それから少しの間、私は何も考えずただぼーっと夜空を眺めていた。感情すらも溶け出し、このまま消えてしまいそうなぐらいリラックスしながらただただぼーっと。もしこのまま私と言う存在が溶けて、あの星空と混じり合えたらどんな気分なんだろうか。今夜の静けさのように穏やかで、星の煌めきのようにどこか楽しい気持ちなんだろうか。
そんな考えても仕方ない事が惑星のように脳内を回っていると、今日を振り返る様に今朝の事を思い出した。あの小説家の男性と話した事を。
「そう言えば名前聞いてなかったな」
顔は思い浮かぶけど名前が思い出せないと思っていたらそういえばそうだった。
「人生の意味か……」
そんな小説家の男性との会話を思い出してやっぱり思い浮かぶのはこの言葉だ。私にしては難しい――あと数日で死ぬ人間が考える必要のないような事。いや、むしろもう死ぬからこそ考えるタイミングなのかもしれない。
でもあの時同様に考えたとこで分からないって言うのが正直なところだ。
「私たち人間の人生に意味ってあるのかな?」
だから私は隣へ見下ろす様に視線をやりながら尋ねてみた。いつの間にか隣に座る真さんは眼前の景色を眺めたまま少し間を空けてから返事をしてくれた。
「そうですねぇ。人生の意味ですか」
やっぱり死神にとっても難しい議題なんだろうか。それとも死神だから(悪い意味じゃなくて)人間の人生に意味があるかどうかなんて、それこそ意味が無いのかもしれない。
「どうでしょうか。個人という面で考えれば限定する事は出来ませんが、生物という面で見るのなら――生きる事そのもの、もしくは子孫繁栄になってくるんでしょうか。ですが複雑化した人間という面で考えるのならば、やはり生きること自体が意味となってくるんじゃないでしょうか」
「じゃあ私は今こうしてるだけで人生に意味があるって事?」
真さんは私の方へ顔を向けてから口を開いた。
「人生の意味と言うのは、何を成し得たとかではなく、生を授かり死ぬまで生きるということ自体が――その過程の出会い、起きた出来事、得た知識や感じた感覚に至るまでの全てを意味するのだと思います。貴方のその呼吸ひとつにでさえ意味はあるんじゃないでしょうか」
私がその言葉を頭で咀嚼している間に真さんは更に言葉を続けた。
「人生というのはそこまで大層なモノではないと思いますよ。もっと平凡で、簡素で。壮大なモノにする必要もありません。ただ生物としても生きるという人生の意味に、自身の目標と過程という意味を付け加えるだけでいいと思います。とある人間はこう言っています。全ての選択が正しく、全ての過程が正しく、全ての人生が正しく、他の選択肢があったとしてもその全ての人生に意味がある、と。そう言う意味では人生に特別な意味なんて無いのかもしれません。全ての人生が正しく、意味があるのですから」
結局どう転んでも私の人生は全て正しくて、意味があって何も変わらない。そう思うと、何だかこうやって考えてる時間すら無駄に思えてきた。結局どんな結論が出ようと私には関係ないのだから。何も変わらず私は後三日で死ぬ。
だったらこんな小難しい話じゃなくて興味をそそる今の私にしか出来ない話でもしよう。そう思った私は少しだけ何があるか思考を巡らせた。
「話変わっちゃうけど、死神に寿命とかってあるの?」
「いえ。ありません。そもそも余りに人間とは違い過ぎるので、存在すら無いと言っても完全な間違いではありませんね」
話が変わると前置きはしたもののさっきまでと違った子どものような疑問にも真さんはにこやかな表情のまま答えてくれた。
だけどこれもまた気難しい話になりそうな予感がする。
「それに我々は時間にすら捉われませんので、人間界でいう過去の人間の元へ貴方を見送った後に行く事もあります。未来と過去に会い、過去と未来に会う――もっとも人間の感覚に合わせた見方をした場合ですが」
「それじゃあそもそも死神ってなに? やっぱり神様が創ったの?」
ここまできたらと私は更に難しい回答が返ってくるかもしれない質問を口にしてみた。もしかしたら立ち入ってはいけない答えられない部分かもしれないが、今の私は「取り敢えず訊いてみればいいか」なんて気持ちだ。
「そうですねぇ。――驚かれるかもしれませんが、我々死神も元は人間です。死後、詳細は省きますが、一部の人間が死神へと転じその使命を全うするのです」
何となくでした質問だったが、返って来たのは意外過ぎる回答だった。まさか死神が元々人間だったなんて……。どこかの物語上での設定のようだ。
そんな事実を聞いて一驚を喫する私だったが更に質問を思い付いた。
「という事は死後の世界があるって事か……」
これは誰もが一度は考えてた事のあるものかもしれない。もしかしたら真剣に研究している人だっているかもしれない。死神である彼の口から答えが聞けたのなら、それこそ私は今この瞬間、世紀の真実を暴くことになる。
そんな期待で胸を膨らませながら私は彼からの回答を待った。
「すみません。私の仕事は決められた人物を最期まで見送る事。生前の事は記憶から消えてしまいますし、死後の世界へ行った事もありませんのでその辺りはお答えできませんね」
確かに答えられないという可能性ももちろん考えていたけど、期待した分少しだけ落胆気味なのも事実。
でも今ここで聞かずとも後三日で答えを知る事は出来る――と言うより体験出来る訳だから、そう考えれば無理に問いただす必要もない。どの道、言えないのだとしても私がどう問いただそうが答えは返ってこないだろうし。
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