視界が開けると、畳の匂いがした。
古びた日本家屋の、がらんとした居間だった。縁側の向こうには小さな庭があり、梅の木が一本、枝を広げている。人の気配は、まだない。
【現在地:おじいさんとおばあさんの家】
「……ここが、一番目のマップか」
誰もいない居間で、編集画面を開こうとした、そのときだった。
バゴーン!
ピューン!
バゴーン!!
「これで邪魔者はいなくなった……いざ!!」
屋根が、内側から吹き飛んだ。
異様に膨れ上がった二つの巨大な影が、畳の上に立っている。その足元から、小さな影が、四つ、きれいに一列に並んで、空の彼方へ飛んでいった。
画面が、暗転した。
……。
「一方その頃、梅太郎は……」
「……ん?」
思わず、画面を見つめた。
何だ。いきなり、すごいオープニングだな。
演出そのものは、いい。効果音も派手だし、何か大きな展開が始まりそうな雰囲気もある。
だが。
次に進まない。
「……何だ、これ」
困惑しながら、編集画面を開いた。直前のイベントを確認する。
イベントの冒頭には、こんな文章が設定されていた。
『昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。』
「これ、初期化イベントじゃないか」
ゲームを始めた瞬間に流れる、あのイベントだ。
なぜ、こんなところで発動しているんだ。
さっきのシーンの設定を、確認する。
【スイッチ:オン】
【出演:パーティー全員】
「……パーティー全員?」
本来は、赤ん坊の梅太郎だけが出るはずのイベントだった。ところが、俺が物語の途中から入ったせいで、パーティーが、そのまま表示されているらしい。
さっき飛んでいった四つの影は、梅太郎、シャフト、兵士、スライム大統領だったのだ。
別のイベントで使うはずのスイッチが、オンになっているせいで、初期化イベントが発動しなかったらしい。もしかすると、別の場所でも、同じスイッチを使い回しているのだろう。そのせいで、挙動がおかしくなっているのかもしれない。
「……先に、こっちを直すべきだったか」
居間の隅に身を寄せたまま、対象のスイッチをオフにして、改めて、テストプレイを開始した。
画面が、切り替わる。
『昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。』
……よし。
『今年も梅のなる年になりました。』
『ちょっくら梅を取ってくる。』
おじいさんは、庭に出て、梅の木の前までやってきた。
バシッ。
梅を採ったおじいさんは、家に持ち帰り、おばあさんの前に置いた。
『今年も豊作ですねぇ。』
おばあさんは、大喜び。
……うん。
ここまでは、昔話らしい展開だ。
ところが。
突然、BGMが止まった。
シュッ。
フッ。
ポッ。
「……何の音だ」
次の瞬間。
「キャハハハキャハハハキャハハハ!」
「ひひぃー!」
おばあさんが、たじろいだ。
『な、何者だ!?』
おじいさんが、声を上げる。
『う、梅太郎じゃないかい』
『何だ、知ってるのか? ばあさん?』
『あれは、いつだったかのぅ……』
『昔話はどうでもいいわ!』
『どうでもよくない!』
『やるのか、ばあさん?』
『望むところじゃ!』
「……何で戦うんだ」
俺のツッコミをよそに、画面は、戦闘へと切り替わった。
おじいさんとおばあさんが、激しくぶつかり合う。
BGMもラストシーンみたいな状 状態。
はぁ、はぁ、はぁ……。
『なかなかやりよるのぅ、ばあさん』
『お主こそ……』
息を切らしながら、二人は向かい合っていた。
そして、おじいさんが叫んだ。
『わしはまだ変身できるのじゃぁ!』
『お主だけ変身できると思うなよ!!』
しゅびびびびーん!!
画面が、光に包まれた。
おじいさんの体が膨れ上がり、強靭な魔物のような肉体へと変化していく。
その名も――。
【アルティメット爺】
一方、おばあさんも、神々しい光を放ち始めた。女神のような姿へと変身する。
【シャイニング婆】
「……名前、すごいな」
感心した。
いや、感心している場合ではない。
おじいさんとおばあさんの喧嘩は、いつの間にか、世界の命運をかけた戦いのようになっていた。
『さぁ、決着をつけようか……』
そのときだった。
「ヒャハハハハ! ヒャハハハ!」
【梅太郎の赤ちゃんが泣き始めた!】
……。
……泣いてるの?
おじいさんとおばあさんが、同時に叫んだ。
『『うるせぇぇぇ!!』』
バゴーン!
ピューン!
バゴーン!!
『これで邪魔者はいなくなった……いざ!!』
「……あ」
聞き覚えのある音と台詞だった。
さっき最初に見た、あの場面だ。あれは、このイベントの最後の部分だったのだ。変身した二人に、赤ん坊の梅太郎が吹っ飛ばされる、あの瞬間。
暗転。
「…………」
しばらく、黙っていた。
何だ、今の。
何がどうなったら、おじいさんとおばあさんは、赤ちゃんの泣き声に対して、あんなにも容赦がないんだ。
……いや、待て。
画面が、再び切り替わった。
『一方その頃、梅太郎は……』
ピューン!
赤ちゃんの梅太郎が、海の上を飛んでいた。
その後ろを、シャフトが、兵士が、スライム大統領が、きれいに一列になって、同じ速さで飛んでいく。
「……お前らは、飛ばなくていいだろ」
もう、驚く気力もなかった。
暗転。
そして。
ピューン!
ガランゴロン!
バゴーン!
「はっはっはー!」
「……また、その笑い声か」
パンプキンの家を落としたときに聞いた、あの用意されていた効果音だ。
梅太郎と、その後ろの三人が、どこかの民家の屋根を突き破って、まとめて落下した。
そこに住んでいた優しい住民は、赤ちゃんの梅太郎だけを拾い上げた。残りの三人は、画面の端に、そっと立っている。
画面に、文字が表示される。
『そして、15年後。』
『おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めに行く!!』
梅太郎の冒険は、ここから始まった。
「…………」
ぶっ飛びすぎていて、言葉が出ない。
ただただ、画面を見つめていた。
昔話の始まり。おじいさんとおばあさんの戦闘。アルティメット爺とシャイニング婆への変身。赤ちゃんの泣き声。そして、海を飛んで民家に落下する梅太郎。
……一体、何を見せられたんだ。
だが、どうやら、大筋は分かった。
梅太郎は、赤ん坊のときに、おじいさんとおばあさんの喧嘩に巻き込まれて、飛ばされた。そして今、その喧嘩を止めるために、冒険している。
……たぶん。
なぜ梅太郎に記憶があるのかはさて置いて。
すると、再び、画面が切り替わった。
【おじいさんとおばあさんの家(回想)】
「……まだ続くのか」
どうやら、おばあさんの回想に入ったようだ。
画面には、先ほどの戦闘シーンが、映し出されていた。
『……ハァハァハァ』
おじいさんが、息を切らしている。
『ワシは……ワシはもう一段階変身できるのじゃァァァァ!!!』
おじいさんの体が、さらなる進化を遂げ始めた。
「まだあるのかよ!」
アルティメット爺で終わりではなかったらしい。
画面が、光に包まれ――。
暗転した。
「……あれ?」
イベントの続きを、確認した。
どうやら、この後、おばあさんは敗北し、地獄へ送られてしまうらしい。
「何で、地獄なんだ……?」
思わず、首をかしげた。
天国じゃないのか。
おばあさん、何か悪いことをしたのだろうか。
……いや、あの喧嘩の規模を考えれば、地獄行きでも不思議ではないのかもしれない。
いや、やっぱり、よく分からない。
イベントの最後に残されていたメモを、開いた。
【メモ更新日:25年前】
『ずっと製作中笑ってた』
「……素直でよろしい」
思わず、笑った。
そりゃあ、笑うだろう。自分で作って、自分で見て、ずっと笑っていたのだ。
これまでのイベントの中でも、かなりの作り込みだった。全滅イベントにも、引けを取らない。
むしろ、あちらが演出に力を入れたイベントなら、こちらは、勢いと発想に全振りしたイベントだ。
そして、どちらも、二十五年前の制作者が、本気で楽しみながら作ったものなのだろう。
「……よし。本編に戻るか」
編集画面を開き、移動先に、地獄の町を指定した。対象は【自分】。
【現在地:地獄の町】
保存を押す。
タッタッタッ。
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