「そろそろ戻られた方が良いと思いますよ」
いつの間にか思考の海に潜っていた私をそんな真さんの一言が引き上げた。隣を見上げてみると彼がポケットから取り出した懐中時計が、そろそろお昼時であることを教えてくれている。
「もうお昼か」
気がつけば午前も終わり。昼食の為に私は病室へと戻った。
少ししていつも通りお昼を食べていたのだけどその途中スマホに連絡が入ってて、午後にはお母さんとお父さんが来るらしい。特に予定もなかったし、やっぱり最後になっちゃうかもだし会っておきたいから。本当は死ぬ前のお別れとかお礼とか言いたいけど、最後に変な心配とか気を使わせたくないから自然に言えたら言おうかな。
そんな事を考えていると自然に頭の中へ浮かぶ両親の顔。私が死んだらきっと悲嘆に暮れるてしまうんだろうな。そう思うと申し訳なくなってくる。私の為に頑張ってくれた二人の結末が私の死だなんて――こんな親不孝はない。
「どうにか出来ないんですか?」
「残念ながら」
私が望み、説明なしにそう尋ねたからだろう特に聞き返す事も無く真さんはすんなりと答えてくれた。その瞬間、私の思考が彼には分かったのかもしれない。
「そうですか」
それから秋風落莫の思いとでも言うのだろうか、どこかこの季節に合う気持ちのまま私はお昼を食べ続けた。
そしてお昼の後、一時半ぐらい。
「桜良ー、来たぞー」
ドアが開くと片手を上げたお父さんが先に病室へと入って来た。それに続きお母さんも中へ入ってくるとそっとドアを閉めた。二人は隣のベッド側にある椅子へ並んで腰かけると、何やら色々手に持っていた袋を置く。
「ここはまだ誰も入ってないんだな」
そう言いながら病室を見回すお父さん。
「うん。私は静かで嬉しいけどね」
「変な人が来るよりいいわよね」
「まぁそうだな。でもすぐにでも誰か来るだろ。これだけ空いてたら」
確かに一人だけ空いてる部屋よりここの方が優先されて入ってきそうだし。部屋を決める人が余ほど几帳面じゃない限りちゃんと詰めてから次の部屋なんてことにはならないだろう。
「おっ、そうだそうだ」
するとお父さんはそう言いながら傍に置いた紙袋を手に取った。
「プリン買って来たぞ。一緒に食べよう」
紙袋から出てきたのは瓶に入ってるタイプのプリン。
「やった! ありがとう!」
スプーンとプリンを受け取ると私は早速一口。
普通のプリンより大きめの瓶に入ったそれは冷たくて、すんなりとスプーンを受け入れるぐらい滑らか。それでいてそこまで甘くないそれは正に完璧といってもいいのかもしれない。
「んー。美味しぃ」
唸るような声を零しながら私はあっという間にプリンを完食。私だけじゃなくて二人も一瞬だった。
「美味しかった」
「やっぱり美味しいんだなあそこ」
「そんないいとこなの?」
「結構人気らしいわよ」
確かに納得出来るだけの味ではあった。一人でついさっきの味を思い出して心の中で頷く。
「いやぁ。でも桜良、最近ずっと調子良いんだろ?」
するとお父さんはしみじみとしたような口調でそう切り出したかと思うと、最後は嬉しそうな表情をしていた。
「もしかしたらこのまま退院できるかもしれないわね」
それはお母さんも同じだ。二人共、期待の笑みを浮かべている。
でも、それが私にとっては酷く辛かった。だってその期待が無駄になるって分かるから。私が良くなるかもって期待が膨らめば膨らむ程、迎える結末は悲劇的なものになってしまう。
「私的には今日、退院してもいいんだけどなぁ」
でもそれを説明することも出来ないし、何より最後の瞬間まで楽しく過ごした方がいいのかもしれない。最後の思い出作りって言うか……。
だから勝手な判断かもしれないけど、私は陽気に笑って見せた。
「このまま退院出来たら年越し――いや、その前にクリスマスか」
「パーティーでもするの?」
「よーし! 父さんが手腕を振るってディナーでも作ってやるかな」
そう袖を捲って見せるお父さんは意気揚々としていた。
「夕食かぁ。私はお母さんのがいいな」
若干ながら顔を引きつらせながらも私は正直な気持ちを伝えた。
「まぁあれは酷かったからね」
そんな私への援護として渋い顔をしたお母さんの共感はお父さんへ。確認するまでもなく私とお母さんの頭に浮かんでいる想い出は同じだろう。昔、私の誕生日に張り切って料理を作った時があったが――その味は酷いものだった。
「あれからお父さんも成長――」
「一回もキッチンに立たせた事ないわよ?」
いやいや、と弁解しようとするお父さんだったが言葉ごとお母さんの一言が一刀両断する。論破されたのかお父さんはぐぅの音も出ないといった様子で苦し気な表情。
でもそれを見ながら思わず私は笑ってしまった。
「で、でも、料理の動画とかは見てるから」
苦し紛れの一言もまた面白い。
「じゃあお母さんと一緒ならいいかな」
そう言うとお父さんとお母さんは目を合わせた。
「ただし言う事は聞いてもらうからね」
「はい」
少し小さくなったお父さんは返事も控え目。でもそれは二人の仲の良さを改めて感じる光景でもだった。
そしてその返事の後、同時に笑い声が上がった。三人して病室に他の人が居ないのを良い事に心置きなく声を響かせる。入院生活が長い所為でこうして家族三人でどこか旅行やお出掛けは疎か、話したりする事も多くはない。だから他の家族からしたら何気無い、むしろ私と同じ年代の子ならしないような所謂、家族団欒は私にとって特別だ。
それからも、もしかしたら最後になるかもしれない家族団欒はどこか悲しくも笑いの絶えない楽しさで続いていった。
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