第十八話 三途の川と、地獄の再会
視界が開けると、足元に、冷たく湿った砂利の感触があった。
【現在地:地獄】
編集画面に浮かぶ文字を、じっと見つめた。
「……地獄って、どこまで作り込んであるんだ?」
目の前には、大きな川が広がっていた。
水面は、墨を流したように暗い。手前の岸には、手のないゾンビのようなキャラクターが立っている。その横には、半透明になった人影が二人、順番を待つように並んでいた。
そして、川の向こう側。
金髪の剣士が、ちょうど川を渡り切ったところだった。
「……ん? なんか、見たことあるな」
首をかしげた。
あの金髪の剣士。どこかで見た気がする。
思い出す前に、俺は川岸の大きな岩の陰に身をひそめた。梅太郎たちが来る前に、状況を確かめておきたい。
手前のゾンビが、口を開いた。
「次、パンプキンさん」
「はい……」
……パンプキン?
半透明の人影の一人が、ゆっくりと川へ進んでいく。そのまま、川に沿って、北へ移動していった。
「次、ゴンザレスさん」
「はい……」
もう一人も、川の向こうへ渡っていく。
パンプキンに、ゴンザレス。どうやら、ここは、死者が順番に渡っていく場所らしい。
しばらくすると、岸辺に、一つの影がふっと現れた。
梅太郎。
少し透けている。
梅太郎は、きょろきょろとあたりを見回して、川を見た瞬間、ハッとした。
「ここは、やはり……三途の川?」
「やはり、あそこで……」
さっきの全滅を、思い出したらしい。
現実を受け入れられないようだ。
いや、現実というか、ゲームの展開なんだけどな。
ゾンビが、次の名前を呼んだ。
「梅太郎さん」
タッタッタッ。
梅太郎の姿が、端から順に黒く塗りつぶされて、消えた。
「……あれ? 俺の名前は、呼ばれなかったな」
岩陰で、胸に手を当てた。
勇者の俺は、まだ死んではいないらしい。少しだけ、ほっとした。
俺は、編集画面を開いた。
移動先に、梅太郎の連れていかれた先を指定する。対象は【自分】。
タッタッタッ。
視界が開けると、薄暗い石造りの通路に、俺は立っていた。
壁際の太い柱の陰に隠れながら、通路の奥をのぞく。
その先に、牢屋があった。
鉄格子。石造りの壁。外へ出るための扉は、当然のように閉じられている。
牢屋の中に、梅太郎が立っていた。
「……今度は、牢屋か」
梅太郎が、ぼそりとつぶやいた。
地獄に来たと思ったら、いきなり投獄。展開が、忙しい。
梅太郎は、鉄格子をつかんで、外を見渡している。しかし、脱出できそうな仕掛けは、見当たらないようだった。
そのときだった。
「おい、梅太郎!」
聞き覚えのある声が、響いた。
「シャフト!」
通路の向こうから、シャフトが駆けてきた。後ろには、未来人、スライム大統領、そして兵士が続いている。
全員、無事だったらしい。
いや、そもそも全滅したはずなのに、どうして普通に動いているのだろう。
…死後の世界だからか。
「この牢屋、意外と脆いっぺ」
兵士が、鉄格子を両手でつかんだ。
ギギギギ……。
バキッ!
鉄格子が、無理やりこじ開けられた。
「……怪力かよ」
梅太郎が、あきれたようにつぶやいた。
柱の陰で、俺も、同じことを思った。
さっきの戦闘でも大活躍していたが、こんな力まであったのか。ただし、本人は、何事もなかったかのように立っている。
しかし、ぶっ飛んでいる設定の兵士に助けられるとは俺だったら恥ずかしい。小真は顔を赤らめた。
「吾輩たちは、どうやら、あのジジイにやられて、地獄に来てしまったようだ」
スライム大統領が、妙に落ち着いた口調で言った。
「何で、そんなに冷静なんだ」
梅太郎が、真顔で突っ込んだ。
「さあ、出口を探すぞ!」
シャフトが、そう言い放って、さっさと歩き出した。
梅太郎たちが、牢屋の先へ進むと、その先に、見覚えのある三人が現れた。
……いや、正確には、三人だったもの、というべきか。
全員、アンデッドの姿になっていた。
最初に声を上げたのは、オレンジ色の帽子をかぶった男だった。
「よくも、家ごと落としてくれたな!」
パンプキン。
続いて、立派な服を着た男が、前へ出る。
「よくも、背後から矢を放ってくれたな!」
ゴンザレス。
最後に、金髪の剣士が、恨めしそうに叫んだ。
「よくも、素通りしてくれたな!」
アンソニー。
「……アンソニーだけ、とばっちりじゃないか?」
柱の陰で、首をかしげた。
パンプキンの家は、シャフトが落とした。ゴンザレスは、吹き矢を撃たれた。しかし、アンソニーは……。
ああ、あの橋の向こうで、勝手に海へ飛び込んだ人か。
確かに、あれは、梅太郎たちが直接やったことではない。
……いや、そもそも、あのイベントは何だったんだ。
そう考えているうちに、画面に文字が浮かんだ。
【戦闘開始!】
こうして、梅太郎たちと、アンデッド三人組の戦闘が始まった。
とはいえ、特に見せ場はなかった。
梅太郎たちは、これまでの冒険で、十分に強くなっている。パンプキンも、ゴンザレスも、アンソニーも、あっさりと倒された。
【勝利!】
……うん。
特に、言うことはない。
倒された三人は、なぜか、素直に謝り始めた。
「お金とって、ごめんなさい」
パンプキンが、頭を下げる。
「勝手に敷地に入って、ごめんなさい」
ゴンザレスも、続いた。
そして、アンソニーが、口を開いた。
「それでも、海に落ちるの止めろよ」
「……お前、まだそれ根に持ってるのか」
梅太郎が、あきれた顔で言った。
いや、気持ちは分からなくもない。分からなくもないが、そもそもあれは何だったんだ。
結局、三人は、牢屋に入れ直されることになった。
梅太郎たちは、改めて、地獄の出口を探し始めた。
「…………」
柱の陰で、俺は、編集画面を開くことも忘れていた。
気づけば、普通に、画面に見入っていたのだ。
地獄に来て、牢屋に入れられて、仲間が助けに来て、過去に出会った人物と再会して、戦って、謝罪される。
……何だ、これ。
最初は、未完成のイベントを修正するために、見ていただけだった。
それが今では、次に何が起きるのか、気になって仕方がない。
ふっと、笑った。
「……いくか」
今回は、先回りをしなかった。
柱の陰から出て、梅太郎たちの後を、少し離れて追う。
長い、長い道だった。
岩の裂け目。血のように赤い池。崩れかけた石橋。どこまで歩いても、景色は、あまり変わらない。途中で敵に出くわしても、四人は、淡々と蹴散らしていく。
ようやく、長い地獄の道を通過すると、その先に、街があった。
「……地獄に、街?」
思わず、足が止まった。
民家が並び、道には、人影もちらほらと見える。ここまで来て、いきなり、普通の街だ。
地獄に街なんて、あるのか。
……いや、誰も行ったことがないんだから、分からないか。こうかもしれないな。
まずは前提を疑ってみろ、と、仕事でよく言われたものだ。
地獄だから、荒れ果てていなければならない。そんな決まりは、どこにもない。
街を見回すと、意外にも、武器屋や道具屋まで揃っていた。
「結構、ちゃんとしてるな」
街の奥のほうには、大きな門が、ぽつんと立っている。
「奥のほうに、なんか門があるな」
梅太郎も、同じものに気づいたらしい。
だが、四人は、門には向かわず、手前の民家の扉を叩いた。
俺は、民家の裏手に回って、窓のそばの壁に背中をつけた。窓の隙間から、中がのぞける。
部屋の中には、一人の老婆が座っていた。
梅太郎たちは、そこで、おばあさんと出会った。
……は?
窓の外で、思わず声が出そうになった。
おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めに行くんじゃなかったのか。
そのおばあさんが、なぜ、地獄にいるんだ。
そもそも、梅太郎は、なぜ、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めようとしているのか。何があったんだ。
おばあさんが、ゆっくりと口を開いた。
「おー、梅太郎じゃないか。こんなに成長して……あの後な、……」
そこまで言ったところで、画面が、暗くなった。
どうやら、回想シーンに入るようだ。
俺は、編集画面を開いた。
手元が暗くマップの一覧の、いちばん上に、カーソルを合わせてしまった。
【おじいさんとおばあさんの家】
「……おじいさんとおばあさんの家?」
このマップは、まだ行っていない。
いや、というより、もしかして……。
確認すると、やはりそうだった。
俺が最初に飛ばされたのは、三番目のマップの、はじまりの町だ。物語の途中から、入っているんじゃないか。
「そうか。オープニングを、見ていないのか」
おじいさんとおばあさんの家が、一番目。そこから始まる流れを、俺は、すっ飛ばして来たのだ。
「……回想の前に、ここを、見に行こうかな」
移動先に、おじいさんとおばあさんの家を指定する。対象は【自分】。
保存を押す。
タッタッタッ。
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