「消してくださいよ」
「えぇー。欲しい?」
「――いらないです。というか仕事中にスマホ使って良いんですか?」
すると菜月さんは見つかってはいけない物とでも言うようにスマホをポケットへ隠した。
「いつもは持ってないけどね。ちょっと使う用があってそのまま持ってただけ」
「たまたまですか」
私はわざとらしく訝しげな視点を向けた。
「アタシは仕事を真面目にするタイプだからね」
そう言ってまたスマホを取り出すと笑みを浮かべながら振って見せた。
「そーれーよーりー!」
かと思えばスマホでさっきの写真を見せながら更に私へ身を寄せてきた。
「どうなの?」
「何がですか?」
「恋模様は晴天ですか?」
「だから恋とかじゃ……」
私は最後まで言い切る事が出来なかった。だって私にはそうじゃないって言えるほど恋を知らない。あの映画を思い出しながら自分の胸の中にあるのか無いのかすら分からない未知の感情を探る。
でもやっぱりよく分からない。
「そもそも恋するってどんな感じなんですか? どんな風に感じたら恋なんですかね?」
「おっ! さては初恋まだだなぁー」
何故か菜月さんは嬉々とした様子で、肩に手を回し抱き付いてきた。
「えぇー! ――よしよし! おねーさんに何でも訊きたまえ」
そう言って張った胸に手を当てる姿は堂々たるものだった。
「手取り足取り心内まで教えてあげるぞー」
すっかり一人走り去って行く菜月さんは再び私を抱き締めた。
「じゃあ恋って何ですか? どんな感じがしたら恋してるんですか?」
「んー。――やっぱりそれは、気が付いたらあの人の事ばっか考えちゃってるとかじゃない? つい目で追っちゃったりね」
「ちなみに菜月さんの初恋はいつだったんですか?」
待ってましたと無言で言いながら表情もどこかドヤ顔に見える気がする。
「アタシは中二だったね」
懐古の情に浸った言葉と共に菜月さんの表情も昔を思い出している様子だった。
「バレー部だったんだけど、男子バレー部が無かったから体育館の組み合わせって結構バラバラでね。それで隣がバスケ部の時にこう……気が付いたら見ちゃってたんだよね」
そう言いながら菜月さんの双眸は病室の空間を越えあの日を見つめていた。
「最初はバスケやってるなぁーってだけだったんだけど、いつの間にかその子だけを目で追ってたんだよね。その時にこう衝撃が――」
「好きだって気付いたんですか?」
「ううん。余所見してたからバウンドしたボールが顔に当たっちゃってね」
良い想い出だと笑ってはいたが結構痛かったんだろう、その笑顔はどこかぎごちなかった。
「自分があの子をついつい見ちゃってるって気が付いてからかな。より一層意識し始めて好きだって分かったのは」
「じゃあ告白はしたんですよね?」
でもさっきとは違ってその表情は寂しげ。だけどそれを包み込む微笑みは温かく穏やかだった。
「違うクラスで全然話した事の無い子だったし、何よりあたしって自分に自信無かったから。あとは変に嫌われるとか断られるのが怖かったっていうのもあるかな」
少し乾いた笑いを零す菜月さんを見つめながら私は、意外だなって思ってた。もっとそういう事には自分から踏み出して行くタイプだと思ってたから。
「写真とか無いんですか? 中学生の時の菜月さんの写真」
「えぇー。昔の写真?」
そうどこか恥ずかしそうでどこか嫌々しそうな表情を浮かべた。
「ほら、たまたまスマホ持ってるじゃ無いですか」
ここまでのちょっとした仕返しっていう訳じゃ無いけど、私は意地悪っぽくスマホの入ったポケットを指差した。
「えぇー」
そう言いつつも菜月さんはポケットからスマホを取り出す。
そして何度か操作すると私へ身を寄せながら画面を見せてくれた。
「ほら、これが中二のアタシ。子どもだねー」
それは、今とは違って短い髪型をしてバレー部のユニホームに身を纏った菜月さん。ピースと共に愛らしい笑顔を浮かべている。確かに中学生って感じはするけど、浮かべた笑顔も含めてとっても可愛い。自信が無くて告白出来なかったっていうのを少し意外に思ってしまう程に。
「えー! めっちゃ可愛いじゃないですか!」
「そんな事ないよー」
片手を振り否定しつつも満更でもない様子だ。
「やっぱり昔から可愛かったんですねぇ」
「いやいや、桜咲ちゃん程のじゃないよ」
「いや私なんて……」
「ほら笑ってー」
すると菜月さんは身を寄せ肩を組むとそう言って少し斜め上を見上げていた。突然そんな事を言われ訳の分からないまま私は菜月さんの視線を追う。
そこでは画面に二人の姿を映したスマホが目の様な内カメを向け、じぃーっと私達を見下ろしていた。
「ほらほら、笑顔笑顔」
もう一度そう言われてやっと遅刻してきた笑みが登場。
――カシャ。
カメラが瞬きをすると菜月さんは依然とニコやかな表情のまま、スマホを下ろし写真を確認した。
「おっ! いい感じじゃーん」
更に口角を上げながら私にもその写真を見せてくれた。
如何にも病院と言った服装の私達は並んで楽しそうに笑ってる。突然だったけど、上手く笑えていたようだ。にしてもやっばり菜月さんは魅力的な笑顔で笑う。
「ほら、見て」
そう言うと菜月さんは写真の私を指差した。
「カワイイ子と撮っちゃったぁー」
言葉の後、指は私の方へ。
「もぅ止めて下さいよ」
私はそう言いながらその指をそっと下ろさせた。お世辞とおふざけが手を取り合った言葉だっとしてもやっぱり私なんかは菜月さんに敵わない。中学生の頃も今だって。
「そーゆー事」
それは言葉を聞き逃したからなのか。菜月さんの返しをすぐに理解出来なかった私は思わず小首を傾げた。
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