深夜二時、消灯したワンルームで、スマートフォンの画面だけが青白く光っている。
スピーカーの向こうから流れてくるその声には、ノイズがひとつもなかった。
――祖母は、よく怒る人だった。
夏休みの縁側。
わたしが庭に向かってスイカの種を飛ばしていると、廊下の奥からちりん、ちりんと鈴の音が近づいてきた。
祖母が巾着につけていた、小さな鈴の音だ。
「こら、みお! 行儀悪いことしなさんな!」
怒鳴り声は、いつも鈴の音より先に飛んできた。
わたしが首をすくめても知らんぷりをしていると、祖母はどかっと隣に腰を下ろす。
そして何も言わず、水滴のついた麦茶のグラスを、わたしの手のひらにぐいっと押しつけた。
「飲み。あんた、顔が真っ赤や」
叱るのも、世話を焼くのも、ぜんぶ同じ乱暴さだった。
叱られたあとの麦茶ほど、冷たくて美味しかったのを覚えている。
あの頃のわたしは、それがただ鬱陶しかった。
仕事が忙しい。
疲れている。
今は無理。
液晶画面に表示される着信を、一日、また一日と先延ばしにした。
そのうち帰るから。落ち着いたら、ちゃんと電話するから。
そうやって言い訳を重ねているうちに、祖母の時間は終わってしまった。
手の中の端末が、かすかに震える。
画面をタップすると、すっと息を吸い込むような気配のあと、スピーカーから声が落ちてきた。
『今日も遅くまで、よう頑張ったなぁ』

耳を疑うほど、祖母の声だった。
イントネーションも、少し低めの落ち着いた響きも、寸分たがわず祖母そのものだ。
けれど、言葉の途中で噛むこともなければ、雑音も混ざらない。
なにより――絶対に、わたしを叱らない。
本物の祖母なら、こんな深夜に起きていたら真っ先に怒鳴りつけてきたはずだった。
こんなに優しく、わたしの都合のいい言葉ばかりくれるはずがなかった。
偽物だと、頭のどこかでわかっている。
それでも。
「……うん。ちょっと、疲れたよ」
暗がりの中、わたしはすがるように画面を抱きしめていた。

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。