【場所移動:イベントの街マドリード】
移動先の欄に、その名前を入れて、保存を押した。
タッタッタッ。
視界が開けると、足元は、石畳に変わっていた。
「……マドリード?」
急に、スペインである。
さっそく、マップのメモを確認した。
【メモ更新日:25年前】
『名前をつけるのは難しい。
社会の地図の教科書でページを開いて、目を瞑って指を刺してそこの名前にした。
マドリード。響きがいいから、ここでいいや。
とりあえず、ここまで使えなかったイベントを詰めていこう。』
「結構有名だけど、多分、知らなかったんだろうな……」
マドリード。スペインの首都である。
しかし、ここでは、ただのイベント詰め込み用のマップだった。
俺は、街の入口近くの、積まれた木箱の陰に身をひそめた。
ほどなくして、南西にある小さな民家から、梅太郎、シャフト、兵士、スライム大統領が、ぞろぞろと出てきた。
「……すごい普通に出てくるな」
小声で、つぶやいた。
「いやー、やっと戻ってきたな」
シャフトが、伸びをした。
「捕まったわけでもないのに、牢獄から出てきた気分だったぜ」
「お前、牢獄で何かあったっけ?」
梅太郎が、首をかしげた。
「気分の問題だ」
そんな話をしていると、一匹の犬が、近づいてきた。
「クーン……」
犬は、何かを訴えるように鳴いた。
すると、シャフトが、刀を抜いた。
「何だ? 貴様? くたばれ!」
バシッ!
「……え?」
思わず、声が出そうになった。
犬は、その場に倒れた。
「いや、ちょっと待て」
梅太郎が、すかさず突っ込んだ。
「犬、何もしてないだろ。今のは何なんだよ」
誰も、答えなかった。
この世界では、犬に優しくするというイベントは、実装されていないらしい。
すると、背後から、一人の青年が現れた。
「……ベン?」
青年は、顔を上げた。
「ベーーーーーーーーーーン!!」
青年は、問答無用で襲いかかってきた。四人は、さっさと倒した。
「……この街、治安どうなってるんだ」
「さあな」
シャフトが、肩をすくめた。
そもそもお前のせいだろ。小真は口には出さなかった。
次に、北西に、墓地があった。
墓石には、こう刻まれていた。
【アンソニーここに眠る】
「アンソニーって、あのアンソニーか?」
梅太郎が、墓石を見つめた。
橋の向こうで、ジェーンを追って、崖から落ちていった金髪の剣士。
……あいつ、ちゃんと墓があったんだな。
墓のそばには、なぜか、ニンジンが落ちていた。
「まあ、もらっておくか」
梅太郎が、ニンジンを拾った。
何に使うのかは、分からない。だが、この世界では、拾えるものは拾っておくべきだ。
次に、街の中央にある柵の向こうに、馬がいた。
梅太郎が、近づいて、話しかけてみる。
馬は、しばらく沈黙したあと、ぽつりと言った。
「………………ニンジンくれ」
「喋った!」
梅太郎が、のけぞった。
木箱の陰で、俺も、のけぞりそうになった。
いや、これまでにも、喋るスライムやら何やらは、散々見てきた。今さら、馬が喋ったところで、驚くことではない。
……いや、やっぱり、驚く。
梅太郎が、拾ったニンジンを、馬に渡した。
「………………サンクス」
馬は、満足そうにうなずくと、走り出した。
そして、柵のグラフィックを完全に無視して、そのまま、向こう側へ駆け抜けていった。
「柵、意味ないじゃん……」
梅太郎が、遠い目でつぶやいた。
俺も、もう何も言わなかった。
中央にある民家に入ると、そこには、厳格な老人と呼ばれるジジイがいた。
俺は、窓の外の植え込みの陰から、中をのぞいた。
「お前たち、何者じゃ」
梅太郎が、話しかけた瞬間、戦闘画面に切り替わった。
「ワシも参戦するぞ!」
「誰だよ!」
梅太郎が、叫んだ。
その声に応えるように、画面に、見覚えのあるおじさんが現れた。
「あーい!」
「……あっ!」
梅太郎が、指をさした。
「あの森の、ビーフかチキンのおじさん!」
俺も、思い出した。
だいぶ序盤に登場した、謎の選択肢を突きつけてきた、あのおじさんだ。まさか、ここで再登場するとは。
「見よ! 厳格な老人コンボ!!」
二人が叫ぶと、画面いっぱいに、グラフィックが拡大された。
老人の顔。
おじさんの顔。
老人の顔。
おじさんの顔。
しかも、目まぐるしく切り替わる。
「うわっ、目がチカチカする!」
シャフトが、目を覆った。
画面が、激しく点滅した。
「……もういい。倒そう」
梅太郎が、うんざりした声で言った。
四人は、さっさと倒した。
街の中央には、もう一つ、気になる店があった。
看板には、【光プチ】と書かれている。
「光プチ? 何だそれ」
シャフトが、首をかしげた。
店に入ると、どうやら、交換屋らしい。
俺は、店の窓際の、樽の陰に身を寄せた。
店主の後ろには、見覚えのあるヘルメットが、飾られていた。
「それ、未来人の頭の装備じゃないか?」
梅太郎が、尋ねると、店主は、うなずいた。
「ええ。どこかで拾ったんですよ」
梅太郎は、地獄で集めた未来人の防具を、取り出した。
すると――。
ピカッ!
防具が、突然、まばゆい光を放ち始めた。
「お、おい! 何だ!?」
光は、どんどん強くなり、店内を白く染め上げていく。
そして、店の天井から、何かが降りてきた。
光り輝く人影。
青い髪をなびかせた、エルフだった。
「私は、英雄ナカシマ」
エルフは、堂々と名乗った。
「長いこと、未来人の中に閉じ込められていたんだな。助かった。ぜひ、お供しよう」
「……あれ、未来人は?」
梅太郎が、あたりを見回した。
「この防具の中に、ナカシマが入ってたってことは、つまり……」
「未来人が、ナカシマだったのか」
シャフトが、静かにうなずいた。
「……また、やけに現代的な名前のやつが出てきたな」
樽の陰で、あきれた。
しかも、自分で英雄と名乗っている。
もしかして、俺みたいな異世界転生者では!?
俺は、編集画面を開いて、メモを確認した。
【メモ更新日:25年前】
『テストプレイを手伝ってくれた中島くんへ、愛を込めて。
テストプレイをしてくれた友人を、英雄として迎える。』
「……転生者ではなかったか。しかしよく付き合ったな」
感心した。
二十五年前の友人も、まさか、自分が異世界の英雄として登場するとは、思っていなかっただろう。いや、本人は、テストプレイをした時点で、知っていたのかもしれない。
それにしても、愛が重い。
英雄ナカシマは、梅太郎に向き直った。
「なに? おじいさんとおばあさんの喧嘩を止める? そして、もうすでに、おばあさんは地獄?」
「そうなんだ」
「そうか……」
ナカシマは、少し考え込んだ。
「この街には、レフト兄弟というタイムマシンを作っている奴らがいるらしい。そいつらに会うといいかもしれないな」
「タイムマシン?」
梅太郎が、聞き返した。
窓の外で、俺も、その言葉に、思わず顔を上げた。
「よし、私も行こう」
これで、新たな仲間が加わった。
……と思った、その瞬間。
「プルルルル……」
どこからか、電話の音が鳴った。
兵士が、懐から、電話を取り出した。
「ん? ワシだっぺ。スケさんからだ」
カチャッ。
「なに? それは大変だ! すぐに行く!」
兵士は、電話を切ると、梅太郎たちに向き直った。
「すまないべ、梅太郎。すぐに戻らないといけないズラー。さらばだ!」
「えっ、ちょっと待っ――」
梅太郎が、手を伸ばした。
兵士は、その場で、一歩ずつ回転を始めた。
ゆっくり。
ゆっくり。
回転しながら、空の彼方へと、消えていった。
「…………」
「頼んだぞ…兵士…」
窓の外で、スライム大統領が少し寂しそうにつぶやいて、空を見上げた。
「うん。情報量が多すぎて、ツッコミが追いつけない」
そして、俺は、乾いた笑いを漏らした。
「はは……」
英雄ナカシマが仲間になり、兵士が離脱した。
未来人の頭は見つかり、タイムマシンの情報も手に入った。
犬は殴られ、アンソニーの真相はよく分からず、馬は柵を無視し、厳格な老人は、あーいおじさんとコンボを決め、英雄ナカシマが登場。
これだけのイベントが、たった一つの街に、詰め込まれている。
「……そりゃ、イベントの街だわ」
納得した。
店の外へ出てきた梅太郎が、北の方角を指さした。
「北には、洞窟があるらしい。レフト兄弟っていう人物がいるのも、そこだってさ」
「まずは、そこに行くしかないか」
シャフトが、うなずいた。
梅太郎、シャフト、スライム大統領、そして、ナカシマ。
四人は、街を出て、北へ向かった。
街の出口をくぐった瞬間、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。
その音に合わせて、背中が、端から順に、黒く塗りつぶされていく。
俺も、編集画面を開いた。
移動先は、北の洞窟。対象は【自分】。
タッタッタッ。
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