「でも看護師同士とか医者同士とかも居ないことはないからね。看護師同士は直接聞いた事はないけど」
「じゃあ患者さんと看護師さんとかお医者さんはあるんですか?」
ついでに消去法的に残った組み合わせも尋ねてみた。
「聞いた事はないかな」
「そーいえば助けて貰った人を好きになるっていう心理学ありましたよね」
「逆だね。認知不協和理論もしくはフェスティンガーの理論」
「じゃあその場合、看護師さんとかお医者さんが好きになるって事ですよね?」
確かにその理論でいけば患者さんの方が好きになられる方だ。
「理論通りにいけばそうだけど、確かあれは二つの矛盾する認知を新たな認知で無くそうとするって理論じゃなかったかな。だとしたら医者や看護師の場合、仕事でもあるから矛盾は生まれないかもしれないね。専門外だからあくまでも予想に過ぎないけど」
菜月さんの悪戯的な冗談から始まった話は段々と本格的なものになりつつあった。
「んー。何だか話が難しくなってきましたね。つまり院内恋愛はおっけーってことですね」
それを面白く無くなったのか、ついていけなくなったのか、菜月さんは話を無理矢理ゴールへと押し込んだ。
「お互いが了承してるなら特に問題は無いと思うよ。実っては無いけど、患者さんがお世話をしてくれてた看護師に一目惚れしたって事もあったからね」
「あぁ〜」
先生の言葉に菜月さんは軽く手をのせた顔で天井を仰ぎながら何やらわざとらしく残念そうな声を出した。
「ごめんね春人君。君の気持ちには答えて上げられないよ」
突然何を言い出すかと思えば、先に春人君から想いを伝えられたかの如く菜月さんは肩にぽんっと手を乗せた。しかも女優宛ら断る辛さと想いの嬉しさの混ざり合った表情をしている。
でも正直、そんな菜月さんは通常運転と言っても過言じゃない。
「菜月さん。僕じゃダメなの?」
でもそれには少し驚いた。
てっきり受け流したりするかと思ったけど、春人君は菜月さんを潤んでいそうな双眸で見上げ小動物みたいな声でそう返した。まさか春人君が菜月さんの悪ノリに乗るなんて……。
「うわっ! 中々やるじゃない。成長したわね」
胸を押さえ僅かにのけ反りながら一歩後ろへ退いた菜月さんは何故か攻撃を受けたかのよう。しかもそこそこのダメージをだったらしい。
そんな彼女の肩へ乗せられた手。先生だ。
「多少のいざこざなら良いけど、犯罪は駄目だからね」
「いやいや、そんな事する訳ないじゃないですか」
顔の前で手を振りしっかりと否定した菜月さんは視線を春人君へ。
「少年よ。酒が呑めるようになってから出直しな」
「それまで待っててくれるって事ですか?」
「んー。無理かもねー。アタシってモテるから」
そう言って(髪は結んでるから)あるかのように髪を掻き上げる。菜月さんの中で美人のポーズなのだろう。
「廊下の真ん中でサボるなんて随分と堂々としてますね」
すると先生の背後から皮肉的に落ち着いた口調の鮮明な言葉が飛んできた。その声に私達はほぼ同時にその方を見遣る。
そこに立っていたのは、西崎さんだった。
「いや、これは……コミュニケーションってやつですよ。患者さんとのコミュニケーション! 大事ですから。ねっ? 先生」
決まったと言わんばかりに先生へこっちの船に乗り込むよう視線をやる菜月さんだったが――。
「これは申し訳ありません。つい話に花が咲いてしまって」
軽く頭を下げた先生は菜月さんに背を向けあっさりと降伏してしまった。
「いえいえ。先生に時間があるのは喜ばしい事ですが、こんな場所で立ち話というのは」
「以後、気を付けます。では自分はこれで」
二度頭を下げた先生は西崎さんの会釈に見送られ早々に離脱した。最後に私達にも「じゃあね」と言って。
その一方で思惑がひらり躱され敵将の目の前に置き去りにされてしまった菜月さん。一人歩き去ってしまった先生の背中を見つめるその表情は今にも手を伸ばしそうだった。
でもそんな菜月さんの背後へ一歩、二歩と迫る西崎さん。その気配を感じ取ったのかホラー映画宛ら振り返った。二人の目が合い数秒。沈黙に耐えかねたのか先に菜月さんが動き出す。
「あー。そー、言えば。アタシ次の患者さんのとこ行かなきゃ」
棒読みという程ではないが感情の籠ってない口調はわざとらしく、菜月さんは倒れる様なゆっくりとした足取りで距離を取る。
「という事で二人共またねー」
そして手を伸ばしても届かないぐらいまで離れるとクワンっと背を向け早足で去って行った。その背中は何とも菜月さんらしくて思わず笑いが零れる。
「二人共、今日も調子は良いみたいね」
「はい(はい)」
西崎さんは優しい笑みを浮かべていた。
「でもまだ完全に治った訳じゃないからくれぐれも無理はしちゃ駄目よ?」
「はい」
「分かってます」
「じっとしてなさいとは言わないけど、少しでも気分が悪くなったり疲れたらちゃんと近くの看護師とか誰かに言うか休憩してね。お互いに遠慮したりとかしないで、お互いに注意し合うのよ」
「分かってます」
私達はほぼ同時に頷いた。
「あぁそれとよかったら今日子ども達を集めてちょっとしたイベントをやるみたいだから興味があったら行ってみるといいわよ」
「イベント?」
「楽しそうですね」
「ありがとうございます」
お礼と共に軽く頭を下げる私と春人君。そして西崎さんは長居せず仕事へと戻って行った。
「イベントって何だろうね」
「行ってみる?」
「そうだね。気になるし行ってみようか」
特にどこへ行くっていう予定もなかった私達はとりあえずそのイベントとやらに行ってみる事にした。
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