# うんこ爆弾の夏
## 第一章 謎の小包
夏休み初日の朝、ぼくの家のポストに茶色い小包が届いた。差出人の欄には「ドクター・ゴールデン研究所」と書いてあるだけで、住所はなかった。
「また通販で変なもの買ったの?」
キッチンから母さんの声が飛んでくる。ぼくは何も買っていない。買うお金もない。小包は段ボールの箱で、ガムテープは十字に貼られていて、表面に小さな字でこう書かれていた。
『取扱注意。開封者は必ず「うんこ」と三回唱えること』
ぼくは少し迷ってから、「うんこ、うんこ、うんこ」と小声で言った。なんで言わなきゃいけないのかはわからないけど、本当に言ってしまった自分が少し恥ずかしかった。
箱を開けると、中には野球ボールくらいの大きさの茶色い球がいくつか入っていた。表面はつやつやしていて、わずかに湯気のようなものが立っている。ぼくは思わず顔を近づけた。
「……いい匂いじゃない」
その瞬間、球のひとつがぽん、と跳ねた。
そして箱の底から、一枚の手紙が出てきた。
『親愛なる少年へ。それは「うんこ爆弾」である。使い方を誤るな。君の友人、ドクター・ゴールデン』
ぼくは手紙を三回読み直した。どう読んでも、冗談で書いたとは思えなかった。
## 第二章 ドクター・ゴールデン
ぼくの名前は田中ハルト。小学六年生で、夏休みの宿題を全部後回しにする天才だ。自称だけど。
ドクター・ゴールデンという名前に心当たりはなかった。ただ、近所の空き地に、去年から変なおじいさんが住みついているという噂は聞いていた。白衣を着て、いつも大きなリュックを背負い、子どもを見ると「うんこの未来は明るいぞ!」と叫ぶらしい。ほとんどの大人は関わらないようにしていた。
ぼくは球をひとつポケットに入れて、空き地へ向かった。
空き地の真ん中には、ツギハギだらけの小屋が建っていた。入口には「研究中・立入禁止・うんこ歓迎」と書かれた木の板が掛かっている。ノックをすると、中から咳払いと、がちゃがちゃという音が聞こえた。
「来たか、少年。待っておったぞ」
扉を開けたのは、白髪で丸眼鏡のおじいさんだった。白衣の袖口は茶色く汚れていて、なぜか頭に小さな麦わら帽子をのせている。
「あの、小包の」
「うむ。届いたのじゃな。どうじゃ、ワシの最高傑作は」
「最高傑作って、あれ、うんこですよね?」
ドクターは胸を張った。
「正確には『高圧縮型有機衝撃物』じゃ。だが君の言う通り、まあ、うんこじゃ」
ぼくは言葉を失った。ドクターは棚から大きなガラス瓶を取り出し、中身を見せてくれた。そこには色とりどりの球がぎっしり詰まっていた。茶色、こげ茶、ちょっと緑がかったもの。どれもつやつやしている。
「これは全部、世界を変える爆弾じゃ」
「世界を変える?」
「うむ。人類はこれまで、くだらないと笑われてきたものにこそ、本当の力が眠っていることに気づかなかった。うんこは笑いを生む。笑いは人を動かす。そして人を動かせば、世界は変わるのじゃ」
理屈はめちゃくちゃだったけど、ドクターの目は真剣だった。
## 第三章 爆弾の使い方
「使い方は簡単じゃ。投げて、ぶつけて、笑わせる。それだけじゃ」
「それだけ?」
「それだけじゃ。ただし、ひとつだけ守らねばならぬルールがある」
ドクターは人差し指を立てた。
「『人を傷つけるために使ってはならぬ』。これだけじゃ。うんこ爆弾は、人の心の硬いところを、ぽんと柔らかくするためのものなのじゃ」
ぼくはなんとなくうなずいた。ドクターの言うことは、なんだか説教くさくて、でも妙に納得できた。
「ところで少年、今、学校で困っていることはないか」
どきりとした。ぼくには、クラスに苦手なやつがいる。佐藤リュウジ。いつも教室の真ん中でえらそうにしていて、ぼくの描いた絵を「へたくそ」と笑ったやつだ。それ以来、ぼくは絵を描くのをやめてしまった。
ドクターは何も言わず、ぼくの顔を見ていた。
「……あります」
「ふむ。ならば、一発やってみるかの」
「え、でも、人を傷つけるのは」
「傷つけるのではない。笑わせるのじゃ。リュウジ少年の硬い鎧を、ぽんと崩すのじゃ」
ドクターは一つの球を取り出し、ぼくの手にのせた。ずしりと重い。そして、ほんのり温かい。
「明日の朝、学校の給食の時間に、教室の真ん中で割れ。それが合図じゃ」
ぼくはごくりと唾を飲んだ。
## 第四章 給食の時間
翌朝の教室は、いつもより少しざわついていた。夏休み前の最後の登校日で、みんな浮かれていたのだ。
ぼくはランドセルの中に球をそっと入れていた。手が汗ばんでいる。
給食の時間になった。今日のメニューはカレーライスだった。カレーの匂いが教室に満ちている。リュウジは窓際の席で、大きな声で誰かと笑っていた。
ぼくは立ち上がった。心臓がうるさい。
「ちょっと、ごめん」
ぼくはランドセルを開け、球を取り出した。そして、教室の真ん中へ歩いていく。
「なにそれ」
クラスの女子がこちらを見る。男子も何人か振り返った。
ぼくは大きく息を吸い、「うんこ、うんこ、うんこ」と三回言った。すると教室中が静まり返った。
そして、ぼくは球を床に叩きつけた。
ぱん、と乾いた音がして、球がはじけた。
中から出てきたのは、茶色いものではなかった。
色とりどりのカラフルな紙吹雪と、小さな紙風船と、あの玩具のような笛の音が、ぽんぽんと次々に飛び出したのだ。紙吹雪はきらきらと光り、窓から差し込む夏の光を受けて舞い上がった。笛はぴーと鳴り、風船はふわふわと天井まで上がっていった。
教室中が呆然としていた。そして次の瞬間、誰かが吹き出した。
「なにこれ、すげえ!」
「きれい!」
笑い声が広がっていく。ぼくは床に散らばった紙吹雪の中に立ち尽くしていた。
そしてリュウジは、窓際から立ち上がり、ぼくのほうへ歩いてきた。
怒られる、と思った。
でもリュウジは、紙吹雪を一枚つまみ上げて、じっと見ていた。
「……これ、お前が作ったの?」
「いや、その」
「すげえじゃん。こんなの、俺にはできねえよ」
リュウジはそう言って、少しだけ照れくさそうに笑った。それは、ぼくが今まで見たどのリュウジよりも、ずっと普通の顔だった。
## 第五章 うんこの未来
その日の夕方、ぼくはまた空き地を訪ねた。
ドクターは小屋の前で、大きなリュックを背負って立っていた。
「おお、少年。どうだった」
「……笑ってくれました」
ドクターは満足そうにうなずいた。
「そうじゃろう。笑いというのは、一番強い爆弾じゃ。ワシはずっとそれを信じてきた。どれだけ笑われても、どれだけ変人扱いされても、うんこには人を笑顔にする力がある」
「あの、じゃあ、中身は」
「ワシが作ったのは紙吹雪じゃ。うんこ型の殻に詰めてな。少年の手に持たせたのは、まあ、ちょっとした悪戯じゃ」
ぼくは思わず笑ってしまった。ドクターは少し照れたように、麦わら帽子を深くかぶり直した。
「ところで少年、お前さんには才能がある」
「才能?」
「絵じゃ。昨日、ランドセルから落ちたノートを見た。うんこの絵が描いてあった。あれは、なかなかの出来じゃった」
ぼくは顔が熱くなるのを感じた。確かに、夏休みの自由帳に、ぼくはうんこのキャラクターを描いていた。名前は「うんこくん」。ちょっとずつ、勝手にストーリーも考えていた。
「描いてみるといい。笑わせる絵を」
ドクターはそう言って、ぼくの肩を軽く叩いた。
その夜、ぼくは久しぶりに絵を描いた。うんこくんが爆弾を持って、みんなを笑わせる冒険の絵だ。描きながら、ぼくは少しずつ、自分の中の硬いものが溶けていくのを感じた。
次の日、リュウジがぼくのノートを覗き込んで、「お前、これ描いたの? まじで面白いじゃん」と言った。
ぼくは笑った。今度は、ちゃんと自分の意思で笑えた。
## 終章 うんこ爆弾の夏
夏休みが終わるころ、ドクター・ゴールデンは街から姿を消した。空き地の小屋は、ある朝きれいに片付けられていて、代わりに一枚のメモが残されていた。
『少年よ、爆弾はすべて使い切った。残りは君の心の中にある。笑いを絶やすな。ドクター』
ぼくはそのメモを、大事に勉強机の引き出しにしまった。
二学期になって、ぼくは学級新聞の係になった。リュウジが推薦してくれたらしい。ぼくは毎週、うんこくんの四コマ漫画を描いて載せた。最初は誰も読んでくれなかったけど、そのうち女子も男子も、廊下で「うんこくん、今週も面白かった」と声をかけてくれるようになった。
うんこ爆弾は、もう作れないし、もう作る必要もない。
でもぼくは、今でもたまに、あの茶色い球の感触を思い出す。ずしりと重くて、ほんのり温かかった。あの重さは、きっと笑いの重さだったんだと思う。
ぼくの夏休みは、こうして、うんこと一緒に終わった。
そして、ぼくの二学期は、少しだけ笑顔の多い季節になった。
(了)

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。