魔王城から続く森の道をしばらく歩き、抜けると、遠くに大きな城門が見えてきた。
ここは魔王城に最も近い、人間側の南の最後の街。
魔王討伐へ向かう冒険者たちは、ここで最後の準備を整え、魔王領へと旅立っていく。
かつてのカヅチも、仲間たちとここを通った。
何度も訪れた場所だった。
「……おぉ、よかった…道に迷わないで…」
カヅチは足を止める。高くそびえる城壁。
巨大な門。その前には何人もの兵士が立ち、行き交う人々を厳しく確認している。
「うわぁ……なんか懐かしいなぁ」
肩に箒を担ぎ直し、カヅチは門へと歩いていく。
しかし門に近づくと……
「止まれッ!!」
「うおっ!?」
門番の男が槍を構え、カヅチの前に立ちはだかった。
「お前……今、魔王城の方から歩いてこなかったか!?」
「え? あ、はい」
「まさか……人間に化けた魔物かっ!」
「いやいやいや!ちゃんと人間だよ!そんな、物騒な物を俺に向けるなよ……」
槍の穂先がカヅチの目の前まで迫る。
「では貴様、何者だ!人間だと証明しろっ!」
「あーはいはい……え〜っと、ここにあったかな?」
カヅチは懐を探り、一枚のカードを取り出した。
「あった、あった。これ、見てもらえます?」
「んっ?ギルドカード……?」
門番がカードを受け取る。そして……目を見開いた。
「はぁ?……SSランク……?」
「あはは、まあ、昔のですけど」
「SSランクだと!?」
門番の顔色が変わった。
「ま、まさか……この名前……」
「はい。カヅチです」
「あの、勇者カヅチ!?」
「はは……元、ですけどね…」
次の瞬間……
「し、失礼しましたぁぁぁ!!」
「いや、そんなに畏まらなくても……」
先ほどまで槍を向けていた門番が、深々と頭を下げる。
「どうぞ! 街へお入りください!」
「ありがとうございます」
カヅチは苦笑しながら門をくぐった。
「はぁ……」そして小さく呟く。
「あはは。元勇者ってのも、役に立つな……」
かつては魔王を倒すために通った道。
今は魔王城の清掃員として、魔族の買い出しに来ている。人生とは、分からないものだ。
そんなことを考えながら、カヅチは久しぶりの街を歩き始めた。
「まずは汐那さんの櫛だな」
懐から買い物メモを取り出す。
「櫛を買って……それから、箒の材料になりそうな物も探して……あっ、魔王のおつかいもしないと…」
視界に武器屋が入る。
「おっ、懐かしい〜。なんか掘り出し物あるかな?」
ふらりと店内へ。
「おぉ……相変わらずいっぱいあるなぁ」
剣、槍、斧、弓。昔なら目を輝かせていた武器の数々。だが……。
「……これ、血がこびりついたら掃除大変そうだな」
カヅチを見て店主が微妙な顔をする。
「いや、なんでそんな目で見るんです?掃除大変だと困るじゃないですか?」
「うちは攻撃力重視だっ!」
「……あはは…失礼しました」
◇◇◇
次に防具屋。
「この鎧、格好いいなぁ」手に取る。
「……でも隙間に泥が入りそうだな」
◇◇◇
そして魔具屋。
「おっ!これ面白い!」
魔法道具を眺めながら、カヅチの目が輝く。
「この素材……箒の素材に使えないかな?うわっ!たっか!!お試しで使える金額じゃないなぁ…」
勇者だった頃とは、完全に見る場所が変わっていた。それでも久しぶりの街歩きは楽しかった。
「ん〜……たまにはこういうのも悪くないな」
◇◇◇
「よし。汐那さんの櫛も買ったし、魔王様のおつかいも終わったでしょ……あ」
買い物を終え、呟きながら街を歩いていると……カヅチの足が止まった。見覚えのある看板。
「まだあったんだ……」
そこは、昔から通っていたハンバーガー屋だった。
「……そういえば、魔王城に向かう前にみんなでここで食べたなぁ……」
カヅチは店を見つめる。胸の奥が、少しだけ締め付けられた。
「よしっ!ここでご飯食べて帰るか!」
カヅチは小さく笑いながら扉を開ける。
「いらっしゃい! 好きなところ座って……」
店主が顔を上げる。
「……え?」数秒の沈黙。
「……カヅチ?………お前、カヅチかっ!?」
「あはは……どうも…カヅチです」
店主は目を丸くした。
「お前……どうした…箒なんか持って…あの聖剣は?みんなは?」
カヅチは少しだけ笑った。
「……あはは。なんか俺だけ、生きながらえちゃいました」
店主は何かを察したように、静かに息を吐いた。
「……訳あり、なんだな」
「まあ……はい」
「そっか」
店主はそれ以上聞かなかった。そして、いつものように笑う。
「あはは! まあ、生きてりゃ色々ある。いつものでいいか?」
カヅチの顔が少し明るくなる。
「あはは!うん!」椅子に腰を下ろす。
「ダブルチーズバーガー。パティ増しで」
「あはは!あいよ!少し待ってな」
しばらくして……
「はいっ!お待ち!」
目の前に置かれた大きなハンバーガーとコーラ。
「ありがとうございます…」
カヅチはしばらく、それを眺めた。
そして……
「いただきます」一口、二口。
「……!」カヅチの顔が緩む。
「うんまぁ!」さらに一口。
「これこれ!懐かしいぃぃぃ!」
コーラをゴクゴクと流し込む。
「っぷはぁ!幸せMAX!」満面の笑み。
その瞬間、昔の光景が、ふっと蘇った。
懐かしい味も、包み紙の感触も、あの頃と変わらない。変わってしまったのは、隣で笑う仲間たちが、もうここにはいないことだけだった。
◇◇◇
「うめぇ!」
そう言うカヅチの目の前には賢者、その隣には戦士、そしてカヅチの隣には魔法使い。
四人で笑いながらハンバーガーを食べていた。
「ねぇ?魔王を倒したら、祝杯は何食べる?」
「めちゃくちゃ高いものにしようよ!」
「えっ?いや、俺はこれ三人前でいいかな!」
「あはは!カヅチらしいなっ!」
誰もが信じていた。魔王を倒せば、世界は平和になる。四人で笑って、またこの店に来る。そんな未来が、当然のように続くと思っていた。
◇◇◇
カヅチは、ゆっくりと現実へ戻ってくる。
店内には、客たちの話し声と食器の触れ合う音が響いていた。さっきまで確かに聞こえていた仲間たちの笑い声は、もうどこにもない。
目の前には、食べかけのハンバーガー。
そして自分ひとり。
「ふふっ……」ハンバーガーを見つめ小さく笑う。
「今は魔王城の清掃員、か……」
昔の自分が聞いたら、きっと笑うだろう。
勇者だった男が、魔王にボコボコにされ、土下座して、今では箒を担ぎ、魔族のトイレを掃除している。
「ははは……本当、人生、何があるか分かんないな」
カヅチは残ったハンバーガーを食べようとした。
その時……下品な笑い声とともに店の扉が開いた。
「ひはははっ!!おい!さっきの魔物の声聞いたかよ!マジで笑えたよな!」
「そうそう!」入ってきたのは、若い男女の一団。
転生勇者の証である王国の紋章が入った装備。
その中心には、若い勇者がいた。
「俺にビビって“ごめんなさい”って泣いてやがったぜ!」
「あははは!手足を奪ってから殺すなんて……本当に面白いお方!」
「だろ?あいつらなんか生きてたってしょうがないからな!俺のレベル上げの道具なんだよ!あははっ!」
楽しそうに笑う勇者たち。
それが聞こえた瞬間、カヅチの手が止まった。
ハンバーガーを持ったまま、顔を上げる。
無意識だった。視線が、若い勇者たちへ向いていた。睨んでいた。
手の中のハンバーガーが、わずかにクシャっと潰れた。
カヅチの脳裏に、かつて共に戦った仲間たちの顔がよぎる。あの日守れなかった命。目の前で笑いながら語られる魔物たちの命。
胸の奥で、何かが静かに熱を帯びた。
「あぁん!……なんだよ?」
若い勇者がカヅチの視線に気づく。
「何睨んでんだ?箒野郎!お前なんか文句あんのか?」
カヅチは答えない。
手元を見る。残りのハンバーガー。コーラ。
そして……肩に掛けた愛用の箒。
「ふぅ、……ここじゃ迷惑がかかるな」
カヅチはハンバーガーを一気に頬張った。
もぐもぐ。そしてコーラで一気に流し込む。
ゴクッ。そしてゆっくり立ち上がる。
「魔物だけじゃ飽きるだろ?俺が遊んでやるから、表出ろよ」
店内の空気が、一瞬で凍った。
元勇者と、現役勇者。魔王を倒すはずだった男と、魔物を笑いながら殺す男。
そしてカヅチの手には……一本の箒。
久しぶりの人間の街。その初日は、どうやら穏やかには終わらないらしい。
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コメント 1件
雨音かえる6日前
あかん。 おもろい(笑) ここに来るまでの全5話で、何度『元勇者!』と思わず口に出そうになったことか……(笑) 次回が楽しみ(((o(*゚▽゚*)o)))
『おもろい』の最高の褒め言葉ありがとうございます。 これからも楽しんでもらえるように頑張ります٩( 'ω' )و