「桜良ちゃんが思う桜良ちゃんと他の人が思う桜良ちゃんって意外と違ったりするからね。アタシが自分に自信無かった頃を桜良ちゃんが可愛いって言ってくれたみたいに、桜良ちゃんが思ってるのとは違ってアタシは桜良ちゃんの事可愛いって思うよ」
「そういうものですかね?」
「そう言うもんだって。自分っていうのは――」
すると菜月さんは言葉を途切れさせたかと思うと調節するように喉を鳴らした。
「自分というのは、自分で思う自分と他人が思う自分。その二人から成り立っており、表裏一体、どちらもが正しいのだから」
声色を変え、どうやら何かしらを演じてるらしい。
そしてどこか気持ちよさそうに言葉を口にした菜月さんは、横目で私を見ると少し得意気な顔をして見せた。
「どう?」
「つまり……どういう事ですか? その二つが違ってたら矛盾するんじゃ?」
それに自分というものが二人いるなら私は一体どっちを信じればいいんだろうか。
「そういうもんだって思ってればいいんじゃない? もし二つが相反してたとしても別にどっちかが間違ってるって訳じゃないし。他人から見た自分は変えられない場合もあるし」
「じゃあ私はどっちを大切にした方がいいんですか?」
「んー。どっちも? いや、自分から見た自分かな? だってそっちは一生付いて来るもんだし」
菜月さんは首を左右に傾けては悩んでいた。
「じゃあ私はもっと自分を好きになった方が良いって事ですか?」
「まぁ好きになれるならそれに越したことはないんじゃない? でもアタシは別に無理して自分を好きになる必要はないって思うけどね」
普通なら「もっと自分を好きになろう!」なんて言う人が多そうだけど、菜月さんはそうじゃないらしい。
「自分が嫌いでそれが苦しいならもちろん改善した方が良いとは思うけど、そんな自分を受け入れて上手く付き合えるなら別に良いんじゃない? なんて言うんだろう――」
何かしっくりと来る言葉を探してるんだろう顎に手をやり「んー」と唸り声を上げた。
「自分を嫌いなのは良くないけど、自分を好きじゃないのはセーフみたいな?」
自分でもよくまとめられてないんだろうか、言葉の後に菜月さんの顔が少し傾く。
「まぁ、自分の事は二つの視点から知りつつ自分が苦しくないようにしましょう……?」
その顔は更に反対側へ。
「なんか難しくなってきちゃった」
「でも何となく伝わりましたよ」
「それなら良かった」
安堵したような声の後、難しい表情は和らぎ笑みが浮かぶ。
「にしても話は戻るけど、これから桜良ちゃんも色んな事を経験するんだね。なんか楽しみだなぁ」
何だか私より楽しそうだ。
すると菜月さんは私の胸を指差した。
「恋する感覚を知って」
それから柔らかくて温かな感覚が私の手を包み込む。
「隣同士並んで歩きながら勇気を出して手を繋いで」
言葉の後離れた手は首へ回り、真冬の朝に体を包み込む温かな布団のような優しさで私を横から抱き締めた。
「抱き締め合って」
そして回した手はそのまま菜月さんは何やらゆっくりと動いている様子。
「ファーストキスもね」
耳元で囁き、最後に声にならない声で微笑みを浮かべると残り香のようにそっと離れていった。
「これから色んな恋をして色々と経験する事になるからね。――覚悟しときなさい」
最後に私を指差しながらのそれは明らかに今思い付いた冗談。そして菜月さんは堪えきれなかった笑いを零した。
「……はい」
「もしかしたら悪い男に引っ掛かるかもねぇ」
「大丈夫ですよ……絶対に」
「まぁいつでもこの経験豊富なおねーさんに何でも相談しなさい」
そう言って大きな動作で張った胸に手を当てる菜月さんは頼り甲斐がありそう?
すると私が開いた口から出る言葉を抑え付けるようにドアの方から少し強めのノック音が鳴り響いた。私はそのまま視線を横へズラすだけだったが、菜月さん手を下ろしながら振り返った。
(いつの間にドアを開けたのか)ドアの方に立っていたのは、風貌だけでベテランといった安心感のある看護師の西崎さん。何度かお世話になった事がある私はそのまま軽く頭を下げて挨拶をした。
一方で菜月さんは下げたばかりの手をバツが悪そうに頭へ。
「いやぁこれはサボりとかではなくてその……」
きっとこの数秒の間に菜月さんの脳は高速回転し言い訳を考えてるんだろう。
「患者さんのケア? メンタルの」
無言の西崎さんと苦笑いを必死で浮かべる菜月さんの視線が交差し続ける病室の沈黙は、申し訳ないけど少しだけ面白かった。
「すぐに戻ります」
菜月さんは慌ててベッドを降りると急足でカーテンを閉め始めた。
「桜良ちゃん今日も体調は大丈夫だった?」
さっきまで堂々とした様子から一変した菜月さんの後ろ姿を眺めていた私は、西崎さんの声に再び視線をドアの方へ。こっちも表情は変わり母親の様な優しい笑みを浮かべていた。
「はい。今日も楽しかったですよ」
「良かった。じゃあ今度から水鳥川がサボってたら桜良ちゃんが注意してあげてね」
「はい。任せて下さい」
「自分で言うのもあれですけど、アタシ勤務態度って二重丸だと思うんですけど?」
別に言葉は無かったがこれが阿吽の呼吸というやつなんだろう、菜月さんの方を見ていた私と西崎さんは同時に目を合わせた。
「え? 何ですか?」
そんな私達を交互に見る菜月さん。
「それじゃあ桜良ちゃん。ご飯もちゃんと食べて、睡眠もちゃんと取って、早く退院しちゃいなさい」
「はーい」
それは何だか「早く宿題しなさい」なんて言われている様な感じで、どこか心地好かった。
そして西崎さんはそのまま病室の外へと歩き出した。
「ちょっと何か言って下さいよ」
菜月さんはそう言って後を追うと最後に振り向き軽く手を振ってから病室を出て行った。
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