春人君の温もりの中、いつの間にか眠りについた私はいつもより早めに目覚めた。寝ぼけ眼を閉まったカーテンへやってみれば、既に向こう側で朝日が目覚め始めている。
気分は夢心地も相俟ってぽかぽかとした幸せ。今日一日、全てが上手くいくような気がする。一日の始まりとしてはこれ以上ない最高の気分だ。
そんな気分のまま私は顔を隣へ転がした。
でも私の心模様とは裏腹にそこは無人。春人君の姿はどこにもなかった。まるで夢でも見ていたかのように……。
「おはようございます」
するとそんな無人の隣より向こう側から真さんの朝に合う穏やかな声が聞こえてきた。彼はベッド側にある椅子へ脚組みをして座っている。
随分と久しぶり? な気持ちになりながら私は問いかけるように真さんを見た。
「彼なら少し前にご自分のお部屋へと帰られましたよ」
それは彼が死神だからなのか、それともただ単に私の表情を読み取っただけなのか、疑問を口にする前に真さんは答えをくれた。
「そうなんだ」
寂しいとはちょっと違うけど、それに凄く似た何かに私の声は寝起き分も追加され小さくなっていた。
でもすぐに夢みたいな昨夜の記憶が励ます様に脳裏へ現れ、そんな気持ちは外へと追いやられていく。
「何か良い事でもありましたか?」
すると無意識に表情へ現れていたのか、真さんが心を読むような事を尋ねてきた。前の話だと私が共有したいとか昨日の事の話をしたいって思わないとこの記憶も真さんに知られる事は無い。別にバレたくないって訳じゃないけど、秘密の宝物って言うか自分だけの――ちょっと独り占めしたい気分だ。それも含めてやっぱりこの感情っていうのは――まるで初めて温かな太陽の微笑みを浴びたような不思議な感じがする。
「まぁね」
「昨日はとても素敵な日を過ごしたようですね」
特に何かを訊く訳でも無く受け身的な感じは何とも真さんらしい。気がする。
それから真さんは私からの言葉を待っているのか、穏やかな表情でただそこに座っているだけだった。だけどそういう能力なのか、その存在は全く気にならない。それか私が自然と昨日の事を思い出して気にしてないだけなんだろうか。
でもそんな一人の様な沈黙も長くは続かった。昨日を思い出すと一緒になってやってくるあの感情。改まってみてもハッキリとは言い切れない不思議な感情が気になる。私の勘違いなのか、あれがそうなのか。
「恋って……何なんだろうね?」
言葉にしてから私は昨日の事が伝わってしまうんじゃないかって心の中で「あっ」と漏らしていた。
「恋ですか?」
でも真さんはただ私の疑問だけに小首を傾げているようだ。
「恋をしたら一体どんな感覚になるんだろう」
こんな事を死神に訊いていいのか分からないけど、私の中で真さんは何でも知ってる存在になりつつあるから正直何でもかんでも質問しちゃえって気持ちはある。
「恋や愛などという言葉は、そのものが絡み合う複雑な感情を簡潔に述べるのに最も適していますからね。それに感覚というのは言葉で伝えるには余りにも主観的過ぎますから、難しいところではあります」
要はそう簡単に答えられるものじゃないらしい。
「これはあくまでも個人的な見解ですが、」
まさか死神から「あくまでも」なんて言葉を聞く日が来るとは……。そんな事を思いながら私は密かに脳裏でとある漫画を思い出していた。でもまぁ、カテゴリー的には同じなのかもしれない。
「恋というのは一方的で激しく、良くも悪くも相手を美化しすぎてしまうものだと思います。それが悪いという訳では無く、助走のようなもので薪をくべ炎を燃え上がらせるように、より一層相手を好きになる段階とでも言うのでしょうか……。もちろん燃え上がる炎に水が降り注がれる時もありますが」
所謂、冷めたってやつなんだろう。
「つまり感覚でお答えするなら――そうですね。世界の中心がその人になってしまうとでも言うのでしょうか。極端な言い方をすれば崇拝に近いのかもしれません」
そう言いつつも彼の表情は余り納得出来ている様子ではなかった。本当に言葉で言い表すのが難しいんだろう。でもやっぱり彼自身は死神だからその感覚も含め全ての感覚を知っているんだろうか?
「まるでこの世界の真理を見つけたかのような素晴らしいものです。恋は盲目、などと言う言葉がありますが中々に的を得ていると私は思いますよ。ですがそれは、相手を想っているようで自分の想いに相手までも取り込もうとするような一方的なものに過ぎません」
軽々としたつもりが意外にも小難しい話になっている。
でもまぁ、小難しいついでにこんなありふれた質問もしてみよう。
「じゃあ、恋と愛の違いって?」
「愛というのは、ある意味便利な言葉です。その文字だけで幅広く網羅していますからね。ですがこの場合は恋愛的に限定しましょう。この世に正解はありませんが、一方的な恋と恋が繋がり合って愛となる。そこに大きな違いはありません。ですが愛というのは一人で成し得る事は出来ず、より深々と相手を包み込む。冷めてもなお熱を帯び、離れていても側にいる。愛とは相互的で、相手を理解し、受け入れ、信頼する。一方で紙一重で歪んだモノになる可能性もありますから美しいだけでないのもまた事実」
そこで言葉を途切れさせた真さんは小首を傾げた。
「ですがやはり言葉で説明するのは難しいですね。それに感覚というのは実際に経験するのが一番でしょう。自分で自分の感覚を言葉に出来なく、よく分からずとも、身を任せ感じるだけで十分だと思います」
色々と説明してもらったが、結局私は真さんを真似るように首を傾げてしまった。
「難しいなぁ」
「そうですね。言葉と言うのは人間が生み出したものに過ぎませんから。対して感情は、心臓が鼓動し血液が全身を巡るのと同じ様に意識の外側にあるモノ。未知の何かに触れ合う時、訳が分からないのは当然と言えばそうですからね」
朝からなんでこんな難しい話をしているんだろう、私はふとそんな事を思ったのだがもとはと言えば私から始めたものだ。
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