すると真さんが座っていた場所とは反対側で革の軋む音が聞こえた。誰かが隣に腰掛けたんだろう。
私は音に反応し顔を右から左へ。少し距離を空けそこにはニューボトル缶を手にした男性が座っていた。スリーピーススーツの引き締まった格好にサングラスと顔半分を覆うような髭、そしてスキンヘッドの頭が合わさり威圧感がある。何も気にせず言い表すのなら映画とかに出てきそうなヤクザだ。
そんな失礼な事を思っているとその人は視線を感じたのか、しゃわっと顔を私の方へ。思わず目が合いビクッと心が跳ねた。体には出てないといいけど。
「どうも」
声は外見に合う低め。でも口調は柔和でちょっとしたギャップだ。しかも「あぁ?」なんて攻撃的な言葉じゃなくて普通の挨拶。
「どど、どうも」
一方で色々な動揺が重なり合った私の声はボロボロ。見方によっては変人だ。
私がどう映ったかは分からないけど、男性は特に引いた様子も無くそのまま珈琲を飲みながら視線を前へと戻した。
何てことないただ知らない人同士がちょっと挨拶を交わしただけ。その後に待っているのは当然、沈黙だ。朝なのも相俟って私達以外、誰もいないこの場所は至る所にマイクが仕込まれてて全ての音を拾ってしまうかのような静寂に包み込まれた。本来ならこの静けさと眼前の賑やかじゃない桜の景色が組み合わさって朝に相応しい穏やかな雰囲気を生み出すはず。
だけど今は少し落ち着かない。他に人がいないっていうのもあるだろうし、(私が思ってるだけかもしれないが)最初で変な印象を与えてしまったのも大きいんだろう。
「お見舞いですか?」
そんな不安のようなものもあり、私はこの沈黙を破る為につい話掛けてしまった。もしかしたら迷惑だったかもしれないが、最早あとの祭。どうする事も出来ない。
突然、隣から話掛けられた男性はまず横目で私を見ると遅れて顔を向けた。
「友達のね」
答えた後、男性は少し視線を下げ私の服装をなぞる。
「君はどこか悪いの?」
「はい。今は入院してます」
「早く退院出来るといいね」
「そうですね」
他の人に言わせれば最悪の方法で私は退院する。それが何だか複雑な感情となりもしかしたら少し変な感じになってたかもしれない。
「これからお仕事ですか?」
まだ午前中だしスーツを着てるってだけでそんな質問をしてみた。何だか段々と自分のコミュ力を試されてるようにも感じる。
「まぁ何て言うんだろう。ちょっと特殊な仕事してるからね。今も仕事中って言えばそうなのかもしれない」
真さんに引き続きこの人も私の首を傾げさせた。また謎々だ。
「何をしてるんですか?」
でも今回はちゃんと答えを聞くことが出来る。
「物書きだよ」
「それって小説家ってやつですよね?」
「その呼び方は余り好きじゃないけど」
男性は僅かに小首を傾げながら一瞬だけ頷いて言葉の続きを表した。謙遜と言うよりどこか嫌そうで恐縮気味の男性。
一方で私は初めて小説家なんて人に出会えて少し興奮していた。
「私、小説家の人に初めて会いました!」
「いや、俺は全然凄い人じゃないけど?」
「いやいや。小説を書けるってだけで凄いですし、しかもそれで生活してるなんて凄いですよ」
「なんか励まして貰ってるみたい。ありがとう。君は小説とか読むの?」
だがその質問に私は固まった。多分、少し興奮気味の私が小説好きだと思ったのかもしれない。
「いや……。一応、読んだことはあるんですけど……」
申し訳ないという気持ちが全面に出たそれは最早謝罪の言葉。
でも男性は軽く声を出して笑った。
「全然いいよ。読みたい人が読む、っていうのが一番だし」
「でも漫画とかもそうですけど、小説とかってどういう時にどうやって物語思い付くんですか?」
私は少しでも早く話題を変えたかった。気まずかったから。でも適当に言った訳じゃない。これは保坂さんと話した時に訊こうと思って訊けなかった事だ。まさかまたチャンスが巡って来るなんて。
んー、と微かに声を漏らしながら考える素振りを見せる男性。視線を正面へやったその横顔は「どうやって思い付くって訊かれても」なんて言ってる気がする。
「いつね……例えば――今この瞬間かな」
私は気が付けば心の中で感嘆の声を漏らしていた。小説家っぽいっていうか、それこそ小説のワンシーンのようで。やっぱり小説家の人って凄いんだなって何とも単純思考な感想を抱いていた。
でもそんな私とは裏腹に突然、男性は吹き出す様に笑った。
「いや、ごめん。今のは前にネットで見たやつでね。読んだ時に小説家として満点の返しだなって思ったのなんだけど、つい言っちゃったよ」
まるでドッキリでも成功させたように満足げな表情を男性は浮かべていた。
「でも俺なりにちゃんと答えると。映像作品や漫画に小説、他の物語に触れてる時とか。日常の何気ない瞬間にきっかけを思い付いてそれを広げていくって感じかな」
「じゃあ今この瞬間ももしかしたら小説の種になるかもしれないってことですか?」
「可能性はあるね。物語そのものとはいかなくてもワンシーンを書くときに思い浮かべたりとかはあるかも」
もしかしたら私が物語の一部になるかもしれない。そう思うと心躍らずにはいられなかった。そしてあわよくばと私はそれこそ物語みたいな自分の現状を男性に話してみる事にした。もちろん、調子に乗った子どもがした提案という体で。
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