地獄の町に着くと、先ほどの民家の窓のそばに、俺は立っていた。
窓の隙間から、中の様子が見える。
おばあさんの回想は、ちょうど終わったところらしい。梅太郎たちが、囲炉裏のそばで固まっていた。
「……その後、そんなことが……」
梅太郎は、言葉を失っていた。
目の前にいるのは、かつてのおばあさん。しかし、その表情は、怒りに満ちていた。
「……なぜじゃ」
おばあさんが、低い声でつぶやいた。
「なぜじゃ……」
そして、突然、叫んだ。
「なぜワシを止めてくれなかったぁぁぁ!!!」
おばあさんの体が、光に包まれる。
再び、あの神々しい姿へと変身した。
【シャイニング婆】
だが、それだけでは、終わらなかった。
全身から暗黒の妖気が立ち上り、みるみるうちに姿が変わっていく。
「……シャイニング婆・悪(あく)。これがワシのさらなる進化だ……」
「……」
窓の外で、画面を見つめた。
もう、某バトル漫画の敵キャラもびっくりするくらい、変身している。しかも、変身するたびに強くなる。おじいさんとおばあさんの喧嘩だったはずなのに、いつの間にか、戦闘力のインフレが起きていた。
「いくつ変身するんだ、この人」
家の中で、梅太郎が、ぼそりとつぶやいた。
シャイニング婆・悪は、ゆっくりと空中へ飛び立った。
そして、梅太郎、シャフト、兵士、スライム大統領へと襲いかかる。
「……ん?」
そこで、違和感に気づいた。
ちょっと待った。
梅太郎のグラフィックが、赤ちゃんのままだ。
「おいおい、まだ戻ってないのかよ」
編集画面を開いた。
案の定、主人公の設定が、赤ちゃんのままになっていた。
どうやら、さっきの回想イベントで主人公が切り替わってしまい、そのままになっていたようだ。
「……なるほどな」
試しに、赤ちゃんのステータスを確認してみた。
【レベル:99】
【HP:9999】
【攻撃力:9999】
【防御力:9999】
……。
「こっちのほうが強そうだな」
笑ってしまった。
おそらく、制作者は、赤ちゃんが本編で戦うことなど想定していなかったのだろう。画面に出てこないキャラクターだから、適当に設定したのかもしれない。
それが今、ラスボス級の敵と戦おうとしている。
……いや、さすがに、このままではダメだ。
主人公の設定を修正し、青年の梅太郎へと戻した。
家の中で、梅太郎の姿が、ぱっと入れ替わる。
そして、戦闘が始まった。
【シャイニング婆・悪が現れた!】
シャイニング婆・悪は、強力な魔法攻撃と打撃攻撃を繰り出してきた。
梅太郎たちを、容赦なく攻撃する。
さすがに、これまでの敵とは格が違う。
……と思ったのだが。
スライム大統領だけ、様子がおかしかった。
強力な魔法が直撃しているはずなのに、ほとんどダメージを受けていない。
「……魔法防御力、高すぎないか?」
ステータスを確認したくなった。
スライム大統領は、どうやら、魔法に異様に強いらしい。ちょっとやりすぎな気もするが、キャラクターごとに得意不得意があるのは、当たり前か。
梅太郎が刀で攻撃し、シャフトが続く。兵士も、持ち前の怪力で殴りかかる。スライム大統領は、魔法を受け止めながら、攻撃の機会をうかがっていた。
激しい戦闘の末、ついに、決着がついた。
「ウギャァァァァ……!」
おばあさんの雄叫びが、響き渡る。
暗黒の妖気が消え、シャイニング婆・悪は、元の姿へと戻った。
「……悪かったな、梅太郎」
おばあさんは、静かに口を開いた。
「下界への出口は、北の門を越えたところじゃ。……そろそろ、迎えに来たようだ」
そう言うと、おばあさんの体が、光に包まれた。
そして、そのまま、消えていった。
「……」
窓の外で、消えていく姿を見つめていた。
死んでから消えるとは、いったい、どこへ行くのだろう。
ふと、有名な夢の国の映画で聞いたような言葉を、思い出した。
忘れられたときに訪れる、二度目の、本当の死。
……そんな話だった気がする。
この世界にも、そういう仕組みがあるのだろうか。
いや、そこまで深く考えても、仕方がないか。
梅太郎たちは、おばあさんの言葉に従って、北の門へ向かった。
俺も、少し離れて、その後を追った。
やがて、門の前にたどり着く。
そこには、魔物の門番が立っていた。
「何だ、貴様は? 持ち場に戻れ」
梅太郎たちは、足を止めた。
「……ん?」
もう一度、門番に話しかける。
「何だ、貴様は? 持ち場に戻れ」
「……あれ?」
進めない。
俺は、編集画面を開いた。
どうやら、まだ、通過条件を満たしていないらしい。
イベントの設定を、確認する。
【通過条件】
未来人右足
未来人左足
未来人右腕
未来人左腕
未来人胴体
「…………」
画面を、見つめた。
「……某カードゲーム漫画の、パーツを全部集めたら勝利するやつかよ」
そういえば、未来人の姿が、見当たらない。
あのとき爆散したせいで、体のパーツが、バラバラになったのだろう。
……何で、そんな条件にしたんだ。
その間にも、梅太郎たちは、門番に話しかけ続けていた。
「何だ、貴様は? 持ち場に戻れ」
「何だ、貴様は? 持ち場に戻れ」
「何だ、貴様は? 持ち場に戻れ」
「……もういいだろ!」
梅太郎が、頭を抱えた。
俺も、思わず声を上げそうになった。
さて、どうしたものか。
このままでは、いつまでたっても、先に進めない。
仕方がない。
俺は、物陰から出て、梅太郎たちに声をかけた。
「あの……梅太郎さん」
梅太郎たちが、振り返った。
「何だ、お前も死んでたのか?」
シャフトが、言った。
「そ、そうなんだ。敵5の大軍にやられてしまって……」
我ながら、適当な言い訳だった。
そもそも、敵5というのが何なのか、俺自身も、よく分かっていない。
それよりも、今は、門を突破することが先だ。
「この門を越えるには、未来人のパーツを集めないといけないみたいです」
「そうなんだべか? そんなものは、この町にはなかったズラー」
兵士が、答えた。
……相変わらず、気になる訛りだ。
「……町には、ないんでしょうね」
何となく、察しがついていた。
ここへ来るまでの道のり。あの、やたらと長い通路。そして、ずらりと並んだ宝箱。
梅太郎たちは、ほとんど宝箱を無視して進んできた。
おそらく、その中に、未来人のパーツが入っていたのだろう。
「もしかして、さっきの道の途中にあったのではないか?」
スライム大統領が、口を開いた。
「吾輩たちは、スムーズに進みすぎたのでは……」
「……さすが、スライム大統領。なかなかの推理力だ」
感心した。
そう。このゲーム、普通に進めているだけでは、必要なアイテムを取り逃がすことがある。
……いや、普通は、宝箱を開けるんだけどな。
「えー、あそこ戻るの!?」
梅太郎が、嫌そうな声を上げた。
気持ちは分かる。あの長い道を、また戻るのだ。俺だって、できれば遠慮したい。
(……えーい、仕方ない)
編集画面を確認して、少し考えた。
実は、地獄の中央にある階段から、南の階段へ向かう途中、何枚かの壁を通り抜けられることに、気づいていた。壁のグラフィックはあるのに、通行判定が設定されていないのだ。
つまり、そこを通れば、近道ができる。
「あの、実は……」
俺は、梅太郎たちに、ヒントを出した。
「地獄の真ん中の階段から、南の階段までの間に、通り抜けられる壁が何枚かあります。そこを通れば、早く戻れるはずです」
「……何だと?」
シャフトが、俺を見た。
「何で、そんなことまで知っている?」
「……」
しまった。
ちょっと、詳しく言いすぎたか。
返答に困っていると、兵士が、声を上げた。
「まあいいっぺ! 探しにいくズラー!」
助かった。
こうして、梅太郎たちは、来た道を引き返し、壁抜けを駆使しながら、未来人のパーツを集めていった。
俺も、梅太郎たちの後ろを、黙ってついていった。
そして、再び、門番の前へ戻ってきた。
「よし、これで全部そろったはずだ」
梅太郎が言って、門番に話しかける。
「何だ、貴様ら? ……貴様ら、捕まっていたはずでは?」
「……さっき気づけよ」
梅太郎が、小さくつぶやいた。
「捕らえてやる! 覚悟せよ!!」
【デー門が現れた!】
「……デー門?」
名前からして、何かを言いたいのは、分かる。
だが、考えるのは、やめた。
戦闘が始まった。
……特に見せ場もなく、梅太郎たちは、あっさりとデー門を倒した。
【デー門を倒した!】
そして、門が開いた。
その先には、明らかに、現世へ戻れそうなゲートがあった。
「……やっと、帰れるのか」
梅太郎たちは、一直線に、ゲートへ向かった。
しかし。
突然、竜騎士のような姿をしたボスが、現れた。
「ここを通すわけにはいかない」
「……また、戦闘か」
梅太郎が、肩を落とした。
そもそも、ここにいるのは、鬼ヶ島にいたエンマ大王のほうが、合っているんじゃないか。
なぜ、竜騎士なのか。なぜ、ここで戦うのか。
疑問しか、残らない。
【バサラが現れた!】
……名前は、バサラらしい。
そして、戦闘が始まった。
こちらも、特に見せ場はなかった。
梅太郎たちは、バサラを倒し、そのままゲートへ飛び込んだ。
光が、画面いっぱいに広がる。
次の瞬間、梅太郎たちの姿は、消えていた。
【場所移動:イベントの街マドリード】
俺は、編集画面を開いた。
移動先は、イベントの街:マドリード?なぜスペイン?まぁいいか?
対象は【自分】。
保存を押す。
タッタッタッ。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。