そんな事を考えていると私はある事に気が付いてしまった。自分は今まで人生に対して冷めた感情を抱いているなんて思ってたけど、別に死んでしまってもいいなんて思ってしまってたけど――色んな事に落胆したり喜んだりしてる事に。何だかんだその瞬間、その瞬間を楽しんでいる事に。もちろん嫌な事が起きてる時は楽しいとは真逆だけど……。
「私って意外と人生を楽しんでたのかもしれません。未来に期待はしてないし、別に謳歌してやろうとか思ってないですけど――仲の良い看護師さんと話したりとかちょっとした事で楽しくなったり、夕食があまり好きなメニューじゃなかったりとかちょっとした事でガッカリしたり。何だかんだ感情が揺れ動いて。でもそれは何だかんだその瞬間を、人生を楽しんでるって事だんですよね?」
「そうなのかもね」
今まで考えた事も無かった。自分はもっと人生を淡々と過ごしているんだと思ってた。まさか死ぬ数日前に知る事になるなんて。まるで九十年近く生きた後に自分の人生を振り返っているみたいだ。そう思うと何だか自分で自分の事が可笑しく思えてきた。
「ちょっと話は戻るけど、言い忘れっていうか補足だけしておこうと思うんだけど」
「はい」
何の話に戻ったのかは分からなかったが取り敢えずで返事をしていた。
「さっき人生に意味は無いっていったけどそれは先の話であって、人生の意味があってその為に生きるみたいなのは確かに無いと思う。でも人生の意味を知る事は出来ると思うだよね」
あるけどない。謎々のような事を言われ、考えるのを速やかに止めた私は言葉の続きを待った。
「それは後ろを振り返ってみるんだ。自分がこれまで歩んできた道のりとそこに刻まれた足跡、出会いと別れ。人生の意味っていうのはまだ来てない未来じゃなくて、今までやってきたこれまでが形作ると思うんだよね。これまでの歩みがその人にとっての人生の意味になる。そしてこれからもいずれこれまでになる――って過去が怪しいとか世界五分前仮設が好きって言ってる俺が、人生の意味は過去にあるって言っても説得力に欠けるけどね」
自分で自分の矛盾点に笑って見せる男性は、我に返ったのか今になってどこかむず痒そうだった。もしかしたらこんな風に真面目な話を誰かとするのは苦手な方なのかもしれない。でももしそうで、それを引き出せたって考えたら聞き上手になったみたいでちょっと嬉しいかも。
「全然そんな事ないですよ」
「まぁでもほんとに、ただ俺がそう思ってるだけだし正解なんて無いかもしれないから。変なおっさんが気持ち良くなってなんか言ってたなってぐらいですぐに忘れちゃってよ」
すると男性の方からバイブ音が微かに聞こえると、ポケットからスマホを取り出した。何やら返信でもしてるっぽい。
その姿を黙って見ているとスマホをポケットへ仕舞った男性は立ち上がり私を見下ろした。
「それじゃあ俺はちょっと用事があるから」
「はい。楽しい話ありがとうございました」
お世辞をありがとう、そう言いた気な笑みを浮かべながら男性は軽く片手を上げて見せた。
「こちらこそ。それじゃあお大事に。早く退院出来ると良いね」
「ありがとうございます」
そして男性は私のお礼を受け取ってから歩き出しそのまま行ってしまった。
「中々に面白い内容でしたね」
入れ違い隣に姿を現した真さん。
「死神さんの視点から見てさっきのはどうですか?」
死神の意見を聞けるなんていうこの貴重な体験は出来る事ならさっきの男性にこそして欲しいものだけど、仕方ない。訊けるという事は一週間で死ぬという事なんだから。
「少なくとも人生に意味を求めるのは人間ぐらいだと思いますよ。流石に動物の意見を聞いた事はありませんが」
「別に見下してる訳じゃないですけど、動物ってそんな難しいこと考えずに生きる事だけをほぼほぼ考えて日々を過ごしてそうですもんね」
「人間は人間社会を築き上げ生態系の特異点になりましたからね。人生の意味に悩む人は、時間が有り余ってるのだと思いますよ。だから何もする事のない人生に意義を求めてるんでしょうね」
確かにそれは一理あるかもしれない。貧困でその日の食べ物すらままならない人が人生の意味なんて考える暇はないし、毎日起きてから寝るまで取り組むべきことで山積みの人が人生の意味ってなんだろうなんて考えないと思う(後者はもしかしたら考えてるかもしれないけど)。
でも考えたい気持ちも良く分かる。
「人生の意味……」
小さく一人呟いた私はさっきの話を思い出していた。
人生の意味はこれまでの人生にあってそれを知る為には一度振り返ってみればいい。私のこの十数年の人生、一体なんの意味があったんだろう。半分以上を病院で過ごして、これといって何かを成し遂げた訳でもない。
私の人生……ふとさっきの話の続きで思っただけなのに、思い返してみても白紙のような自分の人生には一体どんな意味があったんだろう。もし意味が無いとしたら生まれてから今日までの時間は無駄だったって事になるんだろうか。私の人生って一体何だったんだろうか。病気に耐えて、つまらない学校生活をちょっとだけして。よくよく思い返してみても、私の人生なんてのは三行ですら余るのかもしれない。それくらい薄っぺらい――まるで風味しかしないブルーベリージュースみたいに。
でも同時に脳裏に浮かぶ想い出はどれもそんな私を否定するかのようだった。この病院での小さな幸せ。それは桜ほど壮大じゃなくてほんの花弁だけど、それだけで十分色鮮やかな想い出だった。私の人生を彩り、これが意味だと言わんばかりに煌めいている。
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