おっぱいミサイル
一 名前のついた夏
その名前を最初に言ったのは、町のいちばん古い駄菓子屋のおばあちゃんだった。
「それ、おっぱいみたいだねえ」
夏休みの始まりの日、神社の裏の空き地に、白くてまるい形をしたものが置かれていた。高さは大人のひざくらい。表面はなめらかで、ところどころに、ぽこりと小さな膨らみがついている。その膨らみが、ちょうどふたつ並んでいるように見えるのだった。
それを作ったのは、同じ中学二年の高木シュンだった。
シュンは発明が好きだった。ラジオを分解して、もう一度組み立てることは何度もやったし、庭の物干し竿を使って自転車を改造しようとして、母親に三日間外出禁止にされたこともある。夏休みの自由研究には、必ず何かを飛ばしたがった。
今年の目標は、ロケットを飛ばすことだった。
町の科学クラブが毎年主催する「夏空ロケットコンテスト」は、中学生までの部門があって、優勝すると町長から金色のトロフィーがもらえる。トロフィーがほしいわけではなかった。ただ、自分で作ったものが空に上がるところを、一度でいいから見てみたかった。
そのロケットの先端に、シュンは駄菓子屋のおばあちゃんからもらった発泡スチロールの塊を使った。もともとは、冷凍みかんの箱の緩衝材だったものだ。それを削って、まるい形に整えたら、ちょうどいい感じの丸みができた。
「ほら、これでうまく空気を切れるはずなんだ」
そう説明したシュンに、おばあちゃんは笑いながら言った。
「それ、おっぱいみたいだよ。名前、つけてやったら」
幼なじみの真琴が、そばで大きく吹き出した。
「ちょっと、やめてよ、シュン。それ、絶対、子どもの前で言えないやつじゃん」
「言ってないよ、名前なんか」
シュンは顔を赤くして、発泡スチロールを両手で抱えた。冗談だとわかっていても、なんだか恥ずかしい気がしたのだ。
けれど、その日の夜、ラジオ体操から帰ってきた真琴が、家の前で大きな声で叫んだ。
「おっぱいミサイル!」
近所の犬が、驚いて吠えた。シュンは、玄関先で頭を抱えた。
「やめろって、もう」
それが、そのロケットの名前になった。
二 町の大人たち
町の大人たちは、だいたいみんな、ロケットには興味がなかった。
興味があるのは、夏祭りの屋台と、花火と、神社の境内で行われる盆踊りだった。その中で、ロケットの話を熱心に聞いてくれるのは、町で唯一の工場長をしている川名のおじさんだけだった。
川名のおじさんは、もともとは鉄工所で働いていた。今は町の小さな機械工場を任されていて、昔は宇宙に行くのが夢だった、と酒の席で語ることがあった。
「ロケットはな、頭が重すぎると飛ばんのよ。かといって、軽すぎると風に流される」
工場の隅の作業台で、おじさんは、シュンのロケットの図面を覗き込んだ。
「お前さんの先端のそれ。ちょっと重いな」
「でも、丸くしないと、空気が避けちゃうから」
「避けるか。ははは、いい理屈だ。でもな、重いものを先に持ってくると、後ろが暴れるんだ」
おじさんは、鉛筆で図面に線を引いた。先端から後ろまで、まっすぐな線。その線を、指でとん、とん、と叩く。
「後ろに、重りを入れてみな。バランスが取れれば、まっすぐ飛ぶ」
シュンは、目を輝かせた。その日から、夏休みの大半は、工場に通うことになった。
真琴も、毎日のようについてきた。彼女は理科が得意で、計算はシュンより正確だった。角度を測るのも、速度を計算するのも、真琴がいちばん上手だった。
「シュンはさ、形から入るよね」
作業台の横で、真琴が呆れたように言う。
「形から入って、何が悪いんだよ」
「悪くないけど、中身はちゃんと考えてよ」
真琴はそう言って、ロケットの中の燃料室の図面を、指さした。そこには、真琴の字で、細かい数字がびっしりと書き込まれていた。
シュンは、しばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。
「……ごめん。ちゃんと考える」
「よろしい」
真琴は、にっと笑った。その笑顔を見て、シュンは、なんだか、ほっとした。
三 ライバル
コンテストには、もうひとつ、大きな問題があった。
中学生部門の優勝候補は、隣の地区の中学から来る、東雲タケルだった。
タケルは、去年の大会で、二位に大差をつけて優勝した。今年も、彼のロケットは、町の子どもたちの間で、すでに伝説になっていた。
「東雲のやつ、もう燃料の改良を終えたらしいぞ」
コンビニの前で、誰かがそう言っていた。シュンは、その声を聞きながら、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。
「気にしてんの?」
真琴が聞く。シュンは、首を横に振った。
「気にしてない。ただ、負けたくないだけ」
「それ、気にしてるってことじゃん」
真琴は、くすくす笑った。シュンは、顔をしかめて、お茶を飲み干した。
そのとき、コンビニの自動ドアが開いて、タケルが出てきた。背が高く、長い前髪が、目にかかっている。手には、新しい工具箱を持っていた。
タケルは、シュンの前で立ち止まった。
「お前が、おっぱいミサイルのやつか」
シュンは、思わず噴き出しそうになった。だが、タケルの目は、真剣だった。
「ああ。そうだけど」
「ふうん。名前は笑えるけど、設計は悪くないな。先端の形、見たぞ。発泡スチロールなのに、よく考えてある」
それだけ言って、タケルは、歩き去っていった。シュンは、呆然と、その背中を見送った。
「……褒められた?」
真琴が、首をかしげた。
「たぶん」
シュンは、なぜか、胸の奥が熱くなるのを感じた。タケルは、ずっと遠い存在だと思っていた。でも、ちゃんと、こちらを見ていたのだ。
その夜、シュンは、ロケットの後ろに、川名のおじさんに教えられた重りを、慎重に取りつけた。手が震えていたのは、暑さのせいだけじゃなかった。
試験飛行は、打ち上げの三日前に行われた。
場所は、町はずれの河原だった。ここなら、万が一ロケットが流されても、人に迷惑はかからない。川名のおじさんが、そう言って選んでくれた場所だ。
朝の河原には、まだ霧が残っていた。川の水は、夏の光を受けて、白く、ゆるやかに流れている。シュンは、発射台の前で、深く息を吸った。
「今日は、高さだけ見よう」
真琴が、ストップウォッチを握って言った。今回は、まっすぐに飛べるかどうかを確かめるだけでいい。そう決めていた。
シュンは、点火のボタンに、指をかけた。
カウントダウンは、真琴の声だった。「三、二、一」。
ぽん、と音がした。
ロケットは、勢いよく、空へ向かって飛び出した。白い煙が、まっすぐに伸びていく。その軌道は、昨日の計算どおりだった。
けれど、三秒が過ぎたころ、ロケットは、ふいに、ぐらりと傾いた。
「あ」
声を上げたのは、誰だったか、わからない。ロケットは、先端を河原の方へ向けたまま、ふらふらと落ちてきた。
がつん、と音がして、丸い先端が、石にぶつかった。
シュンは、走った。ロケットの残骸のそばに、膝をついた。発泡スチロールの先端が、大きくえぐれていた。
「ごめん」
シュンの声は、かすれていた。自分の計算が、どこかで間違っていたのだ。
真琴が、そっと隣に座った。
「私の計算、ちょっと、甘かったかも」
「真琴のせいじゃない。ぼくが、重りの位置を、ちゃんと確かめなかったんだ」
二人は、しばらく、黙っていた。川の流れる音だけが、河原に響いていた。
そのとき、川名のおじさんが、遠くから歩いてきた。手には、大きな工具箱を提げている。
「おい、無事か」
「うん。でも、壊れた」
おじさんは、ロケットを拾い上げて、じっくりと眺めた。それから、にやりと笑った。
「壊れたってことは、どこが弱いかわかったってことだ。いい失敗だ」
「いい失敗?」
「ああ。飛ばして、落ちて、初めてわかることがあるんだ。失敗は、設計の答え合わせだよ」
おじさんは、そう言って、シュンの肩を叩いた。その言葉は、なぜか、胸の中にすとんと落ちた。
シュンは、残骸を、もう一度、見つめた。えぐれた先端の断面は、思ったよりも、きれいだった。発泡スチロールの中に、補強の骨組みが通っていないことが、はっきりとわかった。
「ここに、芯を入れればいいんだ」
シュンが言うと、真琴も、うなずいた。
「うん。木の棒を、中に通すといいかも」
「それで、重りは、後ろじゃなくて、真ん中寄りにしよう」
おじさんは、満足そうに笑った。
「よし、今夜から、作り直しだ」
河原の風が、三人の髪を、やさしく揺らしていった。
四 修理の夜
打ち上げの前の晩、シュンは工場に一人残っていた。
本当は、真琴も一緒にいるはずだった。けれど、夕方になって、真琴の家から電話があり、家の手伝いに戻ることになった。「明日の朝、一番に行くからね」と言い残して、真琴は自転車で帰っていった。
工場の蛍光灯が、ぱちぱちと音を立てている。作業台の上には、おっぱいミサイルが横たわっていた。先端の発泡スチロールが、ところどころ欠けている。昼間の試験飛行で、着地のときに地面にぶつけてしまったのだ。
シュンは、欠けた部分をじっと見つめた。
「どうしよう」
誰に言うでもなく、つぶやいた。直せるだろうか。明日までに、ちゃんと形を整えられるだろうか。
そのとき、工場の戸が、ガラガラと開いた。
「まだやってんのか」
川名のおじさんだった。手には、大きな缶のコーヒーを二つ持っている。
「おじさん」
「ほら、飲め。夜中の作業は、糖分がないと持たん」
おじさんは、缶を一つ、シュンの前に置いた。それから、作業台の上のロケットを、覗き込んだ。
「ああ、こりゃひどいな。でも、直せるよ」
「本当?」
「ああ。発泡スチロールは、ちょっとだけ削って、薄い板でふさげばいい。ほら、こういうふうに」
おじさんは、道具箱から、薄い木の板を取り出した。手際よく、欠けた部分の形に合わせて切っていく。その手つきは、迷いがなく、見ているだけで気持ちが落ち着いた。
シュンも、横で手伝った。ボンドを塗って、板を貼りつける。乾くまで、重りで押さえておく。
作業は、夜中の一時まで続いた。
「なあ、おじさん」
シュンが、缶コーヒーを飲みながら言った。
「なんだ」
「どうして、おじさんは、ロケットを作るのをやめたの」
川名のおじさんは、少しの間、黙っていた。それから、窓の外の、月の光を見た。
「作るのをやめたわけじゃないさ。ただ、大人になって、仕事が忙しくなっただけだ」
「でも、ずっと夢だったんでしょ」
「ああ、夢だった。今でも、夢だよ」
おじさんは、笑った。その笑顔は、少しだけ寂しそうだった。
「夢ってのはな、叶えるだけじゃなく、誰かに渡すこともできるんだ。お前が、ロケットを飛ばすの見てると、昔の自分が、空の上で笑ってるような気がする」
シュンは、なにも言えなかった。ただ、缶コーヒーを、ぎゅっと握りしめた。
「明日、ちゃんと飛ばせよ。俺が、見てるからな」
おじさんは、そう言って、シュンの頭を、ぽんと叩いた。その手は、大きくて、あたたかかった。
修理が終わったのは、空がうっすらと白み始めた頃だった。
シュンは、ロケットを手に取って、工場の窓から差し込む朝日に透かして見た。欠けた部分は、もうどこにも見えない。先端の丸みは、以前より、ほんの少しだけ、きれいに整っていた。
「よし」
シュンは、小さく、ガッツポーズをした。
その朝、約束どおり、真琴が一番乗りで工場にやってきた。
「おはよ、シュン。ちゃんと寝た?」
「寝てない。でも、直った」
真琴は、ロケットを手に取って、丁寧に眺めた。それから、にっこりと笑った。
「うん、やっぱり、いい形してる」
「そう?」
「うん。ちょっと、おっぱいっぽいけど」
「それ、言うなって」
二人は、顔を見合わせて、笑った。その笑い声が、朝の工場に、やわらかく響いた。
五 打ち上げの日
コンテストの当日は、朝から、雲がのんびりと空を流れていた。
神社の裏の広場には、町中の子どもたちが集まっていた。屋台の準備をするおじさんたちの声が、あちこちから響いてくる。焼きそばの匂いと、かき氷のシロップの甘い匂いが、風に乗って漂っていた。
発射台は、川名のおじさんが、夜を徹して組み立ててくれたものだった。鉄のパイプと、古いタイヤと、木の板。見た目は不格好だけど、しっかりと地面に据えつけられている。
「いいか、シュン。発射のボタンは、お前が押せ」
おじさんが言った。シュンは、息を飲んだ。
「でも、ぼくのロケットなのに」
「だからだよ。お前が、最後まで責任を持て」
シュンは、深くうなずいた。手のひらに、じっとりと汗が浮かんでいた。
真琴が、横から、そっとロケットの胴体を支えた。
「大丈夫。計算は、完璧だから」
「本当に?」
「本当。私が保証する」
真琴は、そう言って、いつものように、にっと笑った。その笑顔に、シュンは少しだけ、肩の力が抜けた。
審査員の席には、町長と、大学の先生が座っていた。タケルのロケットは、すでに隣の発射台に据えられていた。
銀色に光る、細くて長いロケットだった。先端は、鋭く尖っている。シュンのロケットとは、まるで正反対だった。
タケルは、シュンの方を見て、片手を上げた。シュンも、あわてて手を上げ返した。
カウントダウンが始まった。
「十、九、八」
観客の声が、広場に響く。シュンの心臓が、どきどきと鳴った。
「三、二、一」
シュンは、ボタンを押した。
ぽん、と音がして、ロケットが、勢いよく地面を離れた。白い煙が、尾を引いて、空へと伸びていく。
そして、ロケットは、まっすぐに、空へ昇っていった。
広場から、歓声が上がった。真琴が、両手を挙げて飛び跳ねている。川名のおじさんが、大きな声で笑っていた。
けれど、シュンの目は、ロケットの先端に釘付けになっていた。
おっぱいミサイルは、青い空の中で、くるくると回り始めていた。
六 空が笑う
回転は、少しずつ、大きくなっていった。
「まずい」
川名のおじさんが、低い声でつぶやいた。シュンは、胸が痛くなるほど、息を詰めた。
ロケットは、まっすぐに飛ばずに、くるりくるりと、大きく弧を描いていた。白い煙が、空に、大きな輪の模様を描いていく。
「シュン、落ちてくるよ!」
真琴が叫んだ。その声に、観客がざわめいた。誰かが、子どもを抱き寄せる。
シュンは、拳を握りしめた。自分の作ったものが、空の中で、暴れ回っている。
そのとき、隣の発射台から、もう一つの白い煙が上がった。
タケルのロケットだった。
銀色の細い機体が、真っ直ぐに、空へ向かっていく。その軌道は、迷いがなく、完璧だった。
タケルは、発射台の横で、こちらを見ていた。その表情は、どこか、楽しそうだった。
「頑張れ」
口がそう動いたように見えた。シュンは、はっとした。
おっぱいミサイルは、まだ、回っていた。けれど、その回転は、少しずつ、ゆるやかになっていく。
重りだ。
シュンは、川名のおじさんが、後ろに入れてくれた重りを思い出した。先端と後ろのバランスが、いま、少しずつ、取れてきているのだ。
「いけ、いけ」
シュンは、声に出していた。真琴も、一緒に叫んでいた。
「いけー!」
そして、ロケットは、ぴたりと回転を止めた。
青い空の真ん中で、白い尾を引きながら、まっすぐに上昇していく。その先端の丸い形が、夏の光を受けて、白く、やわらかく輝いていた。
広場が、わあっと沸いた。
大人も子どもも、みんな空を見上げて、大きな声で笑っていた。誰かが、「おっぱいだ、おっぱいが飛んでるぞ!」と叫んで、また笑った。
シュンは、笑いが止まらなかった。涙が出るほど、笑った。
真琴は、シュンの腕を、ばしばし叩いていた。
「すごいじゃん! 本当に飛んだ!」
「うん、飛んだ!」
川名のおじさんが、大きな手で、シュンの頭をくしゃくしゃにした。
「よくやった。お前、ちゃんと最後まで見たな」
おっぱいミサイルは、やがて、高く高く、空の向こうへ小さくなっていった。その白い点を、みんなが、いつまでも見上げていた。
その夜、町長は、表彰式で、シュンにトロフィーを渡しながら、真面目な顔で言った。
「この町の空に、君のロケットが、笑顔を連れてきてくれた。ありがとう」
会場が、どっと笑った。シュンは、顔を真っ赤にして、深く頭を下げた。
隣で、タケルが、小さく拍手をしていた。
「お前の、勝ちだな」
タケルが言う。シュンは、首を横に振った。
「ううん、二人とも、すごかったよ」
タケルは、少しだけ驚いた顔をして、それから、照れくさそうに笑った。
「来年は、負けない」
「こっちも」
二人は、夜空を見上げた。花火が、ひとつ、またひとつと、空に咲いていく。
その色とりどりの光の下で、真琴が、シュンの袖をつまんで言った。
「次は、どんなの作るの」
シュンは、少し考えてから、答えた。
「今度は、もっと大きいのにする」
「名前は?」
「まだ、内緒」
真琴は、呆れたように笑った。その笑い声が、花火の音に紛れて、夜空へ溶けていった。
夏の終わりの町に、まだ、おっぱいミサイルの話題は続いていた。
シュンの夏は、こうして、ちょっと笑える形で、終わっていった。
表彰式が終わったあとも、神社の境内は、人でにぎわっていた。
屋台の前では、子どもたちが、ロケットのおもちゃを手に、走り回っている。誰かが、紙で作った小さな先端を頭にのせて、「おっぱいミサイル!」と叫んだ。その声に、周りの大人たちが、わっと笑った。
シュンは、人の波をかき分けて、屋台の端へ向かった。
そこには、駄菓子屋のおばあちゃんがいた。手には、大きな紙袋を持っている。
「シュンちゃん、おめでとうね。これ、お祝い」
紙袋の中には、白くてまるい、ふわふわのお菓子が入っていた。ほのかに、かんきつの香りがする。
「おばあちゃん、これ」
「ちょっと前から作ってたんだよ。名前はまだないの。あんたが、つけてよ」
シュンは、少し考えた。それから、にっと笑った。
「じゃあ、『空まんじゅう』は、どう?」
「空まんじゅう。いい名前じゃないの」
おばあちゃんは、目を細めた。その笑顔が、夏の夜の光に、ほんのり滲んで見えた。
そのとき、人混みの向こうから、タケルが歩いてきた。手には、綿あめを持っている。
「お前、そんなとこで何してんだ」
「おばあちゃんに、お祝いもらってた」
「へえ。俺にも、一個くれよ」
タケルは、そう言って、勝手に紙袋から一つつまみ上げた。口に入れて、少し目を丸くする。
「……うまい」
「でしょ」
シュンは、得意げに胸を張った。タケルは、照れくさそうに、そっぽを向いた。
「来年は、絶対に勝つからな」
「こっちこそ」
二人は、顔を見合わせて、笑った。
夜が更けて、花火が上がり始めた。空に咲く光の一つひとつが、町の屋根をやさしく照らしていく。
シュンは、川名のおじさんと、真琴と、タケルと、駄菓子屋のおばあちゃんと、並んで空を見上げていた。誰も、何も言わなかった。ただ、花火の音が、胸の奥にまで、ゆっくりと響いていた。
おじさんが、ぽつりと言った。
「来年の夏も、また飛ばそうな」
「うん」
真琴が、シュンの袖をつまんだ。
「次は、絶対、まっすぐ飛ばそうね」
「わかってる」
シュンは、笑った。その笑顔は、夏の空と同じくらい、まぶしく、晴れやかだった。
七 それから
夏休みの最後の日、シュンは、河原で一人、おっぱいミサイルの残骸を眺めていた。えぐれた先端には、木の芯が通されて、補強の板が貼られている。ぶつけた跡は、いまも白く残っていた。その傷を指でなぞると、なぜか、少しだけ誇らしい気持ちになった。
夏休みが終わって、新学期が始まった。
教室の窓からは、まだ夏の名残の蝉の声が聞こえてくる。シュンは、机の上に、トロフィーを置いていた。金色の小さな人形が、窓から差し込む光を受けて、きらきらと光っている。
クラスの男子たちは、そのトロフィーを見るたびに、「おっぱいミサイル」と言って笑った。シュンは、最初のうちこそ、顔を赤くして怒っていたけれど、そのうち、一緒になって笑うようになった。
不思議なことに、その名前は、いつの間にか、町の人たちにも愛されるようになっていた。駄菓子屋のおばあちゃんは、白くてまるいみかん味のお菓子を作って、「おっぱいまんじゅう」と名づけて売り出した。子どもたちは、それを買っては、「ミサイル!」と言って投げ合った。
「もう、どうなってるの、この町」
真琴が、呆れたように笑った。
「わからない。でも、なんか、楽しいからいいや」
シュンも笑った。
秋の初めの放課後、シュンと真琴は、工場にいた。川名のおじさんが、新しい図面を広げて待っていた。
「次の大会は、来年の夏だ。今度は、もっと大きいロケットに挑戦してみるか」
おじさんの声は、いつもよりずっと弾んでいた。シュンは、図面を覗き込んだ。大きな機体の絵が、ていねいに描かれている。その横には、真琴の字で、びっしりと数字が書き込まれていた。
「これ、いつ書いたの」
「昨日の夜。ちょっと、寝られなくてさ」
真琴は、照れくさそうに頭をかいた。
シュンは、その字を、じっと見つめた。その数字の一つひとつに、真琴の努力が詰まっているのが、よくわかった。
「ありがとう、真琴」
「なにが?」
「ぼくの夢に、付き合ってくれて」
真琴は、少しだけ顔を赤くした。それから、ぷいとそっぽを向いた。
「別に。私も、空を見たかっただけだし」
川名のおじさんが、そんな二人を見て、にやにやと笑っていた。
「まったく、若いってのは、いいもんだな」
その日の帰り道、夕焼けが、町の屋根を金色に染めていた。
シュンと真琴は、並んで自転車を押しながら、坂道を下りていった。ふと、空を見上げると、白い雲が、ゆったりと流れていく。その雲の形が、少しだけ、丸いように見えた。
「ねえ、あの雲、なんかロケットみたいじゃない?」
真琴が言った。
「ロケット? どこが」
「ほら、先のところが、まるくて」
シュンは、目を細めて、雲を見た。
「いや、あれは、どう見ても……」
言いかけて、やめた。二人は、同時に吹き出した。
笑い声が、夕暮れの坂道に、いつまでも響いていた。
おっぱいミサイルは、もう、空にはない。けれど、あの日の笑い声は、今も、町の空に、ふわりと浮かんでいる。
その夜、シュンは、机に向かって、新しいノートを開いた。
一ページ目には、大きな字で、まだ仮の名前が書かれている。『次のロケット』。その下に、ちょっとだけ迷ってから、小さく、もうひとつの名前を書き足した。
『空まんじゅうミサイル』
それを見て、シュンは、ひとりで吹き出した。窓の外では、虫の声が、まだ続いている。夏の終わりの、やさしい音だった。
ペンを置いて、もう一度、窓の外を見上げた。星が、いくつも瞬いていた。どれも、白くて、まるい光に見えた。
シュンは、そう思いながら、夜空を、ゆっくりと見上げた。
(了)

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