【裏門】
扉が開く。
ゆらり、とゆっくり影が動く。
「……さすがに気持ち悪いな」
現れた十体ほどのゾンビに、タケトは顔をしかめた。
だが、カシムからもらったナイフを目の前に出して、嬉しそうに笑う。
「……これは助かるな。 あんなの、素手で殴れねぇ」
『あんなの』とは、もちろんゾンビのことだ。
生きている人間とあまり変わらないゾンビもいるが、大半ははらわたが飛び出ていたり、目玉が落ちかけていたりと生理的に受け付けない見た目のものばかり。
……正直、触りたくない。
また、かすかに漂う腐臭がさらに嫌悪感を増す。
再び顔をしかめるタケトだが、その思いを消すように首を横に振る。
「……気合、入れないとな。 アイツらのためにも、俺のためにも」
無慈悲に村を滅ぼされたカシム達のためにも。
そして、それに同情して協力を申し出て、ケガをしたり、死んでしまわぬように。
「――【能力】の試運転にも、ちょうどいいしなぁ」
ここでなら、誰にも見られない。
【能力】を使うなら絶好の環境だと、タケトは思っていた。
カシムはタケトに言った。
『仲間であっても簡単に教えてはならない』と。
タケトは、すでにそのことを理解していた。
敵に【能力】を知られることは、基本的に避けるべきである。
もちろん理由は、『対策・対応されてしまうから』。
そして知られなければ、相手は『能力でできるあらゆる可能性』を考える必要がある。
カシム達は敵ではない。 仲間だ。
しかしだからと言って『能力を教えても大丈夫』とは決して言えない。
彼らが皆警戒しているのは、それもまた【能力】なのである。
『相手の思考を読む力』『相手の記憶を探る力』――そんなものがあれば、話さずとも【能力】を知られてしまう可能性がある。
タケトは、ルシファーに教わったのではなく、カシムに言われて気付いていたのでもなく。
自分の【能力】を作成した時点で、このことに気付いていた。
タケトは右手にナイフを持ち、左手を上に向けて手を広げた。
その左手には、オーラが集まる。
オーラは、徐々に『ある物質』を形成した。
――黄色の球体、中心に①
それは、ビリヤードの①の球。
質量を持たず、タケトの左手の上で、ふわふわと浮いていた。
「さて、どんなもんか……ね!」
タケトはその言葉とともに、①の球に向かってナイフを振るう。
ナイフは、そこに何もないかのように球をすり抜けた。
はたから見れば、何も起こってはいない。
しかしタケトはニヤリと笑う。
「いけ――【①(アッド)ボール】」
【①ボール】はふわふわとゾンビの群れに飛んでいく。
ゾンビはゆらゆらと、それを気にした様子も見せずにタケトに向かって進む。
そして――一体のゾンビの右腕付近に触れる。
【①ボール】は、『パン』と弾けた。
触れたゾンビの右腕は、綺麗に切り落とされる。
それどころか、その斬撃は首にまで達していた。
「……おぉ、想定以上だな」
【①(アッド)ボール】――増幅する球。
その球が受けた、例えば『斬撃力』『衝撃力』などを一度吸収し、増幅したのちに放つ球。
タケトは『ナイフの斬撃力を増幅し、ゾンビに放った』のである。
「次はもう少し増やしてみるか」
タケトの周囲には、【①ボール】が3つ現れる。
そのうちの一つを、ナイフで切りつけた。
ナイフの斬撃力を保持した【①ボール】は、別の【①ボール】に触れ、消える。
そして更に、別の【①ボール】に触れ、最終的には一つだけになる。
「三回分の増幅――さて、どんなもんかな」
一つ目の球が斬撃力を増幅する。
二つ目の球がそれをさらに増幅する。
そして三つ目の球が、二度増幅された斬撃力をもう一度増幅する。
【①ボール】はゾンビのもとへ飛んで行き――そして割れた。
――ガキィィン! という、大きな金属音が響く。
【①ボール】は、五体のゾンビを真っ二つにした上さらに、外壁に大きな傷を残す。
「……うわ、やりすぎだなこりゃ」
そう言いながらも、その結果にタケトは満足そうに笑みを浮かべた。
タケトは自身の能力を【ナインボール】と名付けた。
①~⑨まで、それぞれ異なる能力を付与した球を操る。
ルシファーからのアドバイスと、自分自身がありとあらゆる場面に対応できるようにと考えたものであった。
しかし無条件に何でもできる、とはもちろんならない。
例えば【①(アッド)ボール】で百回分増幅できたとしたら、とてつもない威力になるだろう。
だがそれはできない。
おそらくそうなる前に制御不能になるか、自身のオーラの上限を超えて消えてしまうからだ。
タケトはこの能力に明確なルールを作った。
そうすることで能力は安定し、そうしなければ使えない能力もあった。
ルールは以下のとおりである。
1:各番号の球には、同時に使用できる個数の上限がある。
①の球は最大九個、②の球は八個、③の球は七個……と、番号が大きくなるほど使用可能な個数は減っていく。
2:番号に関係なく、同時に使用できる球は合計九個まで。
例えば、①の球を七個使用しているなら、ほかに使用できる球は二個までとなる。
3:同時に使用する球の『番号の種類』にも制限がある。
使用する球の番号を足し合わせ、その合計が『9』を超えてはならない。
ただし、同じ番号の球を複数使用しても、その番号は一度しか数えない。
例えば、②の球を八個使用しても、計算上は『2』となる。
また、②と⑤を同時に使用する場合は『2+5=7』なので問題ないが、④と⑥では『4+6=10』となるため、同時使用はできない。
また独自のルールを持つ球も存在する。
もちろんタケトはすべて把握しているし、何より気に入っている。
――こういうパズルみたいなのが性に合っているんだよな
そんな風に思っていた。
【左門】
ニールが左門についた時、他の扉のようにゾンビがわらわらと現れるようなことはなかった。
もちろん他の状況を知らぬニールにとって、それは特に違和感とはならない。
――が、嫌な気配は感じた
扉まであと数歩――というところで、前に進むのを躊躇ってしまう感覚を覚える。
イヒカは、洋館の二階部分の窓からカシム達の様子を把握していた。
もちろん彼らに見られていても構わないのだが、できるだけ息をひそめて。
つまり、カシム達に向けられたゾンビの数は、イヒカの意図したものである。
カシムには、二十体。
マライアには、五十体以上。
イヒカにとって謎の人物であったタケトには、十体のゾンビを差し向けた。
これで彼らを倒せるとは、思っていなかった。
ただの、時間稼ぎである。
そして。
イヒカがニールに向けて差し向けた数は。
――二体、である
「――っ!?」
扉が開く。
ニールは、禍々しさが一層増したような気がした。
愛用のレイピアを右手に持ち、構える。
「な……っ!?」
現れたその姿に、驚きの声が漏れる。
サイカ村で見た『ゾンビ』とは、まるで違うもの。
身体は赤黒く、そして何よりも二メートル強はあるであろう巨大な体躯。
分厚い胸板に、太い腕、そして足。
さらに特徴的なのは、頭の生え際あたりに生える、二本の角。
――【オーガ族】
『通称:鬼』とも呼ばれるその種族は、人間と比べて知能はやや低めだが、圧倒的な肉体の強さを誇っていた。
――なぜ……ここに鬼が……まさか――
「――コイツも、『ゾンビ』……なのか?」
他の肉体がボロボロのゾンビとは、印象がまるで違う。
ほぼ五体満足と言えるような状態。
しかし、意思疎通ができるような表情には見えない。
目は白目をむき、口から少しよだれを垂らしている。
戸惑うニールに、耳障りな声が聞こえた。
「ククク――」
それは、鬼の方から。
だが、鬼が声を発しているとも思えなかった。
――何より、聞き覚えのある声だった
「……苦労したんだぜ、コイツをゾンビにするのはぁ」
「……イヒカっ!?」
鬼の巨体に隠れるようにして、
――イヒカは、笑っていた。

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