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ゲーム開始から四日目の朝。ウィンドーズの拠点では、いつもより早く三人が顔を揃えていた。これまでの三日間で、食料の安定供給と最低限の道具の確保には成功した。木材も少しずつ集まり、ようやく拠点の外へ本格的に目を向けられる段階までたどり着いたのである。
「さて、そろそろ探索範囲を広げようと思う」
キャットは地面に広げた簡単な地図を指先でなぞりながら、二人に話を切り出した。
「川を下っていけば、別のプレイヤーがいるかもしれないし、NPCの集落だって見つかる可能性がある。そういう場所なら、クエストを受けたり、アイテムを物々交換したりできるはずだ。うまくいけば、今よりも戦力を増強できる」
「確かに、拠点の周りだけで活動していても限界はあるな。食料を確保できるようになったとはいえ、武器も防具もまだ十分とは言えない」
フリオは頷きながら、壁際に並べた剣や道具へ視線を向けた。どれも最低限の実用性は備えているものの、強力な敵を相手にするには心許ない。ゲームの最終目標であるガルドノアドラゴンの討伐を考えるなら、今の装備では到底足りなかった。
「でも、探索ばかりしているわけにもいきませんよね。畑のお世話もありますし、木材もまだまだ必要ですから」
スミレがそう言うと、キャットは大きく頷いた。
「その通り。だから、今日は三人で手分けして動こうと思う。全員で探索に出るよりも、役割を分担したほうが効率がいいからな」
キャットは地図の上に石を三つ置き、それぞれの役割を説明し始めた。
「まず、フリオには拠点の拡張を任せたい。泥レンガをもっと作って、建物を今より広くしてくれ。作業場所も増やしたいし、倉庫だって必要になる。人が増える可能性も考えて、ある程度の余裕を持たせておこう」
「分かった。壁を広げるだけなら、今までの作業の延長で何とかなるだろう」
「それと、もし他のプレイヤーがここに来たら、俺とスミレにメッセージを送ってくれ。敵対してくるなら対処するし、話が通じそうな相手なら勧誘することも考えよう。今のところ、仲間は多いほうがいいからな」
「了解した。相手の様子を見て判断すればいいんだな」
フリオは短く答え、さっそく拠点の外へ目を向けた。もともと彼は、建築や採集といった作業を黙々とこなすことに抵抗がない。泥をこね、レンガを積み上げる仕事も、すでに手慣れたものになりつつあった。
「次に、スミレは農作業を続けながら、近くの洞窟へ行って鉱石を採掘してきてほしい」
「洞窟、ですか? 」
「ああ。ここからそう遠くない場所にあるだろ? 前に見つけたときは、木材が足りなくてピッケルも作れなかったから、入っても大した収穫は期待できなかった。だけど、今は道具がある。鉄や、それ以外の有用な鉱石が手に入るかもしれない」
洞窟の探索は危険も伴うが、装備の強化には欠かせない工程だ。鉱石を加工できるようになれば、より丈夫な武器や防具を作れる可能性も広がる。何より、これまで木材の確保を優先していたために後回しになっていた作業だった。
「分かりました! 農作業も忘れずに、鉱石を集めてきますね。危ない場所があったら、無理せず引き返します」
「そうしてくれ。無理をしてゲームオーバーになったら元も子もないからな」
キャットは念を押すように言った。スミレはしっかりと頷き、必要な道具を確認し始める。
「そして、俺は川の先を探索してくる。集落やNPCを見つけたら、クエストや交換で何か手に入るかもしれない。今の俺たちに必要なのは、資源だけじゃないからな」
「一人で行くのか? 」
フリオが確認する。
「そうだ。もちろん、危険な場所には近づかないつもりだ。何かあればすぐに戻るし、使えそうな情報があればメッセージで共有する。二人とも、何かあったら遠慮せずに連絡してくれ」
「分かった。気をつけてな」
「キャットさんも、無茶はしないでくださいね! 」
「おう任せとけ! 」
キャットは胸を張った。猫の姿で自信満々に言い切るものだから、フリオは思わず苦笑し、スミレも小さく笑った。
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こうして、ウィンドーズはそれぞれの役割を担い、行動を開始した。
拠点を出たキャットは、川沿いの道を軽快に走り始めた。これまでの探索では、食料と水分のゲージが減ることを常に気にかけなければならず、長距離を移動するのにも慎重にならざるを得なかった。しかし、今は違う。畑から収穫したホウレンソウがあり、川の水もすぐに確保できる。万が一に備えて食料も持ち歩いているため、多少走り回ったところで余裕があった。
__いやあ、やっぱり食料が安定すると違うな! これなら、もっと遠くまで行けそうだ! てかホウレンソウクソうめえや!!
キャットは嬉しそうに跳ねながら、川の流れに沿って進んでいった。草原の景色は相変わらず広大だったが、進むにつれて少しずつ様子が変わっていく。川幅が広くなり、周囲には背の高い草が増え、遠くには木々の連なる丘陵地帯が見え始めた。
しばらく進んだところで、キャットは足を止めた。
「……おっ! 」
川の向こう、緩やかな斜面の先に、いくつもの建物が並んでいるのが見えた。遠目には土でできた小さな住居が集まっているように見える。煙が立ち上る場所もあり、周囲では人影らしきものが動いていた。
__ビンゴ! やっぱり集落があったか!
キャットは尻尾を立て、弾む足取りで集落へと向かった。これまでの経験から、NPCが住む場所には何らかのイベントやクエストが用意されている可能性が高い。もし有用なアイテムを手に入れられれば、ウィンドーズの攻略は大きく前進するだろう。
集落の入口らしき場所を通り抜けると、キャットは周囲の景色に目を奪われた。
「へえ……。これはまた、ずいぶんと雰囲気が違うな」
そこには、大昔の人々の暮らしを思わせる光景が広がっていた。地面を掘り下げて床を作り、屋根を草や枝で覆った竪穴式住居のような建物が、不規則に並んでいる。建物の間をNPCたちが行き交い、籠を抱えた者や農具を手にした者が、忙しそうに働いていた。少し離れた場所では、何人かの住民が収穫した稲を扱っているようだった。
ゲームの中とはいえ、どこか教科書で見た古代の集落を思い出させる風景だ。現代的な建物も、整備された道路もない。あるのは土と草と木を中心に作られた住居、そして人々が暮らす素朴な営みだけだった。
キャットは興味深そうに周囲を見回し、近くにいた住民へ声をかけた。
「こんにちは! ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな? 」
住民は一瞬だけ驚いたように猫の姿を見つめたが、すぐに穏やかな表情を浮かべた。
「おや、旅の者かね。構わんよ。何が知りたいんだい? 」
「この集落について、いろいろ教えてほしいんだ。ここでは何をして暮らしているんだ? 」
「そうさな。わしらは主に稲を育てて暮らしておる。川から水を引き、田を整え、季節ごとに収穫をする。食べ物が足りぬときには、近くの山へ入って獣を狩ることもあるがな」
「なるほど……。稲作が中心で、狩りもするわけか」
キャットは頭の中で情報を整理した。稲作が盛んな場所なら、食料に関係するアイテムや知識を得られるかもしれない。今すぐ必要というわけではないが、安定した食料供給の選択肢が増えるのはありがたい。
彼はさらに別の住民にも話しかけ、集落の周辺について尋ねていった。最初は警戒されるかと思ったが、住民たちは意外にも気さくで、旅人に対してもそれなりに親切だった。中には、少しばかり世間話をしてくれる者もおり、キャットはそのたびに聞き逃さないよう注意深く話を聞いた。
そうして情報を集めているうちに、いくつか気になる話が出てきた。
一つ目は、川の下流にある怪物の住処についてだった。
「この川をもっと下っていくと、恐ろしい怪物が棲んでいる場所がある。村の者たちも何度か討伐を試みたが、誰一人として倒せておらん。もしあの怪物を倒せれば、村長から褒美がもらえるという話じゃ」
そう語った老人は、遠くの川下を見つめながら、困ったように眉を寄せた。どうやら、その怪物は集落の住民たちにとって長年の悩みの種らしい。
「怪物か……」
__村長から報酬がもらえるなら、クエストの一種と考えてよさそうだな。
キャットは内心で期待を膨らませた。討伐対象の強さは分からないが、報酬があるというなら、後でフリオたちと相談する価値は十分にある。
二つ目は、この集落の暮らしについての、より具体的な情報だった。住民たちは稲の収穫を主な生業としており、時折、近くの山へ狩りに出かけて食料を補っているという。農作業と狩猟を組み合わせた生活は、ウィンドーズが進めている食料確保の方針とも通じるものがあった。
そして三つ目。キャットの興味を最も強く引いたのは、集落に伝わる伝説の石像についての話だった。
「この村には、昔から伝わる石像があってな。その中には、特別な宝石が隠されているという言い伝えがあるんじゃ。もっとも、誰も確かめたことはないがね」
「石像の中に宝石……? 」
キャットは思わず身を乗り出した。ゲームにおける伝説や宝物の噂は、単なる飾りではないことが多い。クエストの手がかりだったり、特別な装備の素材だったり、思いがけない攻略要素につながっている可能性がある。
ただし、石像の場所や宝石の正体については、住民たちも詳しく知らないようだった。伝説として語り継がれているだけで、実際に何が隠されているのかは分からないという。
「ふむ……。怪物の討伐に、稲作の情報、それから伝説の宝石か。思った以上に収穫があったな」
キャットは夕暮れが迫るまで集落を歩き回り、住民たちから話を聞き続けた。得られた情報はどれも興味深く、今後の探索計画を立てるうえで役立ちそうだった。特に、怪物を討伐すれば報酬が得られるという話は、装備を整えるための新たな目標になり得る。
*
日が傾き、集落のあちこちに長い影が伸び始めた頃、キャットはようやく帰路についた。
「いやあ、来てよかった! やっぱり、実際に足を運んでみるもんだな! 」
帰り道、キャットは上機嫌だった。集落を見つけただけでも十分な成果だが、情報まで手に入れられたのだから文句はない。しかも、話の内容から考えるに、今後の攻略につながる要素がいくつもありそうだった。
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翌朝。拠点へ戻ったキャットは、フリオとスミレがそれぞれの作業を進めているのを見つけると、早速二人を呼び集めた。
「おーい、二人とも! ちょっと聞いてくれ! 昨日の探索で、面白いものを見つけたぞ! 」
「おかえりなさい、キャットさん。何か収穫があったんですか? 」
スミレが農作業の手を止めて近づいてくる。フリオも泥レンガを積む作業を中断し、キャットの方へ顔を向けた。
「まずはこれ! 」
キャットはアイテム欄から二つのアイテムを取り出した。一つは、青い装飾が施された小さなお守り。輪のような形をしており、中央から細い糸が放射状に伸びている。どこかドリームキャッチャーを思わせる、不思議な意匠だった。
「スミレには、これ。『厄祓いのリング』だ」
「わあ……! 綺麗……。私がもらってもいいんですか? 」
「もちろん。敵のモンスターやプレイヤーが使う呪い攻撃への耐性を付与してくれる装備らしい。魔法を使うスミレが呪いで動けなくなったらキツイし、持っておいて損はないと思ってな」
スミレは大切そうにリングを受け取った。青い装飾を指先でそっと撫で、嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます! 大事にしますね! 」
「それから、フリオにはこれね」
続いてキャットが取り出したのは、木製のパチンコだった。枝を無理やり曲げて作ったような粗末なものではなく、握りやすい形に加工された丈夫な木材に、しっかりとした弾性を持つ素材が組み合わされている。
「パチンコか……。これも、このゲームで作れるのか? 」
「そういうこと。まあ今回は物々交換で手に入れたけどね。弾丸になる小石を飛ばして、敵モンスターやプレイヤーを攻撃できる。剣みたいに接近する必要がないから、遠距離攻撃の手段として使えるはずだ。弾の威力はそこまで高くないかもしれないけど、牽制や援護には十分役立つだろうし、何よりコスパがいい」
フリオはパチンコを手に取り、軽く引いて感触を確かめた。武器としての性能を確認するように、弾を飛ばす仕組みや握りの具合を慎重に調べている。
「悪くないな。使い方を覚えれば、戦い方の幅が広がりそうだ」
「だろ? それに、もう一つ嬉しい報告があるんだ」
キャットはそこで一度言葉を切り、フリオの顔を見上げた。先ほどまでの陽気な表情に、いたずらを思いついた子供のような期待が浮かんでいる。
「__銃の素材の一つ、弾丸用の火薬を入手するチャンスができたぞ! 」
その言葉を聞いた瞬間、フリオの目がわずかに細くなった。
「……火薬か」
彼は手元のパチンコを見つめ、それからキャットへと視線を戻した。
「詳しく聞かせてくれ。どこで手に入るんだ? 」
キャットは満足そうに頷いた。
川の先に見つけた集落。そこに伝わる怪物の伝説。そして、村長から得られるという褒美。
それらの情報が、ただの噂で終わるとは限らない。
ウィンドーズの探索は、ようやく本当の意味で始まろうとしていた。

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