橋の架かった洞窟の手前に、先回りした。
目の前には、大きな穴が広がっていた。底は見えない。落ちたら、ひとたまりもないだろう。その穴には、向こう岸まで橋が架かっている。
俺は、橋のたもとの岩陰に身をひそめた。
ほどなくして、梅太郎たちが、橋の前で足を止めた。
「ツギハドコニイクンダ?」
未来人が、いつもの調子で尋ねた。
「それは、俺が聞きたい」
梅太郎が、即座に返した。
岩陰で、俺もうなずいた。
未来から来たらしい、宇宙服姿の男。仲間にはなったものの、今のところ、活躍の場はほぼない。
何なんだ、こいつは。
俺が設定をいじって、活躍させることもできるのだろうが、容量は限界だ。余計なことは、しないでおこう。
梅太郎たちは、橋を渡り始めた。
まるで某RPGのように、きれいに一列に並んで、進んでいく。先頭に梅太郎。その後ろに、シャフト、未来人、スライム大統領。
……まあ、RPGですから。
全員、落ちることなく、無事に渡り切った。
そして、その先にある洞窟へ入っていった。
俺は、編集画面を開いた。移動先は、洞窟の中。対象は【自分】。
タッタッタッ。
洞窟の中は、四方を壁に囲まれた空間だった。
奥には、出口らしきものが一つだけある。宝箱もなければ、分かれ道もない。妙に広いだけの部屋だ。
壁際の、大きな岩のくぼみに身を隠していると、梅太郎たちが入ってきた。
四人が、奥へ進もうとした、そのとき。
――BGMが、消えた。
「……ん? 何だ?」
スライム大統領が、周囲を見渡す。
すると。
シュンッ。
シュンッ。
シュンッ。
一瞬にして、敵らしき兵士たちが現れた。
四方の壁際に、梅太郎たちを取り囲むように、次々と配置されていく。
「くっ、急に囲まれたぞ!」
シャフトが、焦った声を上げた。
その直後。
甲高い笑い声が、響き渡った。
「ナーハッハッハッハ!」
「ナーハッハッハッハ!」
同時に、絶体絶命を思わせるBGMが流れ始めた。
そして、奥から、一人の男が姿を現した。
黒いマント。長い白髪。全身から漂う、邪悪な気配。
いかにも悪そうな、ジジイだった。
「何だ、貴様は!」
梅太郎が、言い放った。
「ナーハッハッハッハ! ナーハッハッハッハ! 覚悟しろ、梅太郎ども! ここで排除してやるわ!」
「……こいつ、多分ラスボスっぽいな」
岩陰で、一瞬で悟った。
この登場の仕方。この笑い声。このBGM。どう考えても、ただの雑魚ではない。
「構え!!」
ジジイが、号令をかけた。
カチャッ。
敵兵士たちが、一斉に銃を構える。
「撃て!!!」
その瞬間。
――BGMが、切り替わった。
緊迫感のある曲から、妙に気の抜ける曲へ。
「……何でだよ」
俺がツッコむより先に、画面の西側の上空から、何かが現れた。
ゆっくりと。一歩ずつ。そして、回転しながら。
「待たせたべ! 梅太郎!」
「兵士!?」
梅太郎が、叫んだ。
そう、兵士だった。
どうやって来たんだ。いや、そもそも、洞窟の玉座に座って、統治していたはずでは?
疑問が浮かぶ間もなく、兵士が叫んだ。
「回転ケック(キック)!!!」
バシンッ!!
ドゴゴゴゴゴ……。
ドカン!!
敵兵士の一人が、東へ、凄まじい勢いで吹っ飛んだ。もう一人の兵士を巻き込み、そのまま壁を突き破って、消えていく。
「……兵士、めちゃくちゃ強いじゃないか」
ん、よく見ると敵の兵士が壁を突き破ったところ、穴じゃなくて、黒いキャラクターグラフィックだ。
小真は気づいた。きっと、穴を表現したかったのだろうと。しかし、ケックとは、何語なんだ?これは、流石にツッコミたくなってしまった。
兵士は、その勢いのまま、次々と敵を倒していく。
ヒュッ!
バシンッ!
ヒュッ!
バシンッ!
ヒュッ!
バシンッ!
すごい。このままいけば、敵兵士を全員倒してしまいそうだ。
しかし、ふと思った。
こいつの名前は、ずっと「兵士」なのだ。これだけ活躍しているのに、名前を呼ぶたびに「兵士」では、何とも締まらない。
そういえば、メモには、マーフィーという名前があった。
……マーフィーと呼んでもいいのだろうか。
いや。
ここまで一緒に冒険してきた「兵士」に、今さら別の名前をつけるのも、違う気がする。
俺は、呼び方を変えないことにした。
そんなことを考えているうちに、兵士は、数人の敵を撃破していた。
そして。
バシッ!
「はへ?」
兵士が、あっさり倒れた。
「……え?」
岩陰で、画面を見つめた。
いや、待て。
さっきまでの勢いは、何だったんだ。登場時の演出からして、もう少し粘ると思うだろう。
しかし、兵士は、それ以上動かなかった。
再び、ジジイの高笑いが響く。
「ナーハッハッハッハ! ナーハッハッハッハ! 撃て!!!」
パンパンパン!
パンパンパン!
白い煙のエフェクトが、画面を覆った。
そして、未来人が叫ぶ。
「Ты не думаешь, что у меня мало времени?」
「未来じぃーーーーん!!!」
バコン!!
未来人の宇宙服のような装備が、爆散した。
「今、何て言ったんだ!」
梅太郎が、思わず叫んだ。
ロシア語……だよな。小真は気になった。
意味が、分からない。こんなときに、検索サイトがあれば。……編集画面に、検索機能なんてないか。
パンパンパン!
パンパンパン!
再び、白い煙のエフェクト。
「天下の統一を見ることなく
この日を迎えることになるとは……」
「スライム大統しょおおおお!!!」
バコン!!
スライム大統領が、飛び散るように爆散した。
「何で、そのセリフなんだよ!」
思わず、小真は声を上げそうになった。
どこかで聞き覚えがある。確か、レトロゲームの本で読んだことがあるような……。
武将がたくさん登場するゲームで、寿命を迎えた大名が、こんな感じの台詞を言っていた気がする。制作者、当時、そのゲームにハマっていたのだろうか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
梅太郎たちが、次々と倒されている。
パンパンパン!
パンパンパン!
白い煙が、画面を覆う。
「梅太郎ぉぉぉぉぉ!!!」
シャフトが、叫んだ。
そして、シャフトの姿が、消えた。
最後に残った梅太郎も、画面から、姿を消していく。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
画面が、ブラックアウトした。
……。
……全滅。
まさかの、全滅である。
少し、驚いた。
いや、驚いたのは、全滅そのものではない。ここまでの演出だ。敵の登場。兵士の奇襲。仲間たちの最期。そして、ゆっくりと消えていく画面。
これまで見てきた中で、間違いなく、一番気合いの入ったイベントだった。
「……なかなか、いい演出じゃないか」
編集画面を開いた。
これほど作り込まれたイベントだ。何かメモが残っているかもしれない。
イベント設定の奥に、古いメモがあった。
【メモ更新日:25年前】
『ここは一番容量を使ったシーン。
スイッチやエフェクトをすべて使って、やれることだけのことはやった。
途中、うまく動かないときがあり、全然進まなかった。
でも、できたときの感動と、くだらなさへの笑いが最高だった。』
「……そうか」
画面を、見つめた。
制作者も、成長していっているんだな。
最初の頃のメモには、授業中に思いついたことや、好きなゲームの演出を再現したいという気持ちが書かれていた。思いついたものを、そのまま形にする。それだけだった。
でも、今のイベントは違う。
スイッチを組み合わせ、エフェクトを使い、容量の限界まで工夫している。うまく動かなくても、何度も試して、完成させたのだろう。
……二十五年前に。
小さく、笑った。
そして、少しだけ、寂しくなった。
最近は、直すべきところが、どんどん減っている。
以前なら、イベントの不具合を見つけるたびに、俺の出番だと思っていた。しかし、今は違う。ちゃんと動くイベントが増えた。設定を直す必要も、なくなってきた。俺は、ただ、梅太郎たちの冒険を眺めていることが多くなった。
それは、喜ばしいことのはずだ。
なのに、寂しい気持ちもある。
……何なんだろうな、この感情は。
さて。
全滅した梅太郎たちは、どこへ行ったのだろう。
画面が切り替わるのを、待った。
そして、表示された場所を見て、首をかしげた。
【現在地:地獄】
「……地獄?」
天国には、行けなかったのか。
編集画面を開き直して、移動先の欄に、その名前を入れた。対象は【自分】。
タッタッタッ。
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