それから激しく搔き鳴らされた音達は私の心臓を叩き鼓動させ、感情を煮え滾らせ――全てを吞み込んだ。
昔、理想郷をテーマにした小説を読んだことがある。みんな理想郷を求め道中の苦難をも乗り越えどうにかそんな場所を探していた。実際にその理想郷へ行ったことがある訳じゃないけど――確かに私はその瞬間、理想郷にいた。全てが満たされていて負の感情なんて一切ない。こんな状態が続く場所がもし存在するのなら、それは本当に理想郷なのかもしれない。
聴いている私達は当然のことながら弾いている二人も楽しくなったのか、サビを過ぎても響く音楽が鳴り止まず、結局そのまま最後まで走り切った。とはいえ楽しい時間というのは夜空を駆ける流星のように一瞬だ。
ギターとベースがシメの声を上げるとあれだけ盛り上がっていた一曲は終わりを迎えてしまった。鳴らす事を止めれば自然と無音になってゆく楽器と違い、私の中にある鼓動と興奮は辺りが静寂に溶けても鳴り止む事を知らない。
「ありがとう!」
ライブのように片手を上げ一言。それに私達は歓声で答える。
「いやぁーいいね」
「普通にライブしてるみたい」
そう言う藤野さんと野木さんの表情も私達と同様に楽しそう。歓声を浴びながら演奏するというのは気持ちいいのか加えて清々しさも二人の表情には交じっていた。
「大丈夫そうだな」
後ろから戻ってきた本条さんはとりあえず一安心といった様子。
「何時に始まるだっけ?」
「もうそろそろ。そうだ水持ってる?」
「あるある」
「基一は?」
「あるよ」
「よし! じゃあ後はしっかり盛り上げてもらうだけだな」
それを聞きながら私と春人君は目を合わせた。というより偶然合った。言葉はなかったが、何を言いたいかは分かる。きっと私が今、思ってるのと同じだろう。
「私達も参加していいですか?」
無言の打ち合わせの末、私が代表してそう尋ねた。
「もちろんどーぞ」
「やった!」
「イェーイ」
まだまだ二人の生歌を聴けると思うとやっと落ち着き始めた気分がまた山を駆け上がる。私と春人君は気持ちに動かされるままハイタッチをした。
「それじゃあ子ども達呼んでくるから」
そう言って本条さんが部屋を出て数十分後。部屋には沢山の子ども達が集まっていた。年齢は様々だけど多分、低学年ぐらいかそれより下の子が集まってると思う。その後ろ側には授業参観の様に保護者が並んでいて、有名なアーティストに声を上げたり早速カメラを向ける人も少なくなかった。
そんな中、マイクを握った本条さんはまず音が出てるのを確認してから話始めた。
「はーい。ちゅうもーく」
片手を上げてそう言うと子ども達は彼の方を向いた。
「みんな毎日毎日この病院にいて退屈だよね? はい! そんなみんなの為に今日は一緒に歌で楽しみたいと思います」
疑問を投げかけておきながら答える間を与えない本条さんは、最終的に自分で手を叩き拍手を促した。流石は大人。すぐに反応した後方から拍手が聞こえるとそれに呑まれる形で子ども達も拍手をし始めた。
「そこで今日はこのおにーさん達が盛り上げてくれるから、みんなで一緒に楽しむぞー!」
最高潮とは到底言い難いが、子ども達も声を上げて返した。
「じゃあ後はよろしく」
そう言って本条さんは下がり二人へとバトンタッチ。既にギターとベースを肩から掛けた二人はまず子ども達を見回す。
「こんにちわ」
野木さんの声に可愛らしい声が返る。
「おっ。元気だね」
私達と同じようにその声に二人は思わず笑みを溢した。
「初めまして。みんなは知ってるか分からないけど、俺はラップスっていうバンドを組んでる野木洋介です。それと」
「レイスノワエルの藤野基一です」
「今日はねまず、ライブをしてみんなと仲良くなっていこうかなって思うので……一緒に盛り上がってね」
野木さんはそう言うとパソコンへ手を伸ばし何度か操作をした。そしてマイクには入ってないが、本条さんへ声を掛けると端にいた彼が小走りでパソコンの前へ。
「それじゃあ早速聴いて下さい――ウォーカー」
意外にも緊張してるのか若干のぎこちなさを感じながらも一曲目が始まった。その曲を知ってるかは分からないが、スピーカーを通して響く音に子ども達は少し驚きつつも興味をそそられている様子。そしてその音楽はすぐに子ども心すらも揺らし、あっという間に燥ぎ始めた。みんな満面の笑みを煌かせ一気に普通のライブじゃ考えられないギリギリまで駆け寄った。
そんな子ども達を一緒くたに眺める光景は本当にライブにでも来たみたいで、やっぱり殴りかかる様な音で伝わる音楽に自然と体が動いてしまう。
静かに始まりサビで一気に盛り上がるこの曲。どんな曲か、どこで盛り上がるかを知っていても、実際にしかも大迫力で聴くとそれは全くの別物。しっかり盛り上がり、鼓舞された。
それから二人のライブは、ラップスとレイスノワエルの曲をそれぞれ二曲ずつ披露してくれたとこで一区切り。
「それじゃあ次はみんなで歌でも歌おうか」
そして伴奏を野木さんがピアノでしたり、藤野さんがアコギでしたりと子ども達との大合唱。私と春人君も一応歌ったりしながら音楽というものを心の底から楽しんだ。それは子ども達も同じ様で終始楽しそうに笑っていた。
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