「楽器は?」
その言葉にそれぞれ手に持っていたケースを上げて見せた。
「ギターと」
「ベース」
野木さんは自分のと藤野さんのを指差した。
「一応、準備してるんだよね?」
「キーボードと電子ドラムとアンプはあるよ」
「最悪ギターだけあれば弾き語り出来るし」
「あぁ。アコギもあるから。とりあえず会場に行こうか」
そう言って先頭を歩き出そうとする本条さん。
「私達も一緒に行っていいですか?」
「もちろんどーぞ」
歩みを止めることなく先頭を歩く本条さんに続き私達もその会場へ。その間も興奮は冷める訳もなく、あの曲が好きだとかあのアルバムが良かっただとか色々と話をせずにはいられなかった。そんな私と春人君によるマシンガンの如き喋りにも嫌な顔せず二人は付き合ってくれた。
「本日の会場はこちらでーす」
そこは普通病室ぐらいの広さの一室。廊下とは違うモノだが同じく可愛らしい壁紙に囲まれたその部屋は、子ども達の為って感じだ。
そんな部屋の奥にはさっき言ってた楽器などが置いてある。
「じゃあちょっと合わせてもらって」
「おっけー」
野木さんと藤野さんは持参した楽器を手にスピーカーなんかに囲まれ平面だけど舞台とかした空間へと歩き出した。
「何でもっと宣伝しないんですか?」
その姿を眺めながら私は内容を知ってより一層強まった疑問を尋ねた。
「これは子ども達の為のイベントだからね。家族は参加してもいいけどあまり大勢だと場所の確保とかで色々と時間が掛かっちゃうし。それにスケジュール的にもその時間が無かったからね。だから病院じゃなくて俺個人が主催って訳。病院には許可だけ貰ってあと全部俺がやってるって感じ。あれもぜーんぶ俺の自費だから」
本条さんは腕を回し大きく円を描きながら舞台を指差した。
「へぇー。凄いですね」
「でもよくあの二人を呼べましたね」
春人君の言葉に頷きながら私は疑問というかふと思った当然の事をそのまま口にした。
「本条さんの自腹かぁ。凄いですね。だって一人だけでも凄そうなのに二人もだなんて」
私は見下ろす本条さんに人差し指と親指をくっつけお金のジェスチャーをして見せた。
だが彼はそんな私に顔の前で手を振る。
「いやいや。無理ムリ。俺の貯金であの二人を呼んだら大変な事になっちゃうって」
「じゃあそこは病院が出してくれたんですか?」
「いや」
なら一体誰が。私は思わず首を傾げた。匿名の謎の富豪でもいたんだろうか? 分からな過ぎてそんな事さえ思ってしまう。
「あの二人はプラベートで来てくれてるから」
「え?」
「そうなんですか?」
疑問は解消されたけど入れ替わった新たな疑問が、既に脳裏を埋め尽くしていた。
「友情パワー」
直接訊いた訳じゃないのにそれを察してか本条さんは新たな疑問もすぐに砕いてくれた。片腕で力瘤をアピールしながら。
でもその言葉に私のみならず春人君も声を上げた。
「え!」
「えぇ?」
前のめりになりながら私達は本条さんに少しばかり迫る。
「友達なんですか!?」
「なんで本条さんが?」
「なんで言ってくれないんですか!?」
「どうやって知り合ったんですか?」
「まぁまぁ落ち着きたまえ諸君」
圧倒的な勝利を収めたような余裕の口調は多少なりとも鼻につくが、それよりも答えの方が気になる私は本条さんの言葉を待った。
「まぁ、洋介とは中高のマブダチって感じ? 一時期は軽く一緒にバンドもやってたし」
「おぉー! あの野木さんと友達って本条さん凄いです!」
「ホントですよ! えー! なんで言ってくれなかったんですか!?」
私と春人君は知ってる人が有名人と友達と言う宝くじのような確率にすっかり興奮していた。
でも昔バンドを組んでたって事は、もしそのま続けてたら本条さんがラップスのメンバーに……?
「何で辞めちゃったんですか?」
「それは一応俺はサッカー部だったし。音楽は好きだったけど、その時は人が居なくてやってただけだから。後夜祭とかはやったけどね」
すると舞台の方から「フッ」と吹き出すような笑い声がマイク越しで聞こえた。
「それドラムが骨折して二週間前にお願いしたやつじゃん。これ音これぐらい?」
ちょっと待って、そう言いながら本条さんは一番後ろへ。壁際まで行くともう一回と人差し指を立てた。それから適当に喋り、楽器が鳴り響く。適当に弾いているのだろうか? でももしそうなら流石はプロのミュージシャンと言うべきだろう、その音はつい首を振ってしまいそうになる旋律だった。
「おっけ。そこまで大きくなくていいから」
これで大体のセッティングが終わったのだろう、曲と言われても納得してしまう音達はすっと消えてしまった。
「じゃあ、声出しついでに何かリクエストでも」
それは思わぬ提案だった。会えただけでもこの上ない奇跡だというのに生で歌が聴けるなんて……。喜々としながらもそれを塗潰す色濃い吃驚に私はすぐに返事をする事が出来なかった。
二秒、三秒と不自然な沈黙が流れる中、端に追いやられていた感情が徐々に溢れ出す。分厚い雲から段々と差し込む陽光のようだ。
「いいんですか!?(いいんですか!?)」
きっと春人君も私と同じだったんだろう、沈黙の果てに二つの声は寸分狂いないタイミングで大気中へと飛び出していった。
「俺と基一のそれぞれ一曲ずつぐらいでいいよね?」
「うん」
ラップスとレイスノワエルの曲を一曲ずつ。数ある曲から一曲だけ。それはとんでもない難問だった。恐らく国家試験にも匹敵するぐらいの――もちろん、気持ち的な意味合いで本当に難しさを比べようって訳じゃない。
「えー! どうする?」
「一曲かぁ」
何度目だろうか、興奮で舞い上がりながらも私達はあれも良い、これも良い、でもあの曲も捨てがたいなんて色々と曲のラリーをしながらもなるべく早くその一曲を選定した。
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