「もし心の底からそれを望まれるのでしたら、私にそれを止める事は出来ません」
「逆に言えばそうじゃなかったら必ず一週間は生きるってか」
「えぇ。貴方が生きたいと少しでも思う限り安全は保障されます。事故はもちろんですが、怪我など不必要な痛みや体調不良を感じる事もありません」
でもそれも自分が生きたいと思ってる事が前提。もし真さんに会ったあの日、私がそうしようとしていたらどうなっていたんだろう。自分ですら自分の感情が分からない。どっちも正解でどっちも不正解だなんて曖昧なものだったと思うから、もしその状態でそういう選択をしてみたら一体どうなってしまうんだろうか。二つが完璧に平行な天秤だった場合の矛盾みたいなのが少し気になる。
それなら今は? ――すると、割り込むようにそんな疑問が脳裏にふわっと飛び込んできた。そしてそれに動かされる様に私は足元を見遣る。斜線を描くフェンスの向こうは当然ながら何もなくて遥か向こうに地面があるだけ。
別に死にたいって訳じゃない。でも人並みに生きたいかと思っているかと訊かれれば、今も分からない。だからだろうか、今の自分が少しだけ気になるのは。
そんな好奇心に駆られながら私はフェンスへと下りてみた。四つん這いで気を付けながらフェンスの外側を覗き込む。予想以上の高さに一瞬だけ怖気づいちゃったけど、怖いもの見たさで少しだけ視線を落とし続けていた。
ちょっとだけ怖い。でもそれは高所恐怖症っていう訳じゃなくて……衝動だ。死にたいとかそういう感情は一切ないけど、高いとこに立つと少しだけ飛び降りたいって気持ちになる。スカイダイビングをしたいって思うのと感覚的には同じ様に高いとこから飛んでみたい。それが空を飛びたいって思ってるのかとか細かいとこは自分でも分からないし、決して死にたくてっていう訳でもない。
――これはただの衝動。食べ物を見て食べたいって思うのと同じで、海を見て入りたいって思ったり、ゲームをみてしたいって思ったりするのと同じただの衝動。そんな事をしたらどうなるかなんてのは、火を見て火だと認識するぐらいに分かりきってるから当然ながら決して行動にはしない。ただじっと内で渦巻き続けるだけのもの。
そんな衝動が胸で微かに疼くのを感じながら私は体を翻しその場に座りながら真さんを見上げた。
「もし私が今、ここから飛び降りようとしたらどうなっちゃう?」
自分の事だけど自分で考えてみても確信的な事は分からないから、私は率直に答えを求めた。
「貴方は残りの三日間を生きたいですか?」
でも返って来たのは既に疑問符が施された言葉。
「どうなんだろう? どうせあと三日で死ぬ訳だし、それにやっぱり生きたいか分からないかな」
「死にたいと思うのと分からないというのは違います。分からないという時点でそこには生が含まれています。死だけを強く望んでいない限り、貴方が死ぬ事はありません」
「という事は今の私が飛び降りようとしても死なないって事だよね?」
「残念ですが断言は出来ません。私には貴方の心の中を知る権利はありませんので」
結局は神のみぞ知るならぬ私のみぞ知るっていう訳らしい。しかも奥底にいる深層心理の私のみぞだ。
でももし死なないとしたらちょっとだけ飛ぼうとする感覚を味わってみたい気はする。こう、流れに身を任せて抱き寄せられるように倒れていきたい。真さんが言うには、私は死にたいって完全に思って無さそうだからそんな体験も最後に出来るのかも。
だけどもし、私の知らない深層の私がいっその事もう死んでしまいたいなんて思っていたとしたら……。そう思うとちょっと怖い。もしそうなって……もし今ここで死んでしまうとしたら――そう考えた時、脳裏に浮かんできたのは、家族。それに昨日の出来事だった。まるで私自身が自分を止めるようにお母さんとお父さん、そして昨日の夜が思い浮かぶ。
もし今日ここで死ぬなら――最後に春人君に会いたい。言葉にはしなかったけど、気が付けば私はそんな事を考えていた。出来ることならお母さんとお父さんにも会いたいけど、今日会えたからどっちか選ぶなら今は春人君かな。
「あっ……」
すると一人でもし世界を旅行していた私は切札とも言うべき一手に思わず声を上げた。もしを羅列せずとも望めばいいだけって事に気が付いたから。別に身を挺さずとも私には術がある。というより、いる。
「私、一度でいいから高いとこに立って、こう落ちてみたかったんだよね」
真さんを見上げながら両手を左右へ伸ばした私は少しだけ後ろへ倒れるモーションをして見せた。
「でもそのまま下まで落ちるのは嫌だよ? 落ちる瞬間の感覚を味わってみたいっていうかバンジーの最初だけやりたいみたいな。そういうの出来る?」
「えぇもちろんです。もっとも死ぬ可能性がある以上、貴方が本心から死にたいと思っていなければですが」
そう言って冗談交じりの笑みを浮かべる真さん。でも彼が死神だからか冗談だと分かっていてもその笑みはどこか不気味さを纏い、本当に大丈夫かって思ってしまう。
「えーっと。本当に大丈夫だよね?」
「大丈夫ですよ。少なくとも今回は必ずお助けして差し上げるとお約束致しましょう。ですのでお好きなタイミングでどうぞ」
言葉と共に手を差し出すように向けた真さんが嘘を言ってこのまま私を見殺しにするとも考えられないし、その言葉を信じてやってみてもいいのかもしれない。死神で私を見送る事が仕事だからここで殺してさっさと仕事を終わらせる可能性も……なんて意地悪な事を考える事も出来るが、真さんはそんな人じゃないと思う。いや、彼の場合はそんな死神か。
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