魔王城➖➖
その巨大な門を、一人の男が見上げていた。
白銀の鎧は陽光を反射し、腰の聖剣からは神聖な気配が漂っている。背後に控える仲間たちも、それぞれ武器を手にしていた。
金色の髪の男の名は転生勇者。チートン。
「ふふっ!ついに来たぞ……魔王ル・セポネ!」
男は聖剣を抜き放った。刀身から眩い光が溢れ出す。
「あはは!俺は歴代最強の勇者だ!必ずお前を倒して、この世界を救ってみせる!」
◇◇◇
次の瞬間➖➖
「敵襲ぅぅぅ!!」城内に警報が鳴り響いた。
その途端、城内の空気が一変した。
廊下を駆け抜ける魔獣たち。武器を手に取る者。
仲間に声をかける者。さっきまでの日常は、あっという間に戦場へと変わっていった。
「敵襲!敵襲だぁぁぁ!!」
「勇者が来たぞ!」
「魔王様のところへ行かせるなっ!」
「全員、戦闘配置につけ!」
廊下を魔獣たちが一斉にバタバタと駆けていく。
食堂では皿を割りながら洗っていたオークが包丁を握り、厨房から飛び出してきた。
「勇者だと!?この前の奴より強そうだってよ!」
「マジかよ!」「どうする!?」
「どうするも何も、魔王様を守るんだよ!」
別の廊下では、ゴブリンたちが武器を手にしている。
「おい!新入りはどこ行った!?」
「カヅチのことか!?」
「そうだ!あいつ、まだ城の構造に慣れてねぇだろ!探せ!」
◇◇◇
その頃カヅチは➖➖
「んっ?……なんだ?この騒ぎ…また誰か来たのか?」
廊下を箒を担いで歩いていたカヅチは、突然現れた魔獣たちに囲まれていた。
「カヅチ!」
「え?どうした?」
「こっちだ!早く!」
「ちょ、ちょっと待ってください!俺、まだ掃除の途中……」
「ばかっ!掃除は後だ!早く来いっ!」
腕を掴まれ、そのまま引っ張られる。
「勇者が来たんだ!戦闘が始まる。お前はここに隠れてろ!」
「えっ……?」
カヅチが連れてこられたのは、廊下の隅にある物置だった。
「ここなら見つからねぇ!」
「いや、でも、俺も一応……」
「ダメだ!」別の魔獣がカヅチの肩を掴む。
「お前は戦えないんだろ?」
「あはは……まあ……最近は掃除のほうが得意で」
「なら、なおさらだ!」
「いや…でも、俺、元勇者なんですけど……」
「……掃除の?」
「……いえ…世界を救う方の…」
魔獣たちは一瞬だけ顔を見合わせた。
「……ぷっ、いいから隠れてろ!」
「はい……」(めっちゃ笑われたんだけど…)
カヅチは物置の奥へ押し込まれた。扉が閉じられる。
「呼ばれるまで絶対に出てくるなよ!」
「はい。分かりました」
カヅチは小さく息を吐いた。
(……なんだよ。みんな、優しいんだな)
その直後➖➖
ズドォォォン!!城全体が大きく揺れた。
「うわっ!激しっ!」
物置の棚からバケツが落ちる。
続けざまに、轟音が響いた。
「来るぞ!」
「全員、魔王様の前に立て!」
「絶対に通すな!」
大広間へ続く扉の前。
魔獣たちが武器を構え、勇者たちを睨みつけていた。
「来やがったな!ここから先へは行かせん!」
「魔王様には指一本触れさせねぇ!」
勇者チートンが聖剣を構える。
「どけっ!お前たち雑魚に用はない!前に立つなら皆殺しだ!!」
「だったら…… 俺たちを倒してから行けぇぇぇ!!」オークが小さな包丁を構えた。
魔獣たちが一斉に飛びかかろうとする。
その時…「……ふふ」
大広間の奥から、笑い声が聞こえた。
「もうよい…無駄に死ぬことはない…」
魔獣たちが一斉に振り返る。
大広間の扉が開き、玉座に座るル・セポネは迫り来る勇者たちを前にしても動じなかった。
巨大な斧を肩に担ぎ、口元には余裕の笑み。
まるで、これから始まる戦いを楽しみにしているかのようだった。
「魔王様!お下がりください!こいつは俺たちが……」
「構わん!通せ!」
ル・セポネが足を組み直す。
「勇者が妾に会いたくて、わざわざここまで来たのだろう?ならば、通してやれ」
ル・セポネは口元を吊り上げ、巨大な斧をギュッと握り直す。
「……妾が、生まれてきたことを後悔するぐらい其奴を滅殺してくれるわっ!!」
「魔王様ぁぁぁ!!」魔獣たちが一斉に後退する。
勇者は聖剣を握り直した。
「魔王……!ル・セポネェェェェ!!」
「くくく、騒ぐな…大声大会ではないぞ…。早よう来い、転生勇者」ル・セポネが笑う。
その瞬間。魔王と勇者の戦いが始まった。
大広間に響き渡る声。その先で、ル・セポネは玉座に座ったまま、欠伸をしていた。
そしてル・セポネはゆっくりと立ち上がり、肩に巨大な斧を担ぎ、クイクイと手招きする。
「俺を!舐めるなぁぁぁ!!」
勇者が駆け出す。床を蹴った瞬間、身体が光に包まれた。速い。
弱い魔物なら一瞬で見失ってしまうほどの速度だった。
勇者の聖剣がル・セポネの首を狙う。
聖剣が風を切り、ル・セポネの首へ迫る。
だが、ル・セポネは一歩も動かなかった。
「ふふ、早くて見えてないのか!!もらったっ!!」
だが……ガキィィィン!!
「なっ……!避けない?だと?」
ル・セポネは避けずに首に力をこめただけで聖剣を弾き飛ばした。
「どうした?その程度か?もう少し力を入れねば妾の首を刎ねられんぞ!?」
「くっ!」勇者が距離を取る。
仲間たちが一斉に魔法を放つ。
炎、雷、氷。無数の最強チート魔法がル・セポネへ殺到する。
「ふんっ!鬱陶しい!!」
ル・セポネが腕を振る。
それだけで、全ての魔法が霧散した。
「えっ、嘘……でしょ……」勇者の仲間が呟く。
次の瞬間……。
ドゴォォォン!!ル・セポネの拳が床を砕いた。
衝撃だけで勇者たちの身体が吹き飛ぶ。
「「「ぐあああっ!」」」
壁に叩きつけられ血を吐く勇者。それでも立ち上がる。
「まだだ……!」
「ほう?元気だな…」
勇者の身体から凄まじい光が溢れた。
「これが俺の最終奥義だぁぁぁ!!」
聖剣を両手で構える。光が巨大な剣へと変わっていく。
そして……。
「喰らえぇぇぇ!!」勇者が突撃した。
ル・セポネはそれを見て笑ってしまった
「あはは!うん。よい技じゃ!」
その瞬間、ル・セポネの身体から、桁違いの魔力が噴き出した。
「だが、残念!……妾には届かぬ」
斧が真っ直ぐに振り下ろされる。
風を切る轟音。衝撃波。大広間の床が大きく陥没する。
勇者たちは血だらけで倒れていた。聖剣は折れ、鎧は砕け散っている。
戦いの痕跡が、大広間一面に広がっていた。
砕けた床。散乱した武器。血に染まった石畳。
つい先ほどまで激戦が繰り広げられていたとは思えないほど、周囲は静まり返っていた。
そして静寂の中、ル・セポネが周囲を見渡す。
「ふむ……また汚れたな…掃除が必要だ。カヅチを呼んで来い!」
ル・セポネの声に急いで走る魔獣。
しばらくするとそこへ……。
「あの〜、お呼びでしょうか?」
箒を肩に担いだカヅチが現れた。
「おお、来たか!カヅチ!」
「はい」
「ここの掃除を頼む!」
「分かりました」
ル・セポネは一瞬、倒れた勇者を見た。
「カヅチよ……勇者には何も言わんのか?」
「だって…もう死んでますよね?」
「うむ!完全に滅してしまった…」
「じゃあ…掃除します」
「お主…割り切りが早すぎぬか?」
カヅチは倒れている勇者の装備を剥がし拾い上げる。
「おっ。これ、結構いい装備ですね?」
「それはきっと、勇者の伝説の装備だぞ?欲しければ持っていけ!」
「伝説!?ラッキー。じゃあ、箒の材料にしようっと」
カヅチが魔王から与えられた力を発動させる。
聖剣が光に包まれた。聖剣や鎧が砕けるように分解され、魔力の粒子となって舞い上がる。
そして……。ガシャァァァン!!
無数の光が、カヅチの持つ一本の箒へと集約されていく。
「おしっ!完成……!」
【特殊効果・油汚れ落とし】
カヅチの手にあったのは、銀色の柄と、淡く光る穂先を持つ新たな箒だった。カヅチは満足そうに頷く。
「うん。前のより性能よくなったな!」
「……こやつの聖剣を箒の材料にしたのか?」
「はい!ダメでしたか?」
「いや…構わんが……勇者とは何なのだろうな?」
「さあ?勇者を辞めた俺には分かるわけもありません。さぁて!掃除しますか?」
カヅチは笑い箒を構えた。
「あぁ、頼んだぞ!終わったら妾のところに来い!」
◇◇◇
床一面に広がった血。砕けた石。折れた武器。散乱した鎧。カヅチは黙々と掃除を始める。
血や肉体は瓶から取り出した消化スライムに処理させ、瓦礫は箒でまとめる。箒の柄で床を叩く。
【修復】みるみると元に戻る。
「やっぱり便利だな〜。この箒とこのスライム」
スライムはぷるぷると揺れながら処理していく。
「よしよし。可愛いやつめ!」
やがて大広間は、何事もなかったかのように綺麗になった。カヅチは箒を肩に担ぐ。
「さてと…魔王様の所に報告に行くか…」
◇◇◇
掃除を終えてカヅチが向かったのは、魔王城のトレーニングルームだった。
「掃除終わりました」
「そうか!ご苦労!入れ!」
カヅチは扉を開ける。そこには……
「12,008回……12,009回……」
十トンはあろう巨大な重りを背中に乗せ、腕立て伏せを続けるル・セポネがいた。
「13,000……13,001……13,002……」
トレーニングルームには、重りの軋む音とル・セポネの掛け声だけが響いていた。
十トンもの重さを背負ってなお、腕の動きに衰えはない。
先ほど勇者を圧倒した力は、決して生まれつきのものだけではなかった。カヅチはしばらく無言で眺めた。
「その強さ……努力の人なのかよ……」
ル・セポネは腕立てを止めない。
「あはは!当然だろう。強さとは日々の積み重ねよ」
「いや……十トン背負って腕立てする人、初めて見ましたけど」
「ふっ、まだまだじゃ!次は二十トンにする予定だ」
「いや、生き様が魔王すぎ……」
カヅチは部屋の中へ一歩入る。
一呼吸したその瞬間……
「……ん?」カヅチの足が止まった。
「なんだこれ?なんか……頭がクラクラする」
「どうしたんじゃ?」ル・セポネがニヤリと笑う。
「ふふ、妾の汗を嗅ぎすぎると魅了されるぞ……」
(ふふふ、可愛いやつめ♡もう妾に飛びつきたくなっておるのだろう?…仕方がない…可愛がってやろうか?」
カヅチは少しだけ理性を保とうと意識を集中した。
「……あっ」
「ん?どうした?たまらないのか?」
「魔王様。ここの汗の掃除も終わりました」
「ちゃんと妾の話を聞けぇ!!あと、魔王に魅了されないとかどんな聖人君子じゃ!」
そしてル・セポネは笑いながら立ち上がる。
「ふふふ。まぁ、良い。可愛い顔をしおって!ご苦労!!」
「はい。またいつでもお呼びください。」
するとル・セポネは着ていたスポブラとショートパンツを脱ぎカヅチに渡す。
「これの洗濯も頼む!」
「はい。分かりました。」
カヅチは一礼し、箒を肩に担ぎ、部屋の外に出る。
なぜか脱いだ洗濯物に顔を埋め思いっきり深呼吸した。
「ぷっはぁ!なんかクラクラする……でも癖になるなぁ…」
今日も魔王城はとっても平和だった。
……勇者が一人死んだことを除けば。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。