魔王城➖➖
今日もカヅチは、頼まれた場所の清掃を終えていた。
「ふぅ……今日もよく働いた」
自室に戻ったカヅチは、椅子に腰を下ろす。
テーブルにはホットコーヒーと魔界パイ。
そして正面には魔界TV。
『続いては、今話題のサキュバスたちによる水着特集……お楽しみはCMの後で!』
「ん〜……どの世界でも大事な所でCMなのね…」
カヅチは静かにコーヒーを啜って背伸びをした。
「んんんー……なんか平和だなぁ〜」
窓の外からは、魔獣たちの賑やかな声が聞こえてくる。かつて世界を救うために戦っていた男が、今ではコーヒーを片手にテレビを楽しんでいる。
本人にとっては、これ以上ない平和な日常だった。
その時……。ドンドンドンドン!!
「ん?激しっ!」
突然、部屋の扉が激しく叩かれた。
「カヅチィィィ!いるか!」
「へっ?!魔王様?」
カヅチが扉を見る。ドンドン!
「はいはい、今開けま……」
バキィィィン!!
「…………へっ?」扉が吹き飛んだ。
その視線の先には、気まずそうな顔で壊れた扉を持つル・セポネが立っていた。
「「…………」」無言で見つめ合う二人。
扉の残骸が床に転がる。
カヅチは壊れた扉とル・セポネを交互に見た。
どう考えても、修理するのは自分なのだろう。
コーヒーを飲んでいた数秒前の平和が、早くも恋しかった。
「……ノックで毎回壊すんですか?」
「すまん……次は気をつける」
ル・セポネは壊れた扉を壁に立てかける。
「そんなことより出掛けるぞ!準備しろ!」
「えっ?どこにですか?今から魔界TVでサキュバス水着特集が……」
「……それは録画しとけ。あとでゆっくり見ればよいだろう」
「……まあ、それはそうですけど」
「それと、お主の箒の特殊効果は今、何がある?」
「えーっと……【修復】【油汚れ】【血液除去】【水拭き】ぐらいですけど」
「ふ〜む、それだけあれば十分だな」
ル・セポネが満足そうに頷く。
「よし、行くぞ!」
「だからどこにだよ!」
ル・セポネの目がギロリと細くなる。
「今の言葉……それは妾に言っているのか?」
一瞬でカヅチは立ち上がった。
「はい。魔王様。カヅチ準備できました」
「ふふ、それでよろしい!」
カヅチは箒を肩に担いで小さく呟く。
「まったく……強引な魔王だなぁ」
「んっ?何か文句言ったか?」
「いえ、何も…」(目がこぇぇぇ)
二人は転移魔法陣のある部屋へ向かった。
巨大な魔法陣の中央に立つ。
「よし、今から東のイグニートの城に行く」
「イグニート?」
「あぁ、前回の勇者に殺されてしまったからな…。そういえばカヅチが来たのは南からだったな…」
「えへへ!あの時はお騒がせしました……なるほど!東の城の掃除ってことですね」
カヅチは箒を握り直した。
「あぁ、そうだ。では、行くぞ」
「はい。了解です」
ル・セポネが魔力を流す。魔法陣が眩い光を放った。
次の瞬間……視界が真っ白になった。
◇◇◇
目を開けたカヅチは、一瞬、言葉を失った。
「……うわっ!あの勇者、随分派手にやったなぁ…」
目の前に広がっていたのは、かつては巨大な城だったであろう場所。
壁は崩れ、柱は折れ、屋根には大穴が開いている。
石畳には巨大な斬撃の跡が走り、城壁の一部は跡形もなく吹き飛んでいた。辺りには魔獣たちの死体が転がっている。
「……これ、全部……」
「あぁ、前回の勇者がやった… イグニートは、この東の城を守っていた妾の四天王だ」
ル・セポネが静かに答える。普段の明るい表情とは違う。その顔には、僅かな寂しさが浮かんでいた。
魔王として数多くの戦いを経験してきた彼女にとって、眷属を失うことも初めてではないのだろう。
それでも、仲間が倒れた城を見つめる横顔には、いつもの豪快な笑みはなかった。
カヅチは周囲を見渡した。そこには、戦った痕跡だけが残っている。
「……じゃあ、まずは……消化スライムで死体を処理しますか」カヅチは瓶を取り出した。
「待て」
「はい?」
ル・セポネが一歩前へ出る。
「今回、それは必要ない」
「え?」
ル・セポネが片手を掲げる。
黒い魔力が周囲に広がった。
「“魔王が生きている限り”、妾の眷属は何度でも蘇る」
ル・セポネを見るカヅチ。
魔法陣が地面に広がり、黒い光が死体を包み込む。
やがて指先が動き、身体が震え、閉じられていた目が開いていく。
死の静寂に包まれていた城に、少しずつ命の気配が戻り始めた。
「……え?お、おはようございます!魔王様!」
「……あれ? 俺、死んだよな?」
「あはは!また蘇ったのか!魔王様ばんざーい!」
魔獣たちは次々と立ち上がっていく。
カヅチは呆然とその光景を見ていた。
「いやいや……魔王様、チートすぎでしょ」
「当然だろう!妾は魔王だぞ?」
ル・セポネは大きな胸を張る。
「その理屈で全部解決するの、ずるくないですか?」
「ふふふ。何を今さら」
蘇った魔獣たちを引き連れ、二人は城の奥へ進んでいく。ル・セポネが魔法を使うたび、倒れていた魔獣たちが蘇っていく。
その横でカヅチは箒の柄で壁を叩く。
「【修復】」バキバキに砕けた壁が、みるみる元の形へ戻っていく。
「おお……!」
「すげぇ……!」
「何だ、この箒……!」魔獣たちが驚く。
カヅチは少し得意げに笑った。
「ふふ〜ん!まだまだこんなもん序の口ですよ」
さらに血痕を【血液除去】で消し、油汚れを【油汚れ】で落とし、床を【水拭き】で磨いていく。
一つの汚れを落とすたび、床本来の色が戻っていく。崩れた壁も、散らばった破片も、カヅチの手にかかれば次々と元の姿を取り戻していった。
戦場だった場所が、少しずつ暮らしの場へと変わっていく。
「す、すごい……」
魔獣たちは次第にカヅチの掃除を眺めるようになった。
そして城の最奥➖➖
大きな扉の向こうに、一人の男が倒れていた。
赤い髪。鍛え抜かれた身体。
その周囲には大量の血溜まりが広がっている。
「イグニート……また派手にやられおって…」
ル・セポネが静かに呟く。そして手を翳した。
空中に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
黒い渦が、血溜まりに横たわる男を包み込んだ。
次の瞬間……、男の目がバチッと開いた。
「……くっそぉぉぉぉ!!また死んだぁぁぁ!!」
イグニートは勢いよく起き上がった。
「あの勇者、絶対許せねぇ!次に会ったら……」
そこでル・セポネに気づく。
「あっ、魔王様。いつもありがとうございます!」
イグニートは姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「あぁ、気にするな…。勇者なら、妾が滅殺しておいたぞ」
ル・セポネは手をひらひらさせる。
「えっ!本当ですか!?あいつ強くなかったですか?」
「強い?あいつが?まだオークのオナラのが強いぞ!」
「ぶっはっ!さっすが魔王様!」
イグニートが嬉しそうに笑う。
その横でカヅチは、血溜まりを見た。
「……じゃあ、俺はここ掃除しますね」
「あぁ、頼む。壊れたところも直してやってくれ」
カヅチは頷き箒を構えた。
血を除去し、床を磨き、壊れた家具を修復する。
テキパキ、テキパキとやる。やがて……
「はいっ!終わりました〜!」
そこには、勇者に襲撃される前とほとんど変わらないほど綺麗になった城があった。
イグニートは目を見開いている。
「す、すげぇ……本当に一日でここまで……こんな箒、見たことねぇぞ……。人間のくせにやるじゃないかっ!」
カヅチは照れくさそうに頭を掻く。
「いやぁ、ほら、箒が優秀なんですよ」
「いや、これはお前の腕だろ!」
イグニートが笑う。その横で、なぜかル・セポネが胸を張っていた。
「ふふん!そうじゃろ?イグニート。」
「えっ?……なんで魔王様が得意げなんですか?」
「なんでって…妾が力を与えた箒だからな!」
「そこですか……でも力はあっても、魔王様、掃除出来ないじゃないですか…あはは」
「あっ……お前、今の顔ちょっとムカついた…。次死んだら生き返らせない決定じゃな!」
「そんなぁ!頼みますよ〜!転生チート勇者強すぎなんですから〜」
三人の笑い声が響く中、こうして東のイグニートの城は再び蘇った。
◇◇◇
魔王城へ戻った二人。
夕暮れの魔王城を、カヅチとル・セポネは並んで歩いていた。
夕陽が城の壁を赤く染めている。
今日一日で、カヅチは壊れた城を直し、失われた命が戻る光景を見た。掃除は、ただ汚れを落とすだけではない。
自分の箒には、まだできることがある。そんな思いが、少しずつ胸の中で形になり始めていた。
「魔王様……俺、目標出来ました…。いつか…“何でも綺麗にできる”魔界一の箒が作りたいですね〜」カヅチは自分の箒を見る。
「ふふふ。そうか!」
ル・セポネが笑う。そして、楽しそうにカヅチの肩を叩いた。
「妾はカヅチなら作れると思うぞ!」
「ほんとですか?あんまり自信無いけど…」
「妾の力を分けたのじゃ、自信を持て!その箒が出来たら、妾の部屋を一番にピカピカに掃除しろ!」
ル・セポネがニヤリと笑う。
「あはは……分かりました。けど、あんまり血を出さないようにお願いしますよ。」
「んっ?それはあいつら勇者に言え!勝手に血を出して弾け飛ぶんだ!」
「いや、勝手には弾け飛ばないでしょう!」
「「あはははっ!」」
夕暮れの魔界に、二人の笑い声が響いた。
魔王を倒せなかった元勇者は、今日も箒を担いで歩いている。世界を救うためではない。
ただ、いつか……どんな汚れも、どんな厄介ごとも綺麗にできる、最強の箒を作るために。
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