「でもたまに思うんですよ――なんで生きてるのかなって。自分は特に人生を謳歌したいとかもそこまで思ってないし、やってて楽しい事はあるけど趣味って程じゃないし。これに人生を賭けたいって思えるようなものなんてないし。別になんてことない素朴な疑問ってやつですけど」
多分、他の人には言わない。彼が同じっていう一時の親近感が口を滑らせたって言った方がいいのかも。
でも男性はやっぱり「んー」と真剣に考えてくれた。小説家として題材が面白いからかは分からないけど。
「何で生きてるのかは――俺は生まれたからだと思うけどね。昔、大学生の時に人生の意味ってのを真剣に考えた事あるんだけど」
人生の意味、そんな哲学的で壮大な事を大学生で考えるなんてやっぱり小説家になるような人は違うらしい。なんて無意識的に皮肉っぽくそんな事を思ってしまった。
「結論から言って、人生の意味は無いかなって思うんだよね。これを達成する為にとかっていう個人目標は違うけど、人間って言う生物として全員に共通するような人生の意味って言うのは無い。ライオンや蛙、猫や犬、ジャッカルやコアラにとって人生の意味が無いように。彼らにとって人生の意味がどうのなんて関係ない。ただその日を生き続けるだけだと思うんだよね。直接聞いたわけじゃないからあくまで俺の想像だけど」
人によってはそうではないかもしれないけど、少なくとも私は人生の意味みたいなのがあってそのお陰で生きられるっていう方が良い気がする。だからあくまでも自分じゃない人の意見だけど、人生に意味は無いって思うと落胆とまではいかなくてもなんだか溜息が零れそう。まるで何をしてもつまらない時間がこの先も死ぬまで続くって言われているようだ。
「人生に意味は無い。何だか嫌な響きですよね。絶望的って言うか」
でも本気で絶望してる訳じゃない。言ってしまえば元から希望なんて抱いてない部類の人間なのだから。逆もまた然りだ。
「まぁあくまでも個人的な意見だけどね。それに俺は信じてるって言うか、未来も存在しないと思うし、過去すらも怪しいと思う。世界五分前仮説っていうのがあるんだけど」
「あっ! 知ってます。昔、動画で思考実験? みたいなの見た事があってそこにあったやつですよね?」
確かこの世界は五分前に出来たっていうエスエフ映画でも見てるような面白いものだったのを今でも覚えている。詳細とか誰が提唱したとかは記憶の霧に紛れてしまっているけど。
「その動画にあったかは分からないけど、思考実験の一つだね。結局、俺らが自信を持ってあるって言えるのは今この瞬間だけってことなのかもしれない」
「じゃあそれも含めて人生に意味はないって事ですか?」
「そうだね。でもフォローする訳じゃないけど、だからこそ未来は無限の可能性を秘めてる。どうなるか分からないって事は良い未来が今となって訪れるかもしれないからね」
「でも悪い未来が無いとも言い切れないですよね?」
「そう」
男性は私を指差しながらゆったりと何度か頷いた。
「俺は未来ってアレと似てると思うんだよね。シュレーディンガーの猫。知ってる?」
「聞いた事はあります」
「簡単に説明すると箱の中に猫がいて、その猫は半分の確率で死ぬ。だから猫がどうなったかは箱を開けてみるまで分からなくて、開けるまで生きた猫と死んだ猫が同時にそこには存在してるっていう物理学者のエルヴィン・シュレディンガーが量子力学を否定する為に提唱した思考実験なんだけど」
埃を被った記憶があったのか、説明を聞くと何だかそんな感じの内容だった気がした。単なる錯覚という可能性も十分あるけど。正にシュレーディンガー状態?
「それと同じで未来も良い未来と悪い未来が同時に存在してて、そのどっちが現実となって訪れるかは今になってみないと分からないって思ってるんだよね。でもだとしたら良い未来が来るって思ってた方が得かなって。それにそっちの方が気分的には悪くないじゃん。例えば君も今週中今月中とかあと半年以内に病気が治って退院出来るとかね」
男性は明るくそう言ってたけど、残念ながら私は知ってる。今月どころか今週に私は死ぬ。私は未来を知ってしまっているのだから。それは私だけ透明の箱で実験をしているようなものだ。その猫は死ぬ――いや、透明な箱って言うより最初から死ぬ仕掛けの箱で実験してるって言う方が良いのかもしれない。
「常に未来は分からない。前に見てた未来は今だし、もし不幸が訪れてもその時にはもう既に新しい未来がある。そしてそれはまた分からない。だから常にあと少しで良い未来が来るって思ったら、今を頑張れる気がするんだよね。もし今が苦しくてもそれを乗り越えたらとんでもない幸運が待ってるって知ってたら頑張れるでしょ? そんな感じでずっと――言葉を選ばなければ自分を騙し続ける。俺はもし神様がいるとして人間を生み出したのならその神様からの贈り物は、未来が見えない事だって思うんだよね」
確かに生まれてから死ぬまでの筋書きを全て知った上で生きるなんて、それこそ本当にずっとつまらない。彼の言う通り未来が見えないからこそ、期待して不安になって……また結果に落胆して安堵する。
でもそうするのは容易い事じゃないけど、もし未来が良いものだって思い続けることが出来てれば人生はずっと楽しいものなのかもしれない。
だけどきっと未来が見えず、感情のある人間にはそれが無理なんだと思う。期待も不安も落胆も安堵も全てをそういうもんだと受け入れない限り、人生をずっと楽しむなんて出来ないのかも。
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