霧の充満する中、隠は乱れた息を整える。人形の瓦礫の中で大の字に倒れていた。
『ふむ、妖力でこの建物は動いておるな』
霧が人形の中に入り込み、形を成す。人型を取り戻し、黒髪が伸び、小僧の姿を取る。赤い火の玉が、鬼の角のように額から発生した。
朧の姿であった。
『あー、あー』
首元を抑えながら朧は声を何度か出す。くぐもった声から少しずつ、なじみのある声に変わっていく。
「あー、あー、よし大丈夫じゃな」
「それで、どうするの」
「壊す」
腕を回しながら、朧は答える。なぜか人形の片手をもぎ取って、空いた手で壁に拳を当てた。
「ほい」
拳を押し込むような動きをしたかと思えば、壁にひびが入り、崩壊した。同時に、拳を当てていた手が砕け散る。そこへ持っていた片手をくっつけて再生した。
「相手のお遊びに付き合ってやる義理はない」
また人形の残骸から片腕を拾って、崩壊した壁の先へ行く。また、壁の砕かれる音が響いた。
隠は熱を呼吸で吐き出して、落ち着いてから朧を追いかける。
不思議と、朧が壁を破壊し始めてから、像の類は一切動いていなかった。
「何してるの」
「相手の妖力を吸ってわしの力にしてな。後は見ての通りじゃ」
「妖力で動いてたの」
「わしもこんな大がかりな仕掛けに使われてると思わなんだ。半信半疑じゃったが、妖の力としてじゃなく動力として単純な使われ方をしておる」
壁を破壊し、こちらに振り向く。
「壁や人形に供給されるだけ。わしはそこの線に割り込んでいるだけじゃ」
つまり元々人形や部屋に注ぎ込まれる妖力を朧が盗み取っているようだった。
壁を破壊し続ける朧と、その後ろをついていく隠。
「迷路であれば付き合ったのじゃがな。殺す為だけの装置に踊らされるわけにもいかん」
「そうね」
迷路であっても、隠はごめんだが。
「最近おかしいと思ってることがあってな」
「何」
「人為的なものを感じるんじゃ。この建物も、以前戦ったことのあるいくつかの妖もどきもな」
「例えば」
「夢見の木に寄生していた黒い木とかな」
夢見の木という周りを豊かにする木が、黒い木を植えつけられて、真逆の性質になっていたことがあった。
「衣蛸と一緒に戦った貝もそうじゃ。まるで縄張り争いをさせたような、誰かの壺の中で蟲毒でもさせられている気分になる」
「蟲毒って」
「陰陽師どもがたまにやる儀式よ。壺の中に虫どもを入れて共食いをさせて、生き残ったものを祀り上げる」
「聞くんじゃなかったわ」
やっていることはわかるが、やっている意味が理解できない。壺の中でひしめき合う虫を想像し、さすがに気持ち悪くなった。
「今回もこういう建物をつくってみたかっただけ、のような感じがするのだ」
「何をしたい、じゃなくてどうなるかを知りたかった」
隠が呟くと、驚いたように朧が振り返る。そして指を鳴らした。
「それじゃ」
拳で壁をぶち破る。
広い空間に出た。
円形状の部屋だ。その部屋の中心には、獣がいる。
「何、あれ」
「知らぬ」
狼の頭部。大男の体。蛇の尻尾や熊の前足、鷲の翼、虎の脚。
様々な生き物の部位を組み合わさった体。その背中に、刀が突き刺さっている。
ゆっくり狼の頭部が持ちあがる。そして朧と隠を見ると咆哮を上げた。
鳥が吐き出すような、耳を劈くような高音の鳴き声が、部屋中に響き渡る。思わず、耳を塞がずにはいられなかった。
そして、上下の歯に稲妻を走らせて、吐いた。
雷が息吹となって朧と隠を襲う。
「動くなよ」
朧が隠の前に出て、右腕に紫電を纏わせる。そして拳を突き出した。
息吹と拳がぶつかり合う。互いの紫電が喰い合っている。その中で、朧の仮の体は少しずつ削れていく。
「隠! 一撃であいつを倒せるか?」
「やってみる」
「よし。わしの体が壊れたら武器になる。希望を言え」
「槍よ」
「承知っ!」
呼吸をする。
気を妖力にくべる。胸の内にある炎が燃え盛る。額が異常に熱くなり、着火した。
「すぅー、はぁー」
熱を吐き出す。
息吹を相殺して、朧の体をつくっていた人形が砕ける。人形から出た霧が、隠の手に集まり、槍を形成した。
逆手に槍を持ち、担ぐように構える。穂先が前に向けられるように、腕を引き絞り、槍へ妖力を集中させる。
怪物は上空を飛んでいた。息吹を目くらましにして移動していたらしい。
翼を畳み、急降下してくる。爪を振り上げ、落下に任せて爪を突きつけてきた。
息を止める。
目をこらし、刹那を見極める。
ゆっくり時が流れるように錯覚した世界で、爪が隠に到達する直前。それだけを待つ。
そして、時は来た。
後ろに思い切り跳ぶ。
爪が床に喰いこみ、砕けた木材が弾き上げられる。見誤れば隠が木っ端微塵となるところであった。
槍を握りしめる。
身をよじりながら、ありったけを注ぎ込んで、投げた。
頭から貫く。
雷鳴のごとく投擲された槍は怪物の体を額から尾まで串刺しのように貫いた。その余波で傷が広がり、槍の周りに空間ができるほどだった。
激しい金属音を響かせて刀が背中から抜けて弾き飛ばされる。刃が真っ二つに折れていた。
履き物をすり減らしながら、両手両足を使って着地する。
「はぁ、はぁ」
火を消す。
どっと汗が噴き出してきて、内側を熱が支配する。
槍が霧に変わって、隠に戻る。
「やった?」
『間違いなくやった。あの刀、妖刀の類だろう。あれを動力に化け物や建物を動かしていたようだからな』
「じゃあ……」
建物が揺れ始める。轟音を立てながら、どこかの柱が倒れてきた。
「崩れる!?」
『逃げるぞ!』
隠は立ち上がると急いでその場を後にする。
怪物は瓦礫に潰されて見えなくなった。
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