「でもほんとに桜咲ちゃん見てると考えちゃうんだよね。あの子が大きくなってたらどうなってたんだろうとかさ」
笑顔を浮かべたまま菜月さんは景色じゃないどこか遠いところを眺めていた。
「桜咲ちゃんは将来の夢みたいなのあるの? こんなことしてみたいとかさ」
「将来……」
今の私にとってその言葉は地球外生命体の存在よりもあり得ないものだった。でも死神が現れる前から、もし明日死ぬって分かってなくても答えは変わらないと思う。
「無いですかね。何かあんまり興味があるものが無いっていうか」
「まぁでも桜咲ちゃんぐらいの子はある方が少ないか。どっちかっていうとそっちの方が不安とか色々と辛いかもね」
「菜月さんはずっと医療関係の勉強してたんですか?」
「うん。方向は決まってたからそこに向かって勉強っていう明確な道があったからね」
私の行ってた学校じゃどれくらいそんな子がいるんだろう。
そんな事を考えているとふと菜月さんの高校時代が気になった。でも少し想像してみれば、今の菜月さんに少し幼さをプラスして制服を着せてって感じで何も変わらなそう。
「何だったらアタシに憧れて看護師でも目指してみる?」
「それもいいかもしれないですね」
「その時は分からない事はなーんでも教えてあげるからね」
「ありがとうございます」
私にはそんな未来もあったんだろうか? 病気が良くなって本当に看護師を目指して、たまにだけど菜月さんに家庭教師をしてもらったり。今まで考えてこなかった――特に一週間で死ぬって分かってからは。でも私の将来って、私の未来ってどうなんだろう。ちょっと気になる。
気になったところで、どれだけ希望を抱こうとも私の未来はもう無いんだけど……。
「んー!」
すると菜月さんは星を掴み取ろうとするように両手を上げ大きく伸びをした。
「それじゃあそろそろ戻ろうか。夕食の時間に遅れちゃうし、あんまり長く連れ回してると先生に怒られちゃうから」
「はい」
そして来た時と同じように車まで戻った私は引き続き菜月さんの運転で病院へと戻った。まるで我が家のように病室へと戻り、着替えやら何やらを済ませればベッドの上で元通り。
「大丈夫? 疲れてない?」
「はい。すっごく楽しかったです」
「良かった。アタシもすっごく楽しかった」
「ちゃんと時間は守ってくれたみたいだね」
すると私達の会話に参加するように先生の声が。ドアを通りながら先生が病室へと入って来た。
「当たり前ですよ。これでもこの病院のナースなんで」
菜月さんのいつもの調子に先生は笑みを浮かべながらその隣に並んだ。
「気分はどう? 疲れてたりは大丈夫?」
先生は簡単に診察を始めた。
「はい。大丈夫です」
「もし少しでも体調が悪くなったりしたら一応、知らせてね」
「はい」
返事をする私の顔を見ながら先生は安堵するような笑みを浮かべた。
「随分と表情が明るくなったね」
「そうです、ね」
一瞬、変わらないと思ったけど確かに昨日と今じゃ気分もそうだしきっと表情も雲泥の差だと思う。
「次は先生も一緒に行きましょうね。お医者さんって儲かるんですよね?」
菜月さんは片手でお金ポーズをしながらニヤっとした嫌な笑みを見せた。
「こういう大人にはなっちゃ駄目だよ」
そんな菜月さんを指差し先生はそう一言。肯定も否定も出来ず私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それじゃあ今日はゆっくり休んでね」
「はい」
先生はそう言うと菜月さんとも一言交わしてから病室を後にした。
「それじゃあアタシもそろそろ帰ろうかな」
「今日はありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ」
座りながら頭を下げた私に対して、少しわざとらしく頭を下げて見せる菜月さん。
「じゃあね。また明日。今度は看護師と患者さんとして会いましょう」
「はい」
お互いに手を振ってから菜月さんも病室を後にした。
静かな病室に私一人。その途端に戻って来た日常。ドアが閉まって一秒もすれば、死神が現れてから今日までが全部夢だったんじゃないかって思ってしまう程に、病室は静まり返りいつもの風景が私を包み込んだ。
余韻と日常が混じり合って少し不思議な感覚。笑っていいのか、じっとしていいのか、いつもみたいに動画サイトとか見てればいいのか。何をしていいのか分からず一人ソワソワとベッドに座る私。
でも少しして夕食の時間が来ると、私はいつもの私へと戻っていた。ホッと一息つけばもう特別な一日もいつも通りの夜へと溶けていく。
「ご気分はどうですか?」
するとベッド際の椅子にはいつの間にか真さんが座っていた。
「起きた時から不思議と辛くなくて――今日は、楽しい一日だったかな」
「それは何よりです」
今思い返してみてもあんなに苦しんでいたのが遠い昔のように感じる。あんなに辛くて死んでしまいたくなって――。
「私――明日、死ぬんだよね?」
「はい。明日、貴方は死にます」
「そっか。明日――」
急いで死なずとも私は明日死ぬ。でも一週間前からそうだったようにやっぱり実感はない。
「明日になったらすぐ死んじゃうの?」
「いえ。貴方は明日の零時ちょうどに死にます。ですので、正確にはあと一日分残されています」
「最後の一日。明日世界が滅亡するとしたら何する? 何てもしも話はあるけど、実際に自分の身に降りかかってみれば特に思いつかないもんだなぁ。一週間もあったのに」
最後の一日。私は明日という日をどう過ごせばいいんだろうか? 見かけの海外ドラマを見るには時間が足りないし、見たかった映画を観るっていうのも無くはないのかもしれない。
そんな事を考えていた私は真さんの方を向いた。
「まだ一日あるけど取り敢えずは。一週間ありがとうございました」
お礼と共に頭を下げる。
「少しでもお役に立てたのなら幸いです」
私に続き真さんも頭を下げ返した。よくよく考えてみれば死神にお礼を言うっていうのはおかしな状況だ。でも真さんはそういう悪い類じゃないから当然ながらお礼を言うのに抵抗も疑問もない。
それから私は寝るまでの間、明日の予定を考えていたけど、これといって予定表が埋まる事は無かった。真さんに叶えてもらいたいお願いも無いまま気が付けば夢の中。
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