「それじゃあ今日はそろそろ帰るか」
「桜良ももうすぐ夕食でしょ?」
「うん。そうだね」
「じゃあ次は明後日にでも来るか」
「でもこれぐらいの時間になるでしょ?」
大丈夫? そう問いかける視線をお母さんは私へと向けた。
「私は大丈夫だよ。ずっとここにいるし」
私は冗談だと分かる様にあからさまに言って見せた。
「じゃあ土曜か、それか日曜に来るから」
「うん」
「それじゃあまた」
そして静かにドアが閉まるとさっきまで笑い声が溢れていたとは思えない程の静寂が病室を包み込んだ。さっきまでが楽しかった分、より一層静かに感じる。旅行の後に一人家へ帰って来た時もこういう気持ちなんだろうか――そんな風にふと、知らない感覚を想像してみた。
それから少しして夕食の時間になって、あっと言う間に夜。時間を適当に過ごして、消灯時間になったら眠くなるのを待つだけ。別にいいけど、何とも味気ない。というかシンプルに消灯時間が来ても眠くなかっただけだけど。
「屋上に行ってみたいなぁ。行ける?」
それは思い付きだった。ドラマや映画とかでたまに見る屋上で弁当食べたりサボったり、そう言うシーンを私はちょっと良いな、なんて思ってたから。それこそ学校に行ってる時、一人でお昼を食べようと屋上に行こうとしたこともある。当たり前だけど、鍵はしっかり掛かってた。
「えぇ。もちろん。お望みでしたら可能です」
「それじゃあ早速レッツゴー!」
いつもなら寝る時間だというのにすっかりテンションの上がった私はベッドから下りると上着だけ手に取って真っすぐドアの方へ。
でもドアノブに手を伸ばしたところで一時停止。顔だけを振り返らせた。
「このまま出ちゃって大丈夫?」
「はい。途中で誰かに会う事はありませんよ」
その言葉を疑ってる訳じゃないけど、私はそっとドアを開くと顔だけを出して左右を確認してみた。――誰もいない。そして廊下に出ては堂々と歩き、私は未知の領域へと進んで行った。階段を最後まで上っていくと、そこでは憧憬に煌めく両開きドアが私を待っていた。
エレベーターを横目に取っ手へと手を伸ばし下へ力を掛け、期待と共に押し込む。鍵で止められるかもって若干の不安もあったけど、それを嘲笑うかのようにドアはすんなりと向こう側へ開いた。同時に外風が私を正面から出迎えた。
肌や髪を撫で通り過ぎていくその風とは背中合わせに真っすぐ――眼前の光景へ向けられた視線。そこにはドクターヘリが着陸する為のヘリポートがあるだけだった。何もない。でもそれがいい。
私は堪能するように歩みを進め、一歩後ろでは同じ足取りの革靴が眠りへ誘うリズムを刻む。真っすぐ歩いた私は丁度ヘリポートの真ん中で足を止めた。四方からライトで照らされ、今にも音楽が流れ歌い出しそうな――撮影でも始まりそうな雰囲気だ。
そんな中、私はまずぐるり一周辺りを見回した。周りに柵は無く、斜めのフェンスのようなものが器みたいにあるだけ。その向こうには今も誰かの日常と誰かの非日常、誰かと誰かの幸福と不幸が混じり合った街並みが広がっている。周りより少し高台にあるお陰で何割か増しで眺めは良い。
「なんか屋上ってだけで特別感あるなぁ」
私はまるで山頂にでも来たかのように大きく息を吸った。
「ヘリポートがあったのは意外だけど、これもこれでまた違った特別感」
私は取り敢えずヘリポートを適当に歩き回りながら屋上を堪能した。学校の屋上でお昼を食べてみたかったな、とか。授業サボって塔屋の上で昼寝してみたかったな、とか。そんな妄想をしながら。
そして適当に歩いた後、(ヘリポートの)端へ足を進めると漫画のワンシーンのように私は風を受けながら街を見下ろす。
「何だか悪役にでもなった気分」
「ではこの街を全て破壊致しましょうか?」
「えっ? 出来るの?」
もしこれを言ってるのが普通の人間なら私に乗ってくれてるんだなって思うけど、彼は死神。本当に出来てもおかしくない。もしかしたら本当に私の冗談がこの街を破壊するかも。
「いえ。例え望みだとしても誰かを殺す事は禁止されていますので」
「という事は、一応その気になれば出来るって事だよね?」
私の言葉に彼は何も言わず微笑んで見せたけど、むしろ怖い。
だから私はそっと話を終わらせるとそのままその場に腰を下ろそうとした。
「どうぞ」
すると真さんはどこから出したのかタオルを隣に敷いてくれた。
「ありがとう」
お礼を言い少しずれて腰を下ろす。流石は死神とでもいうのだろうかタオルは高級感溢れるふわふわ。座り心地は地べた界では最高の部類だ。
私はヘリポートから下のフェンスへ向けぶらり足を垂らすと片膝を立てて視線を再び街へ。少し眺めた後、そのまま後ろへと倒れ仰向けで寝転がった。背中から頭までふわふわのタオルが私を受け止めてくれている。
そんな私の眼前に広がるのはさっきと似てるけど全然違う星空。しかも今日は雲も無くて良く見える。まるで子どもが気ままに並べたみたいに散らばっていて、夢を語るみたいに煌めく星々。それが一杯に広がっている。
そんな星空を眺めていると、ふと昔読んだ数少ない小説の一つを思い出した。内容も面白かったし、何より私でも読めるぐらいの量だったのが印象的なあの小説。今でも思い出せる物語を大股でなぞりながら自然と手が空へと伸びてゆく。物理的には圧倒的に届かないはずなのに今にも触れられそうで――笑い声が聞こえてくる。
「このどれかに王子様はいるのかな……」
そう呟きながら手を退け眺めた星空は空全体がより一層、王子様の言う通り素敵な景色に見えた。
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