願う事ならずっと楽しく話をしてたかったけど……でも菜月さんも仕事中だし、私にも時間は多くない。
「そう言えばもしかしたら退院できるかもしれないんだって? 良かったね」
だから切りの良いところで私はベッドから立ち上がり菜月さんを真っすぐ見つめた。
「菜月さん。色々とお世話になりました。ありがとうございました」
お礼の後、感謝の気持ちを目一杯込めながらお辞儀をした。
「まーだちょっと気が早い気もするけど、おめでとうございます」
そんな私を真似るように菜月さんは頭を下げ返す。
「私、菜月さんがいるこの病院で良かったです。こんな事、言うのは変かもしれないけど……第二の家みたいって言うか、そんな風に思えるこの病院で良かったです」
「確かにそれはちょっと複雑な気もするけど、少なくとも入院中が少しでも良いものになったのなら看護師冥利に尽きるって感じかな」
その言葉を聞きながらこれまでの菜月さんとの想い出を走馬灯のように思い出した私は、堪らずその胸に飛び込んだ。さっき一旦収まったはずの泪を流しながら菜月さんに抱き着く私を最早、自分自身でも制御できずにいた。
「菜月さんにこんなにお世話になったのに私……。もっと一緒に居たかったです。もっと色んなとこに行きたかったです」
そんな私に少し吃驚としながらも菜月さんは優しく抱き締め返してくれた。掌から背中と頭に伝わる温もりが心地好い。
「アタシも桜咲ちゃんと出会えて良かった。出会い方はあんまり喜んでいいものか分からないけど。でも桜咲ちゃんに元気貰ってたし、この病室に来るのが楽しみだったんだよね」
……でもやっぱり少し苦しい。
「確かに桜咲ちゃんは退院しちゃうかもしれないけど、だけどもう会えないって訳じゃないでしょ? そーだ。退院する時に連絡先、交換しよっか。そしたら休みの日に一緒に遊びに行けるからね」
たまに映画とかで死ぬ前にわざと嫌われるっていうのがあるけど、今ならその気持ちが分かる。どうせなら嫌われた方が楽なのかもしれない。こんなにも温かさが沁みて辛いのなら。
でもこれまでの想い出が頭を埋め尽くして、菜月さんが好きだからそんな事は――多分出来ない。お父さんにもお母さんにも、悲しませる態度はきっと取れないと思う。
というか今更か……。
「私一人っ子だから嬉しかったです。本当のお姉ちゃんが出来たみたいで。姉妹がいたらこんな感じだったのかなとか思っちゃって」
「昨日も話したけど、桜咲ちゃんと居たら妹を思い出してもしって思うんだよね。でもやっぱりあの子の代わりなんていない。あの子はあの子じゃないと駄目だと思うんだ」
静かな菜月さんの声が溶け、少しだけ沈黙を挟んだ。
「だから桜咲ちゃんは――もう一人の妹って感じかな。二人目の妹が出来たって気がして、愛おしくて、大好きで、あの子と同じくらい大切で」
言葉と共に菜月さんの私を抱き締める腕は力強くなっていった。でもそれは想いを直接伝えられてるみたいで嬉しかった。もっと強くって思ってしまう程、私も負けじと抱き締め返してしまう程に。
「ありがとう――お姉ちゃん」
もう言葉はいらなかった。私達はまるで何十年ぶりに再会した生き別れた姉妹のように互いを力強く抱き締め合った。
でも永遠であって欲しいそんな時間にも終わりは来る。まるで私みたいだ。
「あんまり泣いてちゃアタシが泣かしたみたいで怒られちゃうよ」
手は回したまま離れた菜月さんはそう言って指で撫でるように泪を拭ってくれた。
「あっ!」
すると菜月さんはそんな声を漏らし、時計を確認した。
「そろそろ行かないと本当に怒られちゃう」
少し急ぎ気味で私から離れるとそのままドアの方へ。
「それじゃあ油断せず安静にね。退院する時にちゃーんと連絡交換しようね」
そう言ってウインクをして見せると、菜月さんは手を振りながら慌ただしく病室を後にし、私はドアが閉まった後も少しだけその姿を見送っていた。
そしてゆっくりと手を下ろすと、それが最期の日に私がすべきこと――いや、初めてと言ってもいい程にしたい事だという確信が胸の内にあった。
「私、みんなに一言でもいいからお礼を言いたい。それと自分なりにお別れも……」
「えぇ。分かりました。では次はどなたに?」
「先生かな」
「はい」
真さんの返事を聞いた私は病室から出ると目的地は無くただ廊下を歩いていた。少しだけどんな風に先生と会えるのかを楽しみにしながら。
それは病室を出てから十分ぐらいの時。私はカップとタブレットを持った先生とばったり会った。
「こんにちわ。出歩いて大丈夫かい?」
「はい」
「そうだ。良かったら見てみるかい?」
そう言って先生はカップを持った手で側のドアを指した。
でも何を見るのか分からなかった私は首を傾げて見せる。一方で先生はタブレットの方の手でドアを開けた。
「この病院の個室」
私は説明と共に中へ入っていく先生の後に続き初めて個室へと足を踏みれた。
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