「どんなイベントだろうね」
「でも宣伝とかしてる様子もなかったし……」
うーん、と小首を傾げる春人君。
そんな会話をしながら私達は子ども達が入院してるフロアへ。
「君達、こんなとこで何してるんだ?」
すると可愛らしい壁紙に挟まれた廊下を歩いていた私達の背後から今にも怒鳴りそうな低い声が聞こえてきた。余りにも突然で何なら少し怒ってるぐらいの声にビクッと跳ねた私の体(もしかしたら春人君も)。
そして悪事を働こうとしているとこがバレてしまったみたいに後ろを振り返った。無意識に謝る心準備をしながら。
でもそこに立っていたのは想像とは裏腹に得意げな笑みを浮かべた知ってる顔の看護師だった。彼は私達と目が合うと勝ち誇った表情はそのまま手を振って見せた。
「なんだ本条さんか」
「ビックリしたじゃないですか」
私同様に春人君も安堵の溜息交じり。だけど安堵の中にはすっかり相手の思う壺になってしまった事に対しての敗北感みたいなのが自覚出来るぐらいには存在していた。
本条健さんはこのフロアの看護師さんで保育士としてもやっていけそうな性格から子ども達にも人気があるらしい。菜月さんと相性が良い彼とは何回か会った事がある。
「ごめんごめん」
あはは、と笑う本条さんから謝罪の意思は感じられない。別にいいけど。
「にしても二人してこんなとこで何してるの? ついに入院生活が嫌になって脱走とか?」
「だとしたらここには来ないですよ」
「西崎さんからイベントをやるって聞いて来ました」
私が本条さんの冗談を受け流してる隙に春人君が話を進める。これぞコンビネーション。
「あぁ。イベントっていうか毎日入院で退屈してる子ども達にちょっと楽しんで貰おうと思ってね。今日はみんなで音楽を楽しもうと思ってるんだ。その為のスペシャルゲストもそろそろ――」
「健」
割り込んできた声に名前を呼ばれた本条さんは時計へやっていた視線を振り返りながら背後へと向けた。私達に背中を向けた本条さんは軽く手を上げるがその相手が誰かは見えない。
「おぉー。時間通りじゃん」
向こうから更に近づいてくる足音を再び背にした本条さんが私達を見下ろす。
「ほら丁度ゲストが来た」
そう言って本条さんはそのゲストをお披露目するように私達の後ろへ。
そこにいたのはまるで私と春人君を鏡写しにしたみたいに横並びの二人組。と言っても相手は両方男性。背は本条さんよりも少し高くて、二人は同じぐらい。そして何より見覚えが……。
「あっ!(えっ!?)」
二人を見上げその顔を認識するのに生じた誤差分を空け、思わず口から零れた言葉と言うには余りにも意味をなしてない声。隣でも音は違えどほぼ同じ声が自分のと重なり合って聞こえた。
そして一驚を喫する私は目を丸くしたままゆっくりと顔を隣へ。又もや鏡写ししたみたいに同じ表情を浮かべた春人君と目が合った。どうやらここまで私達はシンクロしてたらしい。
「そうだよね?」
吃驚の余り落としてしまった主語は行方不明。
「だと思う」
でもそれはどうやら彼が拾ったらしく、頷きながらの答えが返ってきた。
そして私達は未だ信じられない目の前の光景へ確認の視線をやる。幻影やそっくりさんとかじゃなくて――確かにその人達はあの人だった。
「も、もし――」
「かして――」
「ラップスの」
「野木さん?」
「レイスノワエルの」
「藤野さん?」
二人で協力しながら声を絞り出し何とか言葉を繋ぎ合わせる。それぐらい私達はとんでもない状況にいた。
「どうもラップスの野木洋介です」
「レイスノワエルの藤野基一です」
顔に色濃く「嘘でしょ……」と書かれた私達に対して、野木さんと藤野さんは少しばかり笑みを零しながら会釈をしてくれた。
でも私達はそれどころじゃない。
「――えぇー!(えぇ!)」
ここが病院だと言う事を忘れてしまったその声は大きく、流石の本条さんからも注意が届いた。
「ちょっと声が大きいかなぁ」
だけど今の私達にそれを聞く余裕はない。でもそれ以上、声を出す余裕もない。
もはや恐怖すら覚える状況に私と春人君は思わず少し身を寄せ合い、互いの肩へ両手を伸ばした。軽く抱き合うような態勢のまま顔を見合わせる。
「ヤバくない?」
「ヤバいどころじゃないよ! とんでもなくヤバい!」
聞く余裕はなかったが、一応頭には入っていたようで私も春人君も無意識的に声はひそひそ話のように小さかった。もしくは驚き過ぎて無反応みたいに一周して小声になっていただけかもしれない。
でもそんな事よりも私達の中にあるのは矛盾だった。こんなのありえないという感情と現実を物語る視覚情報。その狭間で揺れ動く私達に落ち着きは無い。
「えぇー。ど、どうする?」
「本当に本当に本物だよね?」
「本物だったらヤバいよね?」
「うんうん。ヤバいよね! ヤバいよね!」
私達二人を抱き締めるようにそれぞれの腕へ手を触れさせた本条さんは一緒になって(小声で)燥ぎ始めた。
「どうする?」
「えっ? どうしよう」
同じことを繰り返している事すら自分では気付かない程、舞い上がってしまっていた。
「とりあえず自己紹介を返した方がいいと思うよ」
本条さんの言葉に私と春人君は野木さんと藤野さんの方を向いた。考えるというよりも声でプログラムされたかのように言葉に従ったと行った方が正しいのかもしれない。
「私、桜良です! あの、ラップスもレイスノワエルも昔から好きでよく聴いてます!」
「僕も大好きなんです! あっ、僕は春人って言います!」
「あの握手してもらっていいですか!?」
「僕も!」
勢いそのまま夢の出会いを果たした二人の前へ迫り手を差し出す私達。でも野木さんと藤野さんは若干気圧されながらも手を握り返してくれた。ちゃんと入れ替わって両方と握手。
「はい。興奮のとこ申し訳ないけどそろそろいいかな?」
すると本条さんは握手会の警備員さながら私達の肩を軽く引っ張り距離を離した。
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