それから長くも短くもない時間が経過してから停車し到着。
「着いた。行こうか」
そう言って先に降りた菜月さんの後を追って私も街灯もない真っ暗な外へ。
「暗いから気を付けてね」
隣に並んだ菜月さんがスマホのライトで足元を照らしながら一緒に更に奥の方へ。
「着いた。ここ」
そこは海だった。夜の暗い海。静かな波の音が揺り籠のように響き、自然の街灯が頭上から辺りを淡く照らしている。
「座ろっか」
私達は短い防波堤の先で足を放り出しながら地面に腰を下ろした。
そして改めて目の前に広がる海と夜空を視界の画角に収めてみる。昼間の煌めく海に代わるみたいな満天の星と皓々と照る満月。その光を受けながら揺れる海面。
それは絶景と言うには穏やかで、ありきたりと言うには贅沢で、――でも実家のように心安らぐ景色だった。
「何だか落ち着きますね」
「たまに来るんだよね。ここ。悩んだ時とか、嫌になった時とか。ここに来てぼーっとしてるんだよね」
目の前の景色と一体化するような柔らかな菜月さんの声を聞きながら私は視線を隣へ。小さく口を動かしながらどこか朧気な眼差しを、菜月さんは景色へと向けていた。
そんな彼女の視線を追い私も再び正面の景色へ顔を戻す。寄せては返す波音に揺られながら澄んだ空気越しに星空がキラキラと歌う――確かにここでぼーっとするだけで心が解放されそうだ。
「いいですね。こういう場所があるのって」
「でしょ」
言葉と共に視線を感じ、隣を見遣ると菜月さんはドヤ顔を浮かべていた。でもすぐにその表情は夜に溶け視線は再び海へ。
「誰もいないし、静かだし、一人で考えたりとか、現実を受け入れたり、全部忘れてリセットしたりするのには打って付けなんだよね」
きっと菜月さんは私の為にこの場所へ連れてきてくれたんだと思う。その優しさに胸の奥から沁みるように温かさが広がっていくのを感じる。
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、菜月さんは何も言わず私の肩に手を回しそっと引き寄せてくれた。菜月さんに触れ、温もりを感じてるだけで心身の力が抜けていく。
それから私達は何も言わぬままじっとこの静けさを眺めていた。何も考えずただ地球の揺り籠に揺られ続ける。
「菜月さんはどうして看護師になったですんか?」
そんな中、私はふと思い浮かんだ事を掻き分けるような声で尋ねた。
「この場所って妹が好きな場所だったんだよね」
私のした質問の返しとしては少し逸れたような昔の話をし始めた菜月さん。でも私は小首を傾げながらもその話を聞いていた。
「実家がこの近くにあって昔、妹と一緒に来たのが最初。結局、一回しか妹は来てないけどすっごく気に入ってた」
「妹がいるんですね。いくつなんですか?」
「桜咲ちゃんと同じぐらいかな。もう亡くなっちゃってるけどね」
そう言って浮かべた悲し気な微笑みを見ながら先程までの興味の感情を抑え付け後ろめたさが込み上げて来ていた。
「すみません」
「大丈夫。もう思い出したり話したりするのが嫌って訳じゃないから」
でもすぐにはその気持ちは拭えない。
「まだ小さい時に病気になっちゃってね。人生の半分以上、入院してた。そんな妹のお見舞いに行ってる内に思ったの。アタシが治してあげるって。でも高校すら卒業してない内に……」
菜月さんは静かに溜息を零した。
今の彼女が何を想ってるのか私には分からない。けど、春人君の事を思い出して少しだけ自分にも分かる気がした。大切な人を亡くす心の深い、深い傷の痛みを。
「それからも勉強して最初は医者になろうって思ってたんだけど、途中からこっちの方がアタシには合ってるかなって。だから看護師になったんだよね。一人でも多く、少しでも誰かの力になって一緒に病気を乗り越えられたらなって思って」
「凄いですね。他の誰かの為にって」
「どうだろうね。もし嫌だけど誰かの為にやってるんだったらそれは聖人かもしれないけど、アタシの場合はそうやって自分も満足してるからね。誰かの力になる事でアタシ自身が満たされる。そう言う意味では自分の為なのかも」
「でも私は菜月さんがいる病院で良かったって思いますよ。誰の為でも菜月さんといると元気貰えるし」
すると菜月さんは私を抱き寄せながら頬擦りする程に顔を近づけた。
「嬉しい事言ってくれるじゃん」
そして手は回したまま顔が離れるともう片方の手が近づき頬を指先でツンツンと突き出した。
「ここだけの話、桜咲ちゃん見てると妹を思い出しちゃうんだよね。もし生きてたら今頃これくらいの歳だったのかなって」
指が離れ遅れて手も離れると去り際に頭をポンポンと軽く撫でるように触れた。
「今日も最初は少しでも桜咲ちゃんの気分転換になればって思ってたけど、実際はアタシが妹と出掛けられたみたいでこっちの方が楽しんじゃった。ありがとね」
「私こそ。私の為にありがとうございます。何だか友達と遊びに来たみたいで、でもお姉ちゃんと一緒だったみたいで、とっても楽しかったです」
「それなら良かった。これからはお姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「それは考えときます」
私がそう返すと菜月さんは笑顔を浮かべ、それに釣られ私も気が付けば笑っていた。その夜の海に響くにはちょっと明るい笑い声は、少しの間だけ月へ語り掛けるように鳴り響いていた。
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