でもその時。私は重大なミスに気が付いてしまった。脳裏で「揃って嬉しいな」なんて揃った方の牌を考えてた所為で、うっかりその牌を置いてしまったのだ。引いた牌が一番右端にあって一見すると揃っているようには見えなかったからなんてのは言い訳だけど……やってしまった。
「いいよ。いいよ。戻しちゃえ!」
そんな私の声で土倉さんも気が付いたみたいで笑いながらリーチした牌を指差す。
そんな事していいのか、そう思いながらも私はたった今捨てたばかりの牌へ手を伸ばした。
「あー! ルール違反だろそれ」
すると坂井さんは土倉さんを指差した。それにやっぱりダメかと私の手は牌の上で停止。
「いいじゃなーい。初心者なんだからそんなミスぐらい。ならちゃんとこの子に向かってダメって言ってみなさいよ」
その言葉に坂井さんの視線は私へ。初心者の私でも許される行為ではないような気はしてる。だから先に謝ろうとした私だったが――それより先に坂井さんはニッコリ笑みを浮かべた。
「いいよ」
「えっ? いいんですか? でもルール的にはダメなんじゃ……」
「いい! いい!」
大きく手を振り気にするなと言うような坂井さん。
「ほら。俺らプロだからさ。ハンデってやつだよ」
私は手はそのまま他の人へ視線をやってみるが、東雲さんも林川さんも特に気にしてる様子はない。
「じゃあ……ありがとうございます」
それでも一応お礼を言って、私はちゃんと正しい方を捨てた。
そこからは只管に引いてはアガルか捨てるかのどちらかしかないけど、緊張と期待と不安と……何とも言えない混沌とした感情が胸で渦巻き続ける。何かに似ていると思ったけど、それはまるで高校の合格発表だった。緊張の中、番号があって欲しいと思いながら無いかもしれないって不安が茶々を入れて来る。羅列する数字を視線でなぞりながら下へ行けば行く程、心臓は不安を訴えより強く鼓動する。二つの未来が私の脳裏で交差していた。
でも私がどう思っていようとその時はやってくる。
「ツモ」
その声は私の正面から聞こえきた。東雲さんは引いた牌を置き、手牌を公開する。
「はっ!? 九蓮――あぁ清一色か」
目を丸めた坂井さんだったは少しして安堵したように元に戻った。
そんな視線先の牌は、漢数字で染まったもの。私は坂井さんが何に驚いたのか分からず土倉さんに尋ねた。
「ちゅーれんって何ですか?」
「九蓮宝燈って言って、一種類で一と九を三枚ずつ揃えて二から八を一枚ずつ揃える。それと一から九をもう一枚で出来る役。これまた凄いのよ」
「なるほど」
説明を受けて改めて見てみると、東雲さんのは一が三つと二から六が一枚ずつに七と八が二枚に九が一枚。ツモの牌が三。
「清一色は一種類で作る役だね」
もし二枚ある七と八が九だったらもっと良かったって事なんだろうか?
「こっちのは二枚ずつ揃えばいいって事ですよね?」
思い出したように自分の牌を指差した。ここまで三組を四つと二組を一つで覚えていたはずなのに、これはそんな私を嘲笑うかのように二人一組だらけ。
「これはね七対子って言って同じ二枚を七つ揃えたら上がれる役だよ」
「なるほど」
頷きながら改めてあと一枚だった自分の牌を眺めてみる。もしかしたらもっと違った形のアガリ方もあるのかもしれない。そう思うとそれらのアガリ方から取捨選択しゲームを進めて行く彼らの脳内は一体どんな事になっているんだろうと少し不思議に思えてきた。
「こんな朝からやってるねー」
私がそんな事を思いながらとまじまじと東雲さんの牌を見つめていると聞き覚えのある声が。自然と脳裏でその人物を思い浮かべながら顔を声のした方へ。
そこに立っていたは白衣を着た雀部幸先生。年齢はお父さんぐらい(と言っても聞いた事は無いから勝手にそう思ってるだけだけど)で昔からお世話になってる私の主治医の先生だ。
「あっ。先生」
「あれ? 桜咲ちゃんも麻雀するの? 意外だね」
「いやぁ、私は全く分からないんですけど教えて貰いながら一緒にさせて貰ってたんです」
「ツモに関してはここの誰よりも良かったけどね」
自分では良く分からないって言うのが正直なとこだけど、私は褒められてはにかんだ。少しむず痒いけどやっぱり嬉しさが勝っているのが自分でも分かる。
「あっ。先生凄いんですよ! ここのみんな麻雀のプロなんだって」
そんな状況を逸らそうと興奮気味でそれを先生に教えて上げた。
きっと驚くだろう、そう思っていた私とは裏腹に先生は余り驚いてはいない様子。
「プロですよ? プロ?」
聞こえてないのか、私は念を押す様にもう一度。それでも先生の反応は変わらない。
「確かにプロって凄いよね。だって麻雀で食べてるんだからさ」
「何言ってんのー。それ言ったら幸だって医学のプロっしょ。そっちの方が凄いって」
「えっ? もしかして先生達って知り合いなんですか?」
それはラリーすら無い会話だったけど、二人の間からは慣れ親しんだ雰囲気を感じた。
「昔はちょくちょく雀荘に行っててね。それにこの雀卓も僕が医院長にお願いして自腹で置かせて貰ったやつだから」
「そうだったんですか?」
「この先生、結構うまいんだよ。ってきり一緒にプロでも目指すかと思ってたけど、まぁ医学生じゃちょっと時間が足んないか」
「ただの趣味だったし、医学部を蹴ってまで賭ける程あの頃の自分に自信はなかったからね」
まさか自分の主治医が麻雀のプロを目指せる程の人だったなんて。きっと今日、この日この場所で彼らと出会わなければ知る事なく私は一生を終えてたはず。その情報が重要かと聞かれれば、それは分からないけど――でも今の私は何だか貴重な事を聞けたような気がしてた。
「それはそうと優君は調子はどう?」
「お陰様で」
座りながら林川さんは頭を下げた。
「そうだ。幸も一局ぐらい打ってったら?」
「そうしたいけど、まだ仕事が残ってるから。それに桜咲ちゃんもそろそろ戻らないといけないんじゃない?」
そう言って先生は時計を見せてくれた。時計によるともうそろそろ回診の時間だ。
「あっ」
すっかり忘れてしまっていた私はクルリと台の方を向いた。
「それじゃあ私はこれで。楽しかったです。ありがとうございました」
言葉の後、全員へ向け頭を下げた。
「ネットでも出来るから良かったらまたやってみてね」
お礼の後、手を振りながらその部屋を後にした私は先生と一緒に病室へと向かった。
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