「おはよう。桜咲ちゃん」
ドアの向こうから姿を現したのは私と同じ入院服に加えてニット帽を被った同い年ぐらいの男の子――風見春人君。所謂、入院仲間ってやつ。病気の所為で被ってるニット帽だけど、私の中では彼のトレードマークになっている。似合ってるし。
「あっ。春人君」
春人君は病室へ入ってくるとそのまま私のベッドへ腰掛けた。
「今日は元気そうだね」
「金曜日ぐらいから調子がいいんだ」
「金曜かぁ……。じゃあ私に会いに来てくれたのは四日後って事か」
私はわざと意地悪で意味ありげにそんな事を呟いた。
「ごめんごめん。ちょっと家族と外出しちゃってたから。こんな機会は余りないからね」
「冗談だってば。でも四日もずっと調子がいいってホント珍しいね。体調が悪くなったりは全然ないの?」
「うん。こんなの久しぶり――いや、もう殆ど初めてだよ」
「それじゃあこのまま治っちゃうかもね。――でもそしたら退院してもう会えなくなっちゃうのか」
春人君とは学校も違うし繋がりはこの病院での入院くらい。だからもし治って退院しちゃったらたった一本の繋がりが切れちゃう。そう思うと素直に喜べない自分が居て――同じ入院してる者同士そんな自分が嫌だった。本当は心から喜ぶべきことなのに。
「もしそんな状況が来たとしても、僕は桜咲ちゃんに会いに来るよ」
別にそうと決まった訳じゃないただのもしも話だけど、私は単純にその言葉が嬉しかった。気が付けば笑みを零してしまっている程に。
「じゃあ私が先に治ったら、私が会いに来るね」
私は一週間後に死ぬ。嬉しさの余りそんな事を言いながら自分の置かれた状況を思い出した私は、途中からそういう風に作られた人形のように無理矢理笑っていた。
「約束だよ?」
「もちろん」
あり得ない事を本音のように口にする上っ面だけの台詞。私は少しだけ大人になった気がした。
「あっ、そう言えば。土曜日お見舞いに来たお姉ちゃんと調子良かったから一日中映画観てたんだけど、あれ観たよ。狐の暇乞い」
「あっ、見たんだ! どうだった?」
「お姉ちゃんが号泣してた。映画とかで泣かないんだけど、僕もうるっとはきたかな」
それから私達は色々な映画の話をつい夢中でしていた。観たものや観たいもの、どっちも映画大好きって訳じゃないけど、話は結構盛り上がった。
「はーい。お昼ご飯ですよー」
するとそんな病室へ菜月さんが昼食を運んできた。
「あれ? 今日は菜月さんが?」
「うん。春人君もここにいたんだね」
「あっ、そうだ。僕、今日ここでお昼食べてもいいですか? 桜咲ちゃんと一緒に」
「うんうん。いいよ。じゃあ春人君のも出してあげるね」
そう言って菜月さんは私と春人君の前にお昼を並べてくれた。
「残さず食べるんだぞー」
相変わらずの元気一杯な菜月さんはそう言って手を振りながら病室を後にした。
「いただきます」
そんな菜月さんの後ろ姿を追う様に、私達は揃って手を合わせた。これまで何度も、それこそ学校の給食より食べてきた病院食。私達にとっては最早、馴染みの味だ。
「あっ! そうだ。実は私ね。昨日、すっごい美味しい弁当たべたんだよ。夕食の代わりに」
「弁当?」
私が何を言うのかさっぱりだと小首を傾げて見せる春人君。
だから自慢げに昨日の海老弁当の事を話した。
「えぇ! いいなぁー。絶対美味しいじゃん」
「いやもうね。すっごい美味しかった! 特に伊勢海老なんかねもぅこう――」
言葉が見つからなかった私はどうにかあの感動を伝えようとしたが、両手はただ無意味に動くだけだった。
「春人君は何か食べたい物とかないの?」
「んー。そうだなぁ」
すぐに出てくるような一強はいないらしく、きっと脳内では壮絶なトーナメントが行われてるのだろう。
「何か特別この食べ物が好きとか、この料理が好きとかって無いんだよね」
どうやらそうでもなかったらしい。
「僕って食に興味ないのかなぁ」
「でも私も別に興味あるって訳じゃないけどね。それにもしかしたら海老よりも美味しいと思う物があるかもしれないし」
海老よりも美味しい食べ物。自分で言いながら私はまるでトレジャーハンターがお宝の情報を入手した瞬間のような気持に少しだけなっていた。もしかしたら私にはグルメの才能があるのかもしれない。なんて思ったけど、別にそこまでの探究心はない。
それからも春人君とは他愛もない会話をしながら楽しいお昼を過ごした。その後は食器も片付けられお腹も満たされた午後の始まり。ベッドから降りた春人君は引き寄せられる様に陽光の差す窓際へ。
そして暖かな陽を浴びながら大きく伸びをした。気持ちよさそうに、全身で日差しを受け止める様に。
「初めて会った時も少し暖かい日だったよね」
すると彼はそんな懐かしい話題を口にした。私もはっきりと覚えている。
あれは春の桜が咲き始めた頃。私は中学に入学早々から入院していた。そんなある日、一個下の階にある(おじさんから漫画を貰った)休憩スペースで私は満開の桜を眺めていた。そこが丁度、桜も正面に見えてこの病院の絶景スポットだと知ってるのは私がベテラン入院患者だからなのかもしれない。
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