ハンバーガー屋の外➖➖
カヅチと若い勇者たちは、店主に見送られながら通りへ出ていた。
「カヅチ……」店主が小声で呼び止める。
「この勇者たちは最近、この辺りで一番魔王に近いパーティーって言われてるんだ……」
店主は心配そうに若い勇者たちを見る。
若い勇者たちの装備には、目立つ傷一つない。
だが、その自信に満ちた態度からは、幾度も死線をくぐり抜けてきた者特有の緊張感が感じられなかった。
「……謝って終わりにしとけ」
カヅチは店主を見ると、ふっと微笑んだ。
そして肩に担いだ箒を握り直す。
「あははっ!そうなんだ…。でもさ……“ 俺たち”は魔王には負けたけどさ……」
カヅチは少しだけ懐かしそうな顔をした。
一瞬だけ、仲間たちの顔が脳裏をよぎる。
「過去最強のパーティーだったと思ってるから……負けないよ」
その言葉に店主が目を見開く。
その言葉を聞いていた若い勇者たちは、鼻で笑った。
「ぷっ!この掃除屋。箒で俺たちと戦うってよ!」
「あははは!私たちのこと、知らないのね」
女魔法使いが笑う。その言葉に勇者が胸を張った。
「そうだな!特に俺の能力は最強って言われてるんだからな!」
「……もう、話終わった?」
カヅチは余裕たっぷりに耳をほじった。
「なっ……!」
カヅチは耳から指を抜く。
そして、勇者たちへ向かって指をクイクイと動かした。
「いいから早く来いよ!全員で来ていいからさ……」ニヤリ。
「舐めやがってぇぇぇ!!」
勇者たちの顔が一斉に歪む。
「全員、攻撃だッ!!」勇者が手をかざす。
「【重力審判(グラビティ・ジャッジメント)】!!」
ズンッ!!突然、カヅチの周囲の空気が歪んだ。
「うおっ……」身体が地面へ引っ張られる。
地面が軋み、足元にヒビが入った。
全身にのしかかる圧力。
普通の人間なら、立っていることすら難しい重さだった。
だが、カヅチは足元を一度見ただけで、さほど慌てた様子もなかった。
「どうだッ!これが俺のチートだ!この重力からは逃げられない!そのまま潰れろッ!!」
勇者が勝ち誇った顔で叫ぶ。
直後、勇者パーティーたちの攻撃。
「【ファイアランス】!!」
「喰らえッ!!」
放たれた炎の槍を追いかけるように仲間の剣士から放たれた斬撃が、重力に縛られたカヅチへ殺到する。
だが……。
「……よっと」カヅチは箒を振った。
カンッ!炎の槍を弾く。
続けて「ほい」ガキィンッ!
斬撃を箒の柄で受け流す。
「なっ!?箒で!?」勇者たちが目を見開く。
「あぁ、びっくりした?この箒、元聖剣だから…あはは」
笑いながら地面へ叩きつけられた斬撃の跡を見ると、カヅチはしゃがみ込んだ。
「うわぁ……ひっどいことするなぁ〜」
地面の大きな傷を撫でながら言った。
「これ、店の前だよ?お前たちいっつもこんな戦い方してるの?」
「……は?」
カヅチは箒の柄を地面へ当てる。
「【修復】」
グッとへこみ、亀裂の入った地面が、ゆっくりと元の形へ戻っていく。
「……よし!これでオッケー」
「「「…………」」」
それを見ていた勇者たちは完全に固まっていた。
カヅチは重力の範囲から身体をすっと外す。
「あのさ〜……今の本気か?」首を傾げた。
顔を見合わせて誰も答えられない。
カヅチはため息をついた。
「ふぅ〜、なら、魔王に挑むのはやめときな」
「なに……?」
「命の無駄だよ…それより、今の仲間との楽しい思い出を作ったほうがいい」
カヅチは箒を肩へ担ぐ。その言葉に、勇者の顔が歪んだ。
「俺を舐めるなぁぁぁッ!!俺は転生勇者だッ!!」
手をかざす。周囲の空気が再び歪む。
「魔王を倒して、この世界でハーレムを作る!そしてチヤホヤされて生きるんだぁぁぁ!!」
さらに力を込める。
カヅチは呆れたように息を吐いた。
そして残念な顔で勇者を見つめる。
「はぁ……なぁ?勇者君?」
「なんだッ!今さら命乞いか!?」
「するかよ…それって……MAX何トンまでいけるの?」
「うるさいッ!!」
勇者が叫び、口元を歪める。
「MAX五トンだ!!怖いだろ?お前はぺちゃんこだッ!!」
「……あぁ、五トンか」カヅチは少し考える。
「こないだあの人、十トン背負って腕立てしてたよな……てことはあの人のトレーニングの半分くらいか」
「……は?」勇者が少し気を抜いた次の瞬間。
カヅチの姿が消えた。
「なっ!?どこ行った!」
重力場から抜け出し、勇者のすぐ近くまで身体を滑り込ませる。勇者が気を緩めた、ほんの一瞬。
その隙を、カヅチは見逃さなかった。
勇者の目の前に、カヅチの顔があった。
「この世界に“転生勇者が自分一人”だと考えるのは、浅はかだな……」
「な……に……?」
カヅチは微笑んだ。
「君には、少し痛みと苦しみを考える時間をあげるよ☆」「【一日千秋(いちじつせんしゅう)】」
一瞬、カヅチの手が輝き勇者の体に触れる。
その瞬間、勇者の瞳孔が大きく開いた。
「…………ぁ…ぁぁ…ああああっっっ!!」
何かを見た。何かを感じた。
だが、それが何なのか……周囲の誰にも分からない。ただ、勇者本人だけが知っていた。
終わらない恐怖。逃げても逃げても終わらない。
恐怖と畏れの一日が千日にも、千年にも感じられる。
そして……現実では、ほんの数秒。
勇者は白目を剥き、口から泡を吹いた。
そのまま膝からドサっと崩れ落ちる。
「…………ひっ、ひっ、………」
静寂。仲間たちは呆然と勇者を見つめていた。
カヅチはニッコリと笑う。
「どうする?君たちもまだやる?」箒を肩に担ぐ。
「ひ、ひぃっ!」
「に、逃げろぉぉぉ!!」
勇者パーティーは、倒れた勇者を抱えて一目散に逃げていった。
その背中を見送ったカヅチは、周囲を見渡す。
「……はぁ…けっこう壊されたな…」
地面にはヒビ。壁には傷。店の前は見るも無残な状態になっていた。カヅチは箒を握り直した。
「まっ!今は掃除スキルもあるから!よしっ!……掃除して帰ろ!」
シュッ。シュッ。黙々と掃き始める。
しばらくして、店主が店の前へ出てきた。
綺麗になっていく地面を見つめる。
そして、カヅチの背中へ問いかけた。
「……その力でも、魔王には届かなかったのか?」
その問いに箒の穂先が、地面に触れたまま動かなくなる。
かつて命懸けで挑み、そして敗れた相手。
その名を聞いても、カヅチの顔に浮かんだのは怒りでも憎しみでもなかった。
そして、少しだけ寂しそうに笑った。
「……魔王には、会えたよ」
その言葉に店主が息を呑む。カヅチは振り返る。
そして……
「ぜっんぜん敵わなかったけどね!」
満面の笑みで頭を掻く。そして少しだけ遠くを見る。
「本気のボッコボコ!あははっ!あいつ、マジの化け物すぎ……でも……絶対殺さなきゃいけない相手とは……今は思えないんだ」
カヅチの声が、ほんの少しだけ静かになる。
店主は何も言わなかった。
カヅチは箒を肩に担ぎ、そして笑う。
「あははっ!騒がしくしちゃって、ごめん。たぶん、また来ます。魔王城の買い出し係なので!それじゃ」
カヅチは街の中を歩き始めた。
店主は、その背中をしばらく見送る。
かつて魔王討伐へ向かった勇者は、もうここにはいない。代わりに街を歩いていくのは、箒を担いだ一人の清掃員だった。
そして……綺麗になった店の前を見渡した。
「あいつ……掃除、上手いなぁ」ぽつり。
その言葉だけが、夕暮れの街に小さく残った。
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