、キャラクターの姿は見えない。
「……何だ、これ」
イベントの演出だろうか。草むらに、何かあるのか。それとも、ただのバグか。
首をかしげていると、画面の隅に、赤い文字が灯った。
【警告:不明なアクセスを検知しました】
「くそ、急に来たな!」
慌てて、編集画面を開いた。
今度は、何をされた?
マップの移動先か。イベントの発生条件か。それとも、またスイッチを勝手に書き換えられたのか。
これまでの経験から、まずはイベント設定を確認する。
……おかしそうなところは、なさそうだ。
いや、初めて来たマップだから、正常かどうかも、よく分からない。それでも、これまでのように、明らかな条件の改ざんや、スイッチの変更は見当たらなかった。
ただ、さっき画面が映した草むらだけは、妙に気になった。
イベント一覧を確認しても、そこに何かが配置されているようには見えない。なのに、画面は確かに、あの場所を選んだ。
「……たまには、そんなこともあるのか」
警告が出たからといって、必ずしも何かを壊されたわけではないらしい。
ひとまず、設定画面を閉じた。
すると、兵士が、街を見回しながら、口を開いた。
「この街は、なんて名前ズラー?」
……確かに。
言われてみれば、街の名前が分からない。
入口に、看板はない。住民に話しかけても、特に説明はない。普通のRPGなら、街に入った瞬間に地名が表示されるか、入口付近の住民が教えてくれるものだ。
『ここは、〇〇の街だよ』
そんな定番の台詞すら、ない。
「さあな。誰かに聞いてみるか」
梅太郎が、近くの民家のほうへ歩いていく。
「まあ、名前くらいは、設定されてるだろ」
俺は、何気なく、編集画面を開いた。
ついでに、今さらながら気になったことも、調べてみる。
そういえば、ショスタコビッチのいた街。あそこは、何という名前だったんだろう。
確認してみると、答えは、すぐに出た。
【マップ名:廃墟】
「……廃墟?」
あの街、確かに途中で廃墟になったけど、最初は普通に人が暮らしていたよな。
そもそも、名前をつける気がなかったんだろうか。
「じゃあ、兵士が仲間になったときの城は?」
さらに確認した。
【マップ名:隣の城】
「……隣の城」
もっとあっただろう。
いや、あの城は、兵士が王様に挨拶するためだけの場所だった。名前をつけるほどの思い入れも、なかったのかもしれない。
そう考えると、なんとなく納得できてしまった。
「えーっと、それで、この街は……」
現在のマップ情報を、確認した。
【マップ名:新しいマップ】
「……ん?」
新しいマップ。
いや、確かに、新しいマップではある。でも、そういうことじゃないだろう。
街の名前が、設定されていない。メモ欄も調べてみたが、特に何も残されていなかった。
敵の名前が「敵4」だったり、宝箱に何も入っていなかったりするのは、もう見慣れた。それでも、これまで訪れた場所には、一応、それらしい名前がついていた。
なのに、この街だけ、名前がない。
「……あ!」
さっきの出来事を、思い出した。
画面が勝手に草むらへ移動した直後、不明なアクセスの警告が出た。
もしかして。
「さっきの不正アクセスで、街の名前を消されたのか?」
だとしたら、何のために?
街の名前なんて、消したところで、冒険に大きな影響はない。むしろ、わざわざそんなところを狙う意味が、分からない。
……いや、今までのことを考えれば、意味の分からない改ざんなんて、いくらでもあった。
それに、名前を消したのではなく、誰かがこのマップに入り込んだせいで、情報が上書きされた可能性もある。
しばらく、画面を見つめた。
「……まあ、いいか」
影響は、少ない。名前がなくても、梅太郎たちは、先に進める。
今は、見なかったことにしよう。
そんな独り言を終えた頃、梅太郎たちは、街の奥にある、立派な屋敷へ向かっていた。
「あそこ、いかにも何かありそうだな」
梅太郎が、屋敷を見上げている。
何か重要なイベントが、あるのだろうか。この規模の屋敷だ。偉い人が、住んでいるのかもしれない。
梅太郎たちが、入口に近づいた、そのときだった。
『コッチダヨ』
「……ん?」
梅太郎が、足を止めた。
「今、何か聞こえなかったか」
「聞こえたズラー」
どこからか、声がした。
さっきの草むらのほうからだった。
同時に、画面が動き出す。
街の西側。草むらが映し出された。今度は、草の一部が、わずかに揺れている。そして、すぐに、元の位置へ戻る。
「気のせいだな。屋敷に入ろう」
梅太郎は、気にせず、屋敷へ向かおうとした。
『コッチダヨ』
また、画面が動いた。
草むら。
元の位置。
『コッチダヨ』
草むら。
元の位置。
画面が草むらを映すたび、そこから、微かな電子音のようなものが聞こえた。
まるで、誰かが、こちら側へ通信を送っているようだった。
「…………」
民家の影で、黙って、画面を見つめた。
なるほど。
どうやら、あの草むらに、何かあるらしい。それは、分かった。さっきの不明なアクセスも、画面の勝手な移動も、こいつが原因なのだろう。
分かったから。
「……そろそろ、許してやれよ、梅太郎」
切に、願った。
屋敷に入ろうとしているだけなのに、何度も何度も、呼び止められる梅太郎。
しかし、本人は、頑なに無視している。
イベントを作った側も、ここまで無視されるとは、思っていなかっただろう。
「うるさいな、さっきから」
「どこかで、誰かが呼んでるっぺ」
「だから、あっちが先だって」
兵士が、草むらのほうを指さしても、梅太郎は、聞く耳を持たない。
やがて、シャフトが、ため息をついた。
「一回、行ってみようぜ。このままだと、ずっと鳴るぞ」
「……しょうがないな」
梅太郎たちは、渋々、草むらのほうへ向かった。
「……やっぱり、何かいるのか」
思わず、身を乗り出した。
その瞬間、梅太郎たちが、指定されたポイントに、到着した。
【イベント発生】
『デルデルデル……』
「何だ、この音」
梅太郎が、あたりを見回す。
俺も、同じことを思った。
『デチャッター!!』
効果音とともに、草むらの中から、キャラクターが現れた。
宇宙服を着た人物だった。
街の草むらから、宇宙服。
もう、何が出てきても、驚かない。
ただ、さっきの画面移動は、この人物が現れるためのものだったらしい。
人物は、梅太郎たちに向かって、話しかけた。
「ワタシノナマエハ未来人。アナタノナカマニナリマス」
【未来人が仲間になった!】
「……は?」
梅太郎の声と、俺の声が、重なった。
仲間になった。
今、仲間になったよな。
自己紹介して、仲間になると宣言しただけで。
……いや、兵士のときも、似たようなものだった。王様に一言、挨拶して、冒険に出たいと言ったら、仲間になった。
今回は、草むらに隠れていて、何度も呼びかけた末に、宇宙服の人物が現れ、そのまま仲間になった。しかも、登場前から画面を勝手に動かしてまで。
「兵士といい、未来人といい……仲間になる脈絡が、なさすぎるだろ」
仲間を増やすイベントというのは、もっとこう、あるんじゃないのか。
共に戦う理由があったり、助けた恩があったり、目的が一致したり。少なくとも、草むらから突然現れて「仲間になります」と宣言するだけでは、ないはずだ。
……いや。
駅で歩いているおっさんに声をかけたら、そのまま仲間になった。それと変わらないんじゃないか。
「……さすがに、それは言い過ぎか」
自分で、自分にツッコミを入れた。
未来人には、未来人なりの事情が、あるのかもしれない。ただ、今のところ、説明は一切ない。
画面を勝手に動かした理由も、なぜ草むらに隠れていたのかも。
「えっと、よろしくな。未来人」
梅太郎が、頭をかきながら、手を差し出した。
「ヨロシクオネガイシマス」
未来人は、機械のような抑揚で、握手を返した。
そして、そんな俺の疑問など知る由もなく。
梅太郎たちは、未来人を仲間に加えたまま、立派な屋敷へと入っていった。
四つの背中が、屋敷の扉をくぐる。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。
その音に合わせて、端から順に、黒く塗りつぶされて消えていく。
俺も、編集画面を開いた。
移動先は、屋敷の中。対象は【自分】。
タッタッタッ。
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