人生最後の日を私はどうやって迎えるのか?
――答えは、いつも通りだ。いつもと同じ病室で。いつもと同じ時間帯に。比較的多い快晴の朝。ほんのり眠気の絡む夢心地のまま。多分、その瞬間が傍に迫るまで私にとっても死っていうのはあってないようなものなのかもしれない。いつか死ぬって分かっていてもあと数十年後だと勝手に思ってる他の人と同じ様に。
無計画のまま始まった最終日。午前中はダラダラとしてた。ある意味、最高のスタートを切ったのかもしれない。
そんな風に過ごしてたらあっという間にお昼。相も変わらずの入院食を食べれば私の寿命もあと半日。
「桜咲ー」
そしてそれは昼食を食べ終わってすぐのこと。流石に何かしようかと思っていると、ドアが開きお父さんが片手を上げながら入って来た。その後ろからお母さんも。
二人はそのまま私のベッドまで来ると椅子に腰掛けた。
「昨日は水鳥川さんと出掛けたんでしょ? どうだった?」
聞き慣れない苗字だったから一瞬、誰の事だか分からなかったけどすぐに菜月さんの顔が頭には浮かんでいた。
「うん。すっごい楽しかったよ」
「水鳥川さんってあの元気のある看護師さん?」
「そうそう。あの若い看護師さん」
「映画行ってショッピングして、あとお気に入りの場所って言う所に連れて行ってもらった」
意識はしてなかったけど自然と思い出し感情が溢れ出していたのか、お母さんとお父さんは私の話を聞きながら嬉しそうな表情を浮かべていた。私の表情を鏡写しにしてるのかも、と思えば少し恥ずかしさすら覚えてしまう。
「良かったわね」
「会ったらお礼言わないとな」
「そうね」
思い返してみれば今日はまだ菜月さんに会ってない。ただ単に私のとこに来てないだけなのか休みなのかは分からないけど。
「そうだ。退院したらお父さんとも買い物行こう。何でも買ってやるぞ」
「何言ってるのよ。この年頃は親と出掛けるなんて嫌なのよ。ましてや父親とだなんて、ねぇ?」
全くもう、と若干の呆れ気味にお母さんはお父さんの肩を軽く叩いた。そして最後は私に遠慮せずにと尋ねるように。
でも私は反抗期というのが無いのか、別にそうでもなかった。もし普通に学校に行ってたら違ってたのかもしれないけど。やっぱり普通の女子高校生は家族で出掛けるなんて嫌なんだろうか?
「別に私はいいけど」
「ほら。でも母さんは同じぐらいの時に嫌だったんだな。お義父さんきっと悲しんでたぞ」
私の意図しない援護を受けお父さんは勝ち誇った表情を浮かべていた。
「そもそも父親に一緒に買い物いこうなんて言われ事ないです」
確かに(母方の)おじいちゃんは優しいけど寡黙な人だ。逆におばあちゃんはお喋りで気さく。小さい頃の記憶だけど正反対な故に相性のいい夫婦って感じがしたのを覚えている。
「まぁ確かに言わなそうだな」
思い出しながら一人うんうんと頷くお父さん。
「退院したらまた会いに行くか」
「そうね。さっき先生と話したけど、最近ずっと調子が良いからそろそろ退院してもいいかもって」
「よく頑張ったな」
そう言ってお父さんは私の肩をぽんっと叩いた。隣のお母さんと同じ様に、喜悦しながらも安堵で落ち着いた笑みを浮かべながら。
でも今の私にとってそれは眩し過ぎて、心苦しさすら感じてしまう。こんなにも私の回復を喜んでくれているのに――安心してくれてるのに、私はそんな気持ちを崖から突き落とすように今日死んでしまうのだから。
「ありがとう」
だけどそんな気持ちは抑え付け、私は精一杯の笑みを返した。正直、最後に両親とは会っておきたいと思ってたけど――こんなに辛いとは思ってなかった。二人が私の元気さを喜んでくれればくれる程……苦しい。二人が私を励ませば励ましてくれる程……辛い。その優しさも、その希望も、その愛も――注いでくれる全てが……私を締め付けてくる。
『ごめんなさい』
表情で笑い――心で謝る。何度も何度も繰り返した。最初はこんなに辛いとは思わなかった。死ぬのがこんなに辛いなんて……。死ぬ時になって人がどれだけ他の人の支えの上に成り立っているかを思い知らされる。いや――死ぬ間際にそう思える私は余程いい境遇に生まれて、良い人生を送れたんだろう。
死ぬ事で申し訳なさを感じれば感じる程に――私と言う人間は良い人生を送れたような気がしてならないのだ。後悔が大きければ大きい程、死にたくないと少しでも思えば思う程――それまでの人生が満たされてたと思ってしまう。私が感じてた以上に、私の人生というものは、素晴らしいものだったらしい。
だけど私が今日死んでしまうのは紛れもない事実。どれだけ考えが変わろうとも。
それから私は後悔のないよう二人と沢山話をした。何でもないような話から何故か将来私が結婚する時が来るなんて話まで本当に色んな話を。何気ないはずなのに今の私にとってはその言葉一つ一つが掛け替えのない時間だった。
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