「桜良ちゃんは、死神っていると思う?」
それは余りにも唐突な質問だった。同時に今の私にとって少しビクッと体を跳び上がらせる質問。
「え? 死神?」
「うん死神。いると思う? 死にそうな人の元に現れてその魂を運ぶ死神」
いる、と今の私は確かにそう断言出来る。
だけど説明の出来ない断言をするのはどうだろうか。そんな葛藤を誤魔化し私は口元に指をやり「んー」と考える振りをしていた。
「でもまぁ。いてもおかしくないんじゃないかな。だってこの世の全てを把握出来るわけじゃないからね。神様ももしかしたらいるかもしれないし」
結局のとこ私はそんな曖昧な答えを口にした。
「じゃあもしいたとしたらどんな感じだと思う?」
「そーだなぁ……」
私の脳裏で思い描く死神は以前ならローブ姿の大鎌を持った骸骨だろう。でも今は、真さんしか思い浮かばなかった。
「意外と普通の人と同じ感じで、警戒しないようにどこか懐かしくて優しい男の人?」
「確かに、意外と優しそうだよね。魂を刈り取るって感じじゃなくて導いてくれるって感じの」
春人君は納得だと言うように何度か頷いて見せた。
「でも僕は、死神って女性だと思うな。綺麗で優しくて、でもたまにちょっと意地悪だったりして――素敵な女性」
まるで私と比べるかのように春人君は私へと視線を向けた。
「それって春人君の理想じゃない?」
「確かにそうかも。最期はそんな人と一緒にいられたらいいかもって思ってるのかも」
真っすぐ視線を向け笑い声を零しながら頷く春人君。
「でも桜良ちゃんの言う通り死神さんも意外と温かい人なんだろうね」
「最期を共にするんだったら怖いより温もりのある人がいいよね」
もし私が真さんを知らなくてもその言葉には頷くだろう。人生の最後に感じるのは、恐怖より温もりがいいってのは誰でも同じなんじゃないかな。
「そうだよね。最期は誰だって好い思いをしたいに決まってるし」
「もしかしたら死神って人によってその姿を変えてるのかもね。それか死神によって姿が違うとか」
あぁ~、私の何となくの思い付きに春人君は納得気な声を上げて頷いた。
「人って死んだらどうなるんだろうね」
少し間を空けて呟く春人君の声は、質問と独り言のちょうど間みたいな口調だった。
「――天国とか地獄とかそういう次の世界に行くとか、生まれ変わるとか、死んじゃった瞬間に電源切っちゃうみたいに終わりとか?」
取り敢えず思い浮かんだ可能性を羅列してみるが、どれもしっくりはこない。だって私は死んだ事もなければ、死んだ人の話を聞いた事もないのだから。
そんな風船のように軽い私の声が空気に消えると、その沈黙は自然にやってきて私達の間に腰を下ろした。新たな話題も会話の続きもないけど、辺りの雰囲気と相性の良い沈黙はすぐに馴染み、私もそれを意識するまでもなく受け入れてた。春人君の存在を隣に感じながら、静寂に包み込まれ、月明りと茶色い桜を眺める。まるで美術館で最高傑作の作品を見ているかのようだ。
「桜良ちゃんはさ……」
すると、また何の前触れも無く春人君の声が響く。一刀両断というより掻き分けるように静かに響いた声。
それは言い辛そうに一度途切れ、私は続きを尋ねるように彼の横顔を見た。彼は視線だけが俯き、顔はガラス越しの桜を見てる。
「――死にたいって思ったことある?」
どこか申し訳なさそうなで夜に似合う――他の音があれば簡単に聞き逃してしまいそうなそれは声だった。
「僕と桜良ちゃんの病気は違うけど、辛い日も時間も沢山あったじゃん。家よりも病室で過ごして……苦しむ。そんな日々を過ごしてて、いっそのこと死んでしまいたいって思ったこと……ある?」
視線を前へ戻した私が何かを返す前に、春人君は補足しようと思ったのか少し慌てるような声でそう付け足していた。
「んー。――苦しいのが続いた時はたまに思っちゃう事もあるかも。でも――」
考える必要は無かったけど無意識的に唸るような声を出してから答えた。けど、続けようと思った言葉は直ぐには出てこなかった。口にするか迷った言葉を抱えたままの私が隣を見遣ると、遅れてこっちを見る春人君と目が合う。別に何かを言われた訳じゃないけど、その目と見つめ合うと良いような気がした。彼になら親にすら言う事のないこの感覚を話しても良いような――そんな気がした。
「でも、別に死んじゃっても良いって……思ってるんだよね。ていうより、あんまり生きたいって思わないっていうか……」
上手く説明出来てる気もしないし、上手く説明出来る言葉も思い浮かばない。私は一人首を傾げた。
「病気とか関係ないのかは分からないし、もし普通に健康で学校とかに行ってたら違ってたかもしれないけど――私って人生に対して結構冷めてるんだよね」
誤魔化すと言うよりは沈黙を避けるように私は笑みを零した。けど、それは余りにも静かな笑みだった。
「僕はたまに、何の為に生きてるんだろうって思う時があったんだよね。治る兆しも無いし、毎日のように病室で一日を過ごして慣れない痛みや苦しみに襲われる。会いに来てくれる家族の為にもって思うけど――たまに先の見えない人生を今終わらせられたらって思う時があるんだよね」
言葉の後、悲し気な笑みが彼の表情を覆った。
「でも――」
そう一度言葉を途切れさせた春人君は視線を目の前の景色へ。
「それもあの日ここで、変わった。この苦しみを乗り越えてまた会いたいって思うようになったんだ」
すると春人君はどこか恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「――君に」
何て答えたらいいか分からない。それが正直な思いだった。
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