「何観よっか?」
自分ごと誤魔化すようにそう言いながら、私はとりあえず配信サイトを開いた。ずらり並ぶ映画やドラマを適当にスライドしていく。
「そう言えばお姉ちゃんが楽しいって言った映画があるよ。どんなのかは分からないけど」
「いいじゃん。それ観ようよ」
そう言って私が検索画面を開いて手を引っ込めると、入れ違いで春人君の手がタブレットへ。まるで電池の切れ掛かったロボットみたいに手を止めながらも文字を入力していく。
「確か……」
そう呟きながらも入力を終えると同じタイトルの映画が一番先頭に表示された。
「これ、これ」
春人君は丁度、私が見ていた映画を指差した。
『蛍の燈火とさよならを』
そのタイトルの後ろには星空みたいな蛍の中、身を寄せ合う男女の表紙。
「確か泣ける系って言ってたかな」
「いいね。いいねぇー」
最近そういうので泣いてないなって思いながら私はその映画を再生した。他に患者さんがいないからスピーカーで音声を再生出来るのは、こう言う時に楽で良い。流石にあんまり大きな音には出来ないけど。
それにしてもいつ観ても最初の制作会社ロゴってなんだかワクワクする。これから始まるんだって感じがして、少し心を身構えてみたりなんかして。
「楽しみだなぁ」
隣で呟く春人君も同じ気持ちみたいだ。
そんな映画の始まりは突拍子もない劇的なモノではなかった。まるでティーパックがお湯へ溶け出すような始まりは、私の世界と映画の世界とが時間を掛けて交差していくみたい。それに良い作品だという証なのか、私はいつの間にか真剣な眼差しで画面を見つめその世界へ入り込んでいた。
その映画は、感動系らしいけど恋愛の泣けるモノらしい。だから前半は甘く悶えるような恋愛映画だった。内容的には幼馴染の男女が高校で付き合って、そこから大学を経てそのまま結婚したというもの。
『私も、ずっと好きでした』
誰かに恋をして。想さに頭を悩ませて。好きに傷ついて。あの人の事で頭を一杯にしては幸せに頬を染め――かと思えば一人勝手に落ち込んだり、嫉妬したり。
しかもその想いは必ず通じるって訳じゃない。どうする事も出来ない気持ちだけ抱えたまま実らないって事もある。
そんな恋のどこがいいんだろうか?
『恋をするって――一体どんな感じなんだろう』
いつしか私の世界は現実からも映画からも離れ、一人で思考旅行へと出掛けてしまっていた。そんな中、私の視線はふとタブレットから落ちた。折角の映画を他所に思考の海に沈んでいく。
その視線を受け止めたのは脚上に乗せられた春人君の手。力の抜け天井を仰いだ掌を私は意識の裏側で見つめていた。
そんな視線はそのまま、その隣へ忍び寄る様に自分の手を滑らせる。密着した私と彼の脚上で並ぶ手は、まるで映画の付き合う寸前の主人公とヒロインみたいな距離感だった。後一歩だけど、その一歩が果てしなく遠い。親密だけど、どこか気まずさが二人を弄んでいる。
それを経てやっとの思いで触れ、握り合う手は――。
『一体どんな感触なんだろう』
映画の中ではあんなにも幸せそうな――今にも溶けてしまいそうな笑みを浮かべていたけど……。私の小指は、ひっそりと動き始めると悪事を働こうとしているかの様に緩慢と隣の親指へと近づいて行った。
だけど触れ合う直前、泥棒の心理とでも言うのだろうか――私は横目を彼の方へ。
すると丁度、春人君も何故か横目でこっちを見てて、私達は偶然にも目を合わせる事となった。予想外の出来事に、少し背中が伸びるのを感じ微かに内心が乱れている。
でもそれは表に出さず、私は平然を装いながら視線を顔で追った。鏡写にでもなってるみたいに春人君も顔を私の方へ。目が合い数秒の間が過ぎ去ると、耐え切れなくなったように先に春人君が微笑みを浮かべた。
「こうして恋愛モノ観るってなんか……変な感じするね」
私はすっかり自分の世界へと入り込んでしまってたけど、言われてみればその気持ちも分かる気がする。何とも言えない緊張というか――家族でドラマや映画を観てる時にキスシーンや濡れ場が流れたあの感じにどこか近いのかもしれない。変に春人君を意識しちゃうっていうのかな。
「そうだね」
しかもこれは青春恋愛じゃなくて大人の恋愛っぽいから余計に。
「でも泣ける系なんでしょ?」
「お姉ちゃんがいうにはね。だからこれからかも」
そう言って春人君は視線を映画へと戻した。そんな彼の横顔を少しだけ見つめ、私も視線をタブレットへ。
それからも前半の恋愛部分は続いた。高校生から大学、社会人へと当たり前だけど大人になってゆく二人。それにつれ私達の気まずさも少しだけ増したり。でもそんな二人を見てると溢れた分の幸せが、画面を越え私の中へと流れ込んでくるような気がした。二人が幸せに頬を染め口元を緩めれば、自然と私も温かな気持ちに包み込まれる。
私が再び映画の世界へと入り込むのにそう時間は掛からなかった。そうなれば残りはあっという間で、気が付けば映画は終盤。私は泪ぐむ春人君の隣で静かに止まらぬ泪を拭っていた。結果、春人君のお姉さんの言う通り感動の作品だった訳だ。
「いやぁ、良かったね」
「最後のとことか幻想的で綺麗な映像が凄かったなぁ」
「そうそう! 蛍のあの感じがすっごく綺麗だった! それに曲も合ってて良かったし」
余韻の泪を拭い自然と溢れる感想を口にし合いながら私はタブレットを手に取った。
「次は何観る?」
「んー。アクションとか?」
「いいね」
それから私達はまた別ジャンルの映画を観始めた。
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