「やったー!」
「うっそぉ」
数えなくても白が多数だと分かる盤越しに頭を抱えた春人君(ゼロ勝三敗)。その向かいに座るのはさっきの惨敗が嘘のように勝っちゃった私。
「いやぁーこれで美味しいお昼が食べられそうだなぁ」
「まぁでも将棋は僕の勝ちだし、実際は一勝一敗だからね」
「ドローって事で平和的解決か」
うんうんと私はまるで自分が一歩譲ってるかのように頷いて見せた。
「一件落着ってことでそろそろ戻ろうか」
「もうすぐお昼かぁ」
ずっと座って将棋やオセロやらをやってて意外と疲れが溜まってたらしい。大きく伸びをしてみたら凄く気持ち良かった。
それから片付けをして私達は病室へ。朝の時に言ってたらしくお昼も一緒に食べた。なんて事ない会話をしながらいつもよりゆっくりと、より楽しく。一人で外なんか眺めて静かに食べるのも悪くはなけど、こうして賑やかに食べるのも別の良さがあっていい。
「午後はどうするの?」
食後のまったりとした時間を過ごしていた私は、同じようにベッドで小休憩をする春人君に尋ねた。
「んー。また色々と回ってみる?」
「結局、待合室にしか行ってないもんね」
「よし! そうと決まれば行こうか」
ベットから降りた春人君は軽やかで元気に満ち溢れていた。私も全然辛くないしここが病院だって事を思わず忘れてしまいそうになる。
「よーし行こっか」
そして意気揚々と子ども探検隊のような気持ちで病室を後にした。
さぁ未知の体験をしにいざ、って言うのは大袈裟だけどそんな気持ちも多少胸に抱えていた私だったが――それは出発から一分ぐらいだろうか。
丁度、別の病室から菜月さんが出てきた。そして私達を見るや否やニヤリ、笑みを浮かべた。
「おやおや。二人揃って一体どこに行くのかな?」
菜月さんらしい悪戯に突くような表情と口調だ。
「てきとーにブラっと?」
「あっ先生」
私が菜月さんの攻撃を受け流していると、隣で春人君が声を上げた。
その声に遅れ菜月さんの後ろからやって来たのは幸先生。
「先生お疲れ様です」
「こんにちわ(こんにちわ)」
菜月さんに続いて私と春人君は同時に挨拶をした。
「こんにちは」
先生はニコやかな表情の会釈で返してくれた。
「二人とも今日も元気そうだね」
「はい」
代表するように私が返事をし、こから会話が広がるかと思ったけど……。
「いやぁーでもでも先生」
菜月さんはまたあの表情を浮かべていた。
「院内恋愛っていいんですか?」
「院内恋愛?」
突然何を言い出すんだ? と言うように小首を傾げる先生。
そんな先生に対し菜月さんは目配せと言うには余りにも大袈裟な動作だった。
「あぁ〜」
それで何が言いたいかを理解した先生は思わず声を零す。
「別に禁止されてる訳じゃないから仕事に支障が出なければいいと思うよ。それに患者さん同士は院内恋愛に入らないんじゃない?」
「まぁ細かい事は気にせずに」
「でもそういうのってほんとにあるんですか? 映画とかだったらそういありますけど」
確か昔見た映画でそういうのがあったような気がする。よく覚えてないけど。
「うーん。アタシの周りには居ないかなぁ」
「実はいるんだなぁ」
思い出しながら探るように言う菜月さんに対し、気持ち分だけ菜月さんを真似た先生。
「え!? 誰ですか? ――あっ! もしかして最近彼氏出来たって言ってた美希?」
「それは初めて知ったけど違うかな」
「あーっと。今のナシで」
つい口を滑らせてしまったとどこかバツが悪そうな菜月さん。
「でも、じゃあ誰なんですか?」
忘れてくれと言わんばかりに菜月さんはすぐさま話題を戻した。
それを受け先生はそっと左手を上げて見せた。アクセサリーの類は一切付けてないその手に私達の視線が集まる。
「えっ! 先生が結婚してたのは知ってたんですけど、そうだったんですか!?」
一驚を喫する菜月さんの言葉に私と春人君は顔を見合わせた。言外で「知ってた?」と問う彼に私は首を横に振って答える。指輪もしてないし尋ねた事もないから結婚してる事自体が初耳だ。
でも別に意外って事もない。やっぱりしてたんだって感じだ。とは思いつつも突然の事に、しかも相手とはそういう関係だったっていうのに対して多少は吃驚としていた。
「もちろんこの病院じゃないんだけど。新人の頃に相手も新人の看護師でね」
「えぇ~! いいなぁ。医者と看護師の恋」
なんだか一人妄想の世界へ片足ぐらい突っ込んでる様子の菜月さん。
「きっかけっていうか、どんなとこを好きになったんですか?」
そんな菜月さんを他所に春人君はそんな事を尋ねた。確かに病院に限らず職場恋愛とかってちょっと気になる。
一方で先生はその質問に小恥ずかしそうに笑いを零してから言葉を続けた。
「恥ずかしいこと訊くねぇ」
なんて言いつつも先生は少し間を空けて答えてくれた。
「何だろうね。色々あると思うけどやっぱり一番は――」
その時の事を思い出しているのか先生の口元が少し懐古的に緩む。
「たまたま彼女が病室で患者さんの世話をしてるところを見かけた時かな。全力と言うか、親身と言うか、誠心誠意向き合ってるって感じがしたんだよね。患者さん一人一人に対してそうで――そういう彼女の温かな部分なのかもしれない。病院で働く者として尊敬するし、友人としても女性としても素敵な人だからね」
映画やドラマのように劇的という訳じゃない。でも他人にとっては何てことないけど自分にとっては特別な母の味のように、それはとても素敵に思えた。なにより話をする先生の表情が――相手への想いが詰まったその表情が映画を見るように素敵だったから。
「ひゅ〜! 先生いい恋してますねぇ」
少し茶化しながら菜月さんは先生を肘で突いた。もちろん二人の間には距離があって振りだ。
一方で思った以上に気恥ずかしかったのか、少し顔を俯かせ照れ笑いを見せた先生は話を戻した。
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