洞窟の最奥。
先回りした先には、赤い絨毯が敷かれ、西洋風の壁に囲まれた部屋が広がっていた。
中央奥には、一段高くなった場所に玉座がある。
そして、その玉座の前には、顔が青く、西洋風の服を着たキャラクターが立っていた。左右には、アメーバのような青いスライムが、一体ずつ。
……なんだ、この組み合わせ。
俺は、入口近くの太い石柱の陰に身をひそめた。
ほどなくして、梅太郎たちが、奥の扉から入ってきた。
玉座に座っていた青い顔の人物が、ゆっくりと口を開いた。
「……吾輩の名前は、スライム大統領」
スライム大統領。
……大統領?
「貴様ら何者だ? あの貴族の手先か? であれば、生かしておけん。覚悟せよ」
そして、左右のスライムを指さした。
「行くぞ、スケさん、カクさん!」
「……ん?」
柱の陰で、首をかしげた。
水戸黄門か?
いや、待て。
自分で呼んでおいて、なぜ自信がなさそうなんだ。
それに、スライムなのに大統領。左右のスライムは、スケさんとカクさん。
……これ、絶対に、青い顔のキャラクターから名前をつけただろ。
俺がいろいろ考えている間に、戦闘が始まった。
【ボス戦開始!】
スライム大統領が、魔法を連発する。左右のスライムも攻撃に加わり、四人のHPが、削られていく。
しかも、こちらの魔法攻撃が通らない。
「うわ、なかなか強いな……」
梅太郎が、歯を食いしばった。
ただのスライム退治だと思っていたら、まさかのボス戦。しかも、魔法が効かないとなると、攻撃手段も限られてくる。
四人は、苦戦しながらも、なんとか攻撃を続けた。回復を挟み、ギリギリのところで持ちこたえる。
そして――。
【スライム大統領を倒した!】
なんとか、勝利した。
……ふう。
スライムという名前からは、想像できない強さだった。
柱の陰で息をついていると、シャフトが、一歩前に出た。
「さあ、このゴンザレスの土地から出ていけ!」
……ん?
何を言っているんだ。
「……なに? 何を言っている」
スライム大統領が、困惑した様子で聞き返した。
「……ん? 何のことだ?」
梅太郎も、首をかしげている。
いや、俺も分からない。
戦闘に勝ったら、普通は「やった!」とか「これで依頼完了だ!」とか、そういう流れになるんじゃないのか。
なぜ、いきなり土地を追い出そうとしている?
すると、スライム大統領が、事情を説明し始めた。
「そもそも、この土地は、吾輩たちがずっと統治してきた場所である。最近、ゴンザレスという男が、無理やり吾輩の敷地内に洋館を建て始めたのだ」
「…………」
話が違う。
完全に、話が食い違っている。
ゴンザレスは、自分の土地にスライムが住み着いて困っている、と言っていた。だが、スライム大統領の話では、もともとここは、スライムたちの土地だったらしい。
つまり……。
どちらかが、嘘をついている。
「……どっちを信じるんだ?」
編集画面を開きかけて、手を止めた。
イベントの設定を確認すれば、何か分かるかもしれない。けれど、今は、もう少しだけ、この先を見てみたい気もした。
どちらが本当のことを言っているのか。このまま進めれば、分かるのだろうか。
「くそ、あの野郎、騙しやがったな!」
シャフトが、怒りをあらわにした。
「お前、褒美が欲しかったんじゃないのか」
梅太郎が、冷静に突っ込んだ。
「依頼を受けるとき、秒で返事してただろ」
「それとこれとは、別だ」
シャフトが、きっぱりと言い切った。
……切り替えが、早すぎる。
スライム大統領は、そんなシャフトを見て、うなずいた。
「よし。吾輩も、あいつを懲らしめたいと思っていた。一緒に来てくれないか?」
梅太郎、シャフト、兵士、未来人の四人は、顔を見合わせた。
そして、全員が、うなずいた。
……決まったらしい。
スライム大統領の話を聞いただけで、ゴンザレスの屋敷へ乗り込むことになった。
さっきまで、スライム大統領を倒していたのに、今度は一緒に戦う側になる。敵と味方の切り替えが、忙しい。
そのとき、兵士が、話に割って入ってきた。
「よし、スライム大統領がこの地を離れている間、わてがこの地を統治してやるズラー」
「そうか、頼むぞ、兵士」
「…………」
そうか、頼むぞ、兵士、じゃない。
「簡単に統治権を渡しすぎだろ!」
梅太郎が、俺の代わりに、全力で突っ込んだ。
ついさっきまで敵だった相手が、土地を離れるから代わりに統治してくれと言い、兵士が、それを引き受ける。しかも、スライム大統領は、何の疑いもなく、了承している。
そして、兵士は、さっそく玉座に座った。
満足そうな顔をしている。
「…………」
柱の陰から、しばらく、その光景を眺めていた。
いや、まあ。
分からなくも、ない。
現在のパーティーは、梅太郎、シャフト、兵士、未来人の四人。そこに、スライム大統領が加わるとなれば、五人になってしまう。RPGのパーティー人数を考えれば、誰かが抜けなければならない。
……だからって、統治者にするのか。
しかも、本人は、玉座に座って満足している。
兵士、お前、冒険に出たかったんじゃなかったのか。
心の中でツッコミを入れたが、当然、誰にも届かなかった。
こうして、兵士は、この土地に残ることになった。
梅太郎、シャフト、未来人。そして、スライム大統領。
四人は、ゴンザレスの屋敷へ向かうため、洞窟を後にした。
スライム大統領が、どこまで本当のことを話しているのか。ゴンザレスは、本当に土地を奪った悪人なのか。まだ、分からないことは多い。
だが、一つだけ、確かなことがある。
……このRPG、依頼を受ける前に、もう少し事情を聞いたほうがいい。
そう思いながら、四人の背中を見送った。
出口をくぐった瞬間、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。
その音に合わせて、端から順に、黒く塗りつぶされていく。
俺も、編集画面を開いた。
移動先は、ゴンザレスの洋館。対象は【自分】。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴って、視界が開けた。
洋館の裏口の脇だった。俺は、勝手口の横の樽の陰に身を寄せて、中の様子をうかがった。
廊下の先に、広い部屋が見える。
そこでは、ゴンザレスが、歴代の肖像画を眺めていた。壁には、何人もの人物の絵が飾られている。その周りには、ピエロなど、妙に気味の悪い人形が、ずらりと並んでいた。
「……何だ、この屋敷」
思わず、つぶやいた。
趣味が悪い。
ゴンザレスの趣味なのか、二十五年前の制作者の趣味なのかは分からないが、とにかく、あまり長居したくない空間だった。
ほどなくして、裏口の扉が、静かに開いた。
梅太郎、シャフト、未来人、それにスライム大統領が、忍び足で入ってくる。
四人は、人形の裏側に身を隠して、ゴンザレスの様子をうかがい始めた。
まず、シャフトが、人形の隙間から中をのぞき込む。すると、梅太郎もスライム大統領も、負けじと前に出てきた。
「おい、押すなよ」
「押してない。お前が前に出すぎなんだ」
ガタッ。
人形が、倒れた。
「やべ」
樽の陰で、俺も、思わず声を漏らした。
ゴンザレスが、振り向く。
……。
……気づかれなかった。
「いや、気づかないのかよ」
梅太郎が、小声で突っ込んだ。
あれだけ派手な音がしたのに、ゴンザレスは、再び肖像画へ視線を戻した。
すると、シャフトが、懐から何かを取り出した。
吹き矢だった。
「……何で持ってるんだよ」
梅太郎が、あきれた顔でささやく。
シャフトは、静かに構えて、狙いを定めた。
梅太郎が、小さく合図を送る。
「……いけ!」
ピュッ!!
グサッ。
「ウッ……」
画面が、赤い光に包まれた。
派手な演出は、何もない。ただ、短いうめき声と、赤い光が走っただけだ。それだけで、何が起きたのかは、十分に伝わってきた。
「おっしゃ! よくやった!」
スライム大統領が、大喜びしている。
「……無邪気に葬るな」
梅太郎が、ぼそりとつぶやいた。
その通りだ、と俺も思った。
ついさっきまで、スライム大統領は、自分の土地を奪われた被害者だった。その土地を取り戻すために、梅太郎たちに協力を求めた。そして今、屋敷に忍び込んで、吹き矢で襲撃。
展開が、早い。
しかも、誰も、ためらっていない。
……いや、ゲームだからな。
きっと、そういうことなんだろう。
そんな妙な納得をしている間に、四人は、ゴンザレスに気づかれる前に、さっさと屋敷を後にしていた。
俺も、少し遅れて、裏口から外へ出た。
外では、スライム大統領が、満足そうに口を開いていた。
「吾輩たちは、お前たちを気に入ったぞ! 仲間になって、一緒に冒険にいこうぞ!」
【スライム大統領が仲間になった!】
「……また、仲間が増えた」
梅太郎が、頭をかいた。
兵士に、未来人に、今度は、スライム大統領。
気づけば、梅太郎の冒険は、ずいぶん大所帯になっていた。
……ところで。
こいつらは、そもそも梅太郎が何のために冒険しているのか、ちゃんと知っているのだろうか。
本来の目的は、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めることだ。魔王を倒すことでも、土地を取り戻すことでも、未来からやってくることでもない。ましてや、吹き矢で誰かを襲撃することでもない。
「…………」
いや。
そんなことを、いちいち聞くのは、野暮というものか。
梅太郎たちは、何事もなかったかのように、歩き始めた。
向かう先には、大きな穴に橋が架かっている洞窟がある。鬼ヶ島で見たものと、似たような地形だ。
また何か、妙なイベントが待ち受けているのだろうか。
四人の背中を見送りながら、ふと、足を止めた。
梅太郎。
シャフト。
未来人。
スライム大統領。
……。
「……あれ? 兵士は?」
さっきまで一緒にいたはずの兵士の姿が、どこにもなかった。
……いや。
そうだった。
兵士は、洞窟の玉座に座って、満足そうな顔をしていた。統治者として、残ったのだった。
数えるまで、思い出せなかった自分が、少し恥ずかしい。
それにしても、誰も、兵士のことを話題にしないのは、どうなのか。
「……まあ、あいつのことだ。楽しくやってるだろう」
そうつぶやいて、編集画面を開いた。
移動先は、橋の架かった洞窟。対象は【自分】。
タッタッタッ。
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