今日を含めてあと五日で人生が散ってしまうとは思えないような清々しい朝。私はその心地好さに身を任せ大きく伸びをしていた。
「んー!」
伸びた体がから絞り出された声はまるでマッサージでも受けてるかのように自然と溢れていた。
「あっ。もしかしてこれも最期だから?」
目覚めた時、そこには誰も居なかったけど何故かそこにいるって分かった。いつの間にかカーテンの開いた窓の前に立つ真さんは真っ直ぐ外を見つめていた。けど私の声に二歩分、革靴の心地好い音は入れ違いで私の中へ。
「やはり朝の目覚めというのは重要ですからね」
「確かに目覚めが良いだけで、既に良い一日って気がする」
現に私にとって既に今日という日は良い日となっていた。
そんな清々しい朝を感じている間に真さんは更に歩みを進め椅子へと腰掛けた。
「では更により良い一日となるよう本日も努めさせて頂きます」
そう言った真さんは一拍の間を空け視線を私から逸らし、そして少し微笑みを浮かべた。
私も遅れて視線を追い顔をドアの方へ。その際、視界から外れていく真さんはゆっくりと頭を下げている――ような気がした。その間もそっと閉まっていくドアを背後に私の方へ歩みを進めいたのは、春人君。でも彼には真さんが見えていない様子だった。どうやら気の所為だったみたいだ。
「おはよう」
私は微笑みを浮かべる彼に返事をする前に視線を反対側へ。だけどもうそこに真さんの姿はなく、私は慌てるように顔を戻した。
「おはよう。今日も調子良さそうだね」
「桜良ちゃんもね。良かった」
そう言いながら春人君は隣のベッドに腰を下ろした。足を歩くようにブラブラとさせる彼は今日も何事もないかのように元気そう。
「先週の金曜からずっとって本当に治っちゃったんじゃない?」
「先生もビックリしてたけど、残念ながらそういう訳でもないから一応は気を付けないとね。そういう桜良ちゃんだってまた退院出来るんじゃない?」
「退院かぁ……。もしかしたら出来るかもね」
あと五日。果たしてそれを退院と言っていいのだろうか。最もあと五日で死んでしまうなんて言える訳もなければ、それを退院って言うのは流石に悪い冗談な気がする。
「あっ! そういえば今日の朝ご飯ここで一緒に食べてもいい?」
「いいね! 一緒に食べようよ! どうせ誰もいないからね」
私はそう言って空きベッドだらけの部屋を見回した。
「でもいいよね。一人部屋みたいで」
「確かに変な人と一緒よりは気楽でいいね」
「僕も変な人が一緒じゃなくて良かったよ」
「あっ! そう言えば――」
それから朝食を食べ終わるまでの時間を春人君と他愛の無い話をしていた。
そしてご飯も食べ終え午前の自由時間へ。いつもは何も出来ず一日中ベッドで過ごす事も少なくない。どっちかが病室に来てベッドでお喋りするのがやっとの時もそんなにある訳じゃないし、ましてや二人揃って調子が良い日なんてのは宛らハレー彗星――っていうのは当然ながら言い過ぎだけど、そんなのそうそうない。
「折角だし桜良ちゃんの好きな院内散歩でもしようよ」
「好きっていうか、動けるぐらい調子良くてもやることないからね」
これまで春人君と一緒には何回かあるけどやっぱり片手で数えられる程度だ。
「でもいいね。どうせやる事もないし」
「それじゃあのらりくらりブラブラっと」
「そーだ。待合室って行った方ある?」
「ううん」
「色々あるみたいだったし今なら人もいなさそうだし行ってみない?」
「何だか楽しそうだね。うん。行ってみようよ」
それから私達は昨日行った待合室へと歩き出した。
時間帯もあって中は無人。そこにはポツリと休憩する麻雀台が置いてあった。
「麻雀台なんてあったんだねぇ」
私が初めて見た時と同じような反応の春人君は、興味的な眼差しで麻雀台へと近づいて行った。
「私も最初見た時はビックリしちゃったよ。その時に丁度ここで麻雀をやってる人達がいて、一緒に混ぜてもらったんだ」
「桜良ちゃんって麻雀出来るんだね」
今にも拍手でもしてしまいそうな表情と眼差しが私を見遣るが、それを両手を振ってすぐさま否定した。
「全く! その時も後ろからどれをどうしたらいいか教えてもらって、私は言われた通りにやってただけだから。でもそれだけですっごく楽しかったけどね」
「麻雀やった事ないけど、何だか楽しそう。でも二人だけじゃ人数的にも出来そうにないね」
「知識的にもね」
残念、春人君はそう呟きながら笑みを浮かべた。
それから私達はあまり知らないこの場所を色々と見て回った。子どもの為の遊ぶ場所や、雑誌・漫画なんかが置いてあったり結構この病院の配慮は中々だ。なんて評論家気取りで見ていると春人君が何かを手に取った。
「桜良ちゃん将棋出来る?」
そういう彼の手で少し揺れていたのは二つ折りにされた将棋盤。
「ルールぐらいは知ってるよ」
「じゃあちょっとやってみようよ」
「よし! 掛かってこい!」
そして意気揚々と近くのテーブルに移動し、早速対戦を開始。元帥と化した私は(微々たる)知識と(ほぼ無い)経験を駆使して(自分の中では)巧みに兵を指揮していった。王将ですら私の兵に過ぎないのだ。
「これ取って」
私の采配によってまた一歩と兵は進軍してゆく。
「これも取って、裏返って」
意外にも出来てる事に正直、喫驚としていた。同時に何だか楽しかった。そしてそんな気持ちにまんまと乗せられ傲慢にも、もしかしたらこのまま勝ったしまうかも、なんて期待すら抱いていた私だったけど――。
「はい。王手」
春人君のその一言でいつの間にか自軍の首元にまで刃が迫っている事に気が付いた。
じぃー、っと、どうにかその刃から逃れる術を探してみる。
「あっ! こっち」
「じゃあこうして、王手」
「じゃあこう」
「王手」
「じ、じゃあ、こう?」
「はい」
退路は全て断たれてしまった……。皆の決死の進軍は実に素晴らしいものだったが我が軍は――敗戦した。最後は采配を手にしていた私が潔く。
「参りました」
私はタイトル戦の勝負を決する試合であったかのようにそっと頭を下げた。負けた悔しさはあれど、どこか肩の荷が降りたような安堵と言うか清々しさと言うのか――なんかそんな感じのがあった。うん。
「悔しいからもっかいやろ」
「いいよ」
でもやっぱり悔しい私は駒を戻して再戦を挑む。
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