「それじゃあ、そろそろ父さん達は帰るから」
時間はあっという間でお父さんの言葉がこの時間に終わりを告げた。これでもう二人に会うのは最後。そう思うと全然物足りないし、何より寂しい。
「お父さん。お母さん」
生まれてから今日この日まで、私は一体どれくらいお世話になったんだろう。子どもだから当たり前って言われるかもしれないけど、この感謝を数値にするならどんな数字になるんだろうか。
でもこれで最後だって考えれば考える程、感謝の気持ちが溢れ出してくるけど何だか少しそれは都合がいい気もする。だってもしこんな状況じゃなければ、もし私が普通に高校生として生活してたらこんなにも感謝の気持ちを持ってなかったかもしれないし。パラレルワールドのその二つを比べる事は出来ないけど、こんな状況だからって訳じゃないとも胸を張って言い切れない。
だけどそれはどうだっていい。このまま考え続ければ複雑になってきそうな気もするけど、私が今日死んで二人とはもう二度と会えないっていうのは動かぬ事実。今の気持ちを口にしないと私は後悔する事になると思う。
二人を呼んだ私はベッドから足を放り出して座ったまま両親と向き合った。
「ありがとう」
本当はもっと言いたかったけど、余り言い過ぎても変な心配を掛けちゃうかもしれない。だから今日までを思い出し心を目いっぱい絞り出した気持ちをその一言に詰め込んだ。バレないように力を入れて堪え、なるべく平然を装ったつもりだったけど……それでも声は泪に湿っていた。
「どうしたんだ? 急に改まって」
「そうよ。何も気にする必要はないのよ」
自然とは言い難い私に対して二人は少し笑い交じりに小首を傾げた。
「だって――今回も無事、退院できる訳だしそれも含めて。今回の入院でも」
ほんの一瞬だけだが突然込み上げてきた感情を堪える間を空けてから、私は言葉以上の意味を込めた気持ちを口にした。
「お世話になりました。ありがとうございました」
必死で本心を隠して少しおどけたように見せながら――でもそこにはありったけの想いを込めて。そして大袈裟気味に下げた頭を勢いよく上げた。
「今回もよく頑張りました」
「お疲れ様」
そんな私に合わせお父さんは優しく拍手を送り、お母さんは微笑みを浮かべた。
そして膨れ上がった気持ちのまま両手を広げると、それに応え二人とハグをした。私にとっては最後――別れのハグ。少しだけ長めに、少しだけ力強く――でも変に思われないように。
私は名残惜しさと悲愴感を軋む程に感じながらも二人から離れた。
「次は退院の時にだな」
「そうだね」
「体調がいいからってあんまり無理しちゃダメよ」
「はーい」
私の返事を聞いた二人は合わせた視線で確認をすると立ち上がった。
「それじゃあな」
「またね」
「うん。バイバイ」
そうやって手を振り両親と別れを交わした。いつも通りに――でも私にとっては本当の意味を宿した言葉。当たり前だけど、そうとは思ってない二人はいつのように――むしろ退院出来るからいつもより嬉しそうに病室を出て行った。
するとドアが閉まった途端、屋内なのにぽつり雨が……。視界はぼやけ止まらなくなり頬を伝い流れるそれは温かい。理解より先に溢れ出した感情が喉を通って双眸から零れ落ちていった。次から次へと私を無視して独りでに零れていく。
するとそんな私へそっと、ハンカチが差し出された。
「どうぞ」
いつの間にか目の前の椅子に腰掛けていた真さん。そのハンカチを受け取り少しでも泪を拭う。
「こんなに辛いなんて……考えもしなかった。死ぬのなんて別に……」
どーでもよかった。なのに泪が止まらない。お母さんとお父さんの顔が頭から離れない。寂しくて、申し訳なくて――。
「ごめんなさい」
「貴方の所為ではありませんよ」
いつの間にか隣に座っていた真さんはそう言って優しく私の肩を抱き寄せてくれた。
「残される者も誰かを残し、その残された者もまた――。人は一人で死に、誰かを残していく。ですが記憶には残り続けます。これまでの記憶となった貴方が、代わりとなってその誰かの傍に。決まった死から逃げる事は出来ません。誰も――貴方も悪くありませんよ」
だとしても二人の嬉しそうな笑顔を思い出すと――気が付けば私は春人の最期を思い出していた。彼の傍でベッドに顔を埋めながら悲しみ暮れる家族を……。あんなに希望が満ちあふれた表情を浮かべていた両親も明日を待たずして私のベッドで……そう思うと胸が酷く締め付けられる。死ぬのが申し訳ない。
「理屈ではありませんね。ですが、貴方は今日を持って死にます。その変えようのない事実の中、残された時間で少しでも何かをする方が良いと思いますよ」
その言葉は空気を読まない正論だった。でもどこまでも正しくて、間違いない。それはきっと数多の死を看取った彼の経験による正しさなんだろう。
泪を拭いながら私は自然と頷いていた。
「私の自己満だけど、最後にお礼を言いたいかな。だから菜月さんをここに呼べる?」
「えぇ。もちろん」
私の心中から棘を取り除く様な柔らかな微笑みを浮かべた真さんは、手からハンカチを取りそっと泪を拭ってくれた。すると不思議な事に依然と込み上げる感情はあれど寸でのところで堪えられているように泪が止まった。
それと入れ替わりドアが開き菜月さんが病室へ。その時には隣に居たはずの真さんも消えていた。
「桜咲ちゃーん。気分はどう? 疲れとか大丈夫?」
いつも通りの菜月さんは安堵すら感じる。
「はい。昨日はありがとうございました」
「いえいえ。こっちこそ楽しかったなぁ」
それから私達は少しだけ昨日の想い出話に花を咲かせた。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。